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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第四章
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依頼失敗

 

 山脈から顔を出す太陽が街を照らす。太陽の光が隙間から差し込み、家の中を明るくし始める時間。そんな時間帯になってようやくシグルド達は下水道の出口を視界に捉えることができていた。


 帝国で起きている黒竜を使用した強化型人間兵器の作成や竜化。他にも非合法なことを行っているらしいが、それについては詳しく知らないらしい。

 だが、人間を創りかえるようなことをしている連中がやっているのだ。碌なことではないのが想像できる。


「やるべきことが増えたな」


 小さく、シグルドが呟く。

 黒竜が生きているというのならば、けじめとして自分が片付けるべきだと決意を固める。


 黒く太い柵で固められた出口が近づいてくる。そこから後、十メートル程の所で、目の前を歩いていたアルゥツが歩みを止めた。


「では、俺は用事が済んだから帰ろう」

「いいのか? 外に出なくて――」

「馬鹿言うな。こんな姿で表通りを歩いてみろ。朝の静かな街並みが戦場並みの騒音に包まれることになるぞ」


 そして、存在を知られた怪物は死ぬまで追われることになる。話が通じるかなどは関係ない。人は見かけで恐ろしいと判断してしまえば、襲い掛かるものなのだ。こうして話をしているシグルドやガンドライドの方が普通はあり得ないのだ。


「気にするな。俺もいずれはここから出るつもりだ。同胞達の埋葬もしなきゃいけないからな」

「……そうか」


 肩をすくめて何でもないように振舞うアルゥツ。だが、その様子は何とか取り繕うとしているのが分かってしまう。

 当然だ。これまでの積み上げてきた人生――家族、友人、恋人、地位、名誉。全てがなくなり、ゼロになったのだ。これまで続いていた道が唐突になくなったのだ。まして体は怪物と変わらない姿になった。これからの彼の生活は劇的に変わるだろう。


「まぁ、何とかするさ」


 豪快に笑う、というよりも無理やり作った笑みを浮かべてアルゥツは笑う。その表情を見てシグルドは胸が締め付けられる。


「大切な人に伝えることがあるか?」

「――――いや、ない。ありがとう。最後に人と話せてよかった」


 せめて、何かできることはないか、そう思いながら口にした言葉。だが、アルゥツはしばらく考え込んだ後、首を横に振るう。

 そして、アルゥツは再び闇の中へと戻って行く。だが、その途中――


「あぁ、そうだ!! 一つだけ良いか?」


 何かを思い出したかのようにアルゥツが歩みを止める。シグルド達も出口へと向かいかけていた足を止め、振り返った。

 そこにあったのは、今度は本当の笑みだった。


「もし、俺達をこんなにした奴に会うことがあれば、俺達の代わりにギツイ一発をブチかましてやってくれ」


 別に期待して口にしたことではない。アルゥツはこちらが皇帝を殺そうとしていることを知らない。だから、それはただの軽い冗談のようなものだっただろう。


「――あぁ、約束しよう」


 だが、アルゥツは冗談でもシグルドはそれを冗談とは取らなかった。その心中を互いに知らずに、今度こそアルゥツは満足して下水道の中へと戻って行く。

 今から同胞達の骸を回収しに行くのだろう。

 依頼人(クライアント)からは怪物の正体看破のために回収を依頼されていたが、あの話をされた以上シグルドは彼らを回収する気にはなれない。それにアルゥツの頼みもある。

 報われない人生だったのならば、せめて安らかな死を――。

 これはただの独善的な行動だ。それは理解している。だが、体を作り替えられた彼らを更に解剖するなど、シグルドには耐えられなかった。


「…………帰るか」


 完全にアルゥツの背中が影の中へと消えていくと、シグルドは溜息をついて呟く。

 これからどう言い訳するかを考えなければならない。

 怪物同士が戦っていて……共食いしていて……様々な言い訳が頭の中を過るがどれもイマイチな内容だ。


「ガンドライド、依頼人にどう言い訳すれば死体を回収してこれない状況だと分かってもらえると思う?」

「適当に窮地に陥って秘密兵器を出したら敵が死滅しちゃいました――てへ☆。とか言っときなさいよ」

「最後のいるのか? というか傷なんか禄についてないんだぞ。窮地だったなんて理解して貰えると思ってるのか?」

「なら、良い方法があるぞ?」

「何だ?」


 珍しく協力的なガンドライドが笑みをもってにじり寄る。その笑顔を見て、シグルドの頬に冷たい汗が流れた。









「――――――」


 初めて依頼人であるイリウス・ロウディが口を開けたまま言葉を失う。

 生真面目でどんな状況でも冷静に対処しようと努力する彼がポカンと間抜けな表情をしてしまうことは珍しい。

 その後ろではイリウスに付き従っている青年も放心こそしていないものの、顔が真っ青になって今にも吐きそうになっている。


「――だ、だ、大丈夫なのか!?」


 放心状態からようやく解放されたイリウスが目の前の体の至る所から血を流したシグルドに向かって叫ぶ。


「えぇ、だいじょ――ゴフッ」

「全然大丈夫じゃない!? 死にかけじゃないか!!」


 イリウスは後ろにいる青年にも負けないくらい顔を真っ青にして悲鳴を上げる。

 青年に至っては、()()()()()()()()()()()()()()()()シグルドの姿に気分が悪くなったのか口元を抑えてえずいている。


「いえ――大丈夫です。この程度、戦場では日常茶飯事なので……」

「ここは戦場じゃないぞ!? それに戦場でも負傷兵の治療ぐらいはされているわ!!」

「アハハハ……」

「何故笑う!?」


 ギャアギャアと叫びながらシグルドの身を心配して治療を施そうとするイリウス達の申し出をやんわりと断る。


「(すまない。この傷は自分自身で付けたものなんだ)」


 傷を自分自身で付け、相手を騙そうとしているのだ。それなのに傷を癒して貰うなどできるはずがない。


「はぁ……全く。それで、依頼は失敗したため、報酬はいらない。というのかい?」

「えぇ、当然でしょう」


 シグルドの毅然とした態度にイリウスが頭を抱える。

 依頼を失敗した以上、報酬を支払わないのは当然だ。だが、怪物は討伐したと言っている。それは後で確認するとして、本当ならば街の脅威はなくなったのだ。

 怪物の正体は本人も不明のため、分からず仕舞いだが、状況が一つ良くなったのは事実だ。


「ささやかなお礼を出すこともできるが?」

「それならば、地下の修理費に回していただきたい。依頼を達成できなかった上に、街の重要な場所を破壊してしまったのです。それを受け取る権利は私にはありません」

「生きて帰ってきたのは君ぐらいだから、それぐらいは用意してもいいと思うけどね」

「それでもそれを受け取れませんよ」


 そこまで言われてしまえば、イリウスも折れるしかない。

 それにこれ以上、肩入れして特別扱いをすることは自分の立場では間違っている。


「分かった。では、これで君と私との契約を解約するとしよう」


 イリウスが契約の解約を口にする。

 ――下水道の怪物退治。この依頼が、シグルドが初めて失敗した仕事となった。


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