最悪な二人
力尽きるベルム。
その亡骸に目もくれずにガンドライドは纏っていた鎧を解除する。
「――――ふぅ」
体にかかっていた重量が消え、身軽になる。開放感から息を吐き、汚れた体をどうするかを考えているとふと視線を感じた。
「…………」
顔を向けた先にいたのは傷を癒したシグルドだ。ルーン魔術のおかげで、槍で貫いた箇所は綺麗に――とはいかずとも跡が残るだけで傷は塞がっており、視界も霊薬によって見えるようになったのか、こちらを真っ直ぐに睨みつけている。
何?とは聞かない。言いたいことなど分かっている。おおよそ自分の予想した決着と違う結末――苦しめさせながら殺したことが気に食わなかったのだろう。
「何故、意図的に苦しめて殺した?」
長い髪をまとめながら片手間にシグルドの言葉に耳を貸す。
「お前には他の戦い方だってあったはずだ。 それなのに何故、あんなにも苦しめる必要があった?」
「う~ん。大体は私の気分を害したから?」
「俺はそんなことをしろとは言ってない」
「私も正々堂々戦いぬけ何て言われてないわ」
そう、何も言われていない。
ただシグルドは任せていいかと聞いただけだ。
あの時、ガンドライドは強くなりたいと言った。そして、目の前に立つものを初めて敵として認識し、考えた。
どうやって勝てるか、そして自分の鬱憤を晴らせるか考えた結果がアレだ。
これは二人の根本が違い過ぎる故に起きたすれ違いだ。
「…………俺はお前を殺しそうだよ」
「あっそう」
初めてシグルドがガンドライドに殺意を向ける。しかし、ガンドライドはそよ風でも受けているかのようにそれを受け流す。
殺されるなどという心配はしないし、武器も手に取らない。
何故ならシグルドが襲い掛かってくることなどないからだ。
無防備な相手を襲い掛かろうとする輩ではないし、元より一騎打ちをするという約束をしたのだ。
短い付き合いでも口にした約束は絶対に守る――そんな誠実さを持っていることは分かっている。だから、分かる。こんな場所でこちらを殺しにかかってこないと――。
「それよりも、どうするの? こんな所でいつまでも睨み合ってるつもり?」
「意外だな。すぐに乗ってくると思ったよ」
「ハッ――言ったでしょう。アンタ等思い通りになることが嫌なのよ」
鼻で笑いながらもガンドライドは目を細めてシグルドを見詰める。
三日月のように細く、瞼の隙間から見える瞳は鋭い。じっくりと、獲物をいたぶる捕食者のような目つきだ。
「それに、私はね――アンタのことが大嫌いなのよ」
だから、お前が嫌いなことをし続ける。経験を獲得させてくれるというのならば上手く利用させて貰うまで――。
言葉には出さなかった。しかし、そう聞こえた気がした。
「お前のその性根はいつか直さなければならないな」
「聞いてなかったの? 必要以上に私に構わないでくれる?」
シグルドが歩み寄ろうともガンドライドがそれを望んでいない。そのため、二人の距離が縮むことはないだろう。本来ならば、同じ空間にいることすら考えられない二人組。そんな二人が一緒にいるのは単にただ一人の少女のためだ。
抱える問題は増える一方だ。ガンドライドのことも、ミーシャのことも。人付き合いが苦手なくせに何でこんなことを考えているのだろうと思ってしまうが、自分で関わろうと決めたばかりだ。意思を曲げるわけにはいかない。
溜息を一つ吐く。
どんな結末であれ、戦いは終わった。
後は、打ち漏れがないかを確認するだけだ。それが終われば、今頃寝台でゴロゴロとしている少女の元へと帰れるだろう。
複雑な心境でシグルドがベルムの元へと歩んでいくシグルド。そんな時、最早聞きなれた水面を蹴る音が耳に入る。
「――――!!」
背中にある魔剣を引き抜き、警戒態勢を取る。
後ろではガンドライドも再び、騎乗槍を手に取り、警戒の態勢へと入っていた。
暗闇の中を疾走する一つの影。
――タタタタタタタタタタタッ!!
素早くガンドライドとシグルドの二人の周りを、円を描いて駆け回る。虚像が移るほどの速度。それは段々と距離を狭めていき、互いの刃を交えるのが近いことを予感させた。
「鬱陶しいわね」
我慢できずにガンドライドが動く。
手をかざした空中へと騒ぎ出した瞬間に水面が騒ぎ出す。ガンドライドのお得意の水の槍。円を描いて距離を詰めてくる黒い影へと向けて出射。同時に壁を出現させて妨害も行う。
円を描く――それだけの単調な動きしかしてこなかった黒い影が動きを変える。
進行方向を変更し、直角に方向転換を行い、距離を詰める。
「ㇵッ!! めんどくさいことしないで最初っからそうしろってんだよ!!」
同時にガンドライドも好戦的な笑みでそれを迎えた。また自分の力の糧となる贄が来た。そんな笑みだ。
互いの距離が詰まる。
距離がゼロになる一歩手前、迫る黒い影に棘が襲い掛かる。
だが、黒い影は速度を落とさない。ただ壁に激突するよりも悲惨な結果になるかも知れないというのに、だ。
数秒後には串刺しになるガンドライドもそう思っていた。しかし、結果は予想を裏切る。
黒い影はガンドライドを飛び越える。まるで、最初から視界になかったかのように……。そもそも、黒い影の狙いはガンドライドではない。最初から狙いはシグルドだ。
間近になり、敵の姿が確認できる。
予想通り――黒い鱗に鋭い爪、そして、長く撓る尾。これまで出会った怪物やベルムと同じ、あの黒竜に連なるものだ。
「(……一体どれだけの数がいるんだよ)」
次から次へと終われば出てくる怪物達にいい加減にして欲しいと思いながらも魔剣を振るう。
この下水道に入ってから何度も見た火花、それが再び散る。
「――――?」
何度も見た、何度も刃を交えた。しかし、これまでとは違う感触を感じ取る。
言うなれば、相手がこちらを試しているような感覚。
手を抜く理由が分からないシグルドはその感覚に頭を捻るが、相手がこちらと本気で殺し合う気はないということだけは判明する。
「ガンドライド、槍を下げろ」
「はぁ? 何でよ」
魔剣を鞘へと戻すシグルドの姿にガンドライドが首を傾げる。
「敵に戦意はない」
襲い掛かってきた襲撃者、新たな怪物は二人の対面へと着地する。
「あぁ、良かったよ。話の通じる人物がいたか」
「へぇ、喋れるんだ」
「まぁな、殺気立っている女よ。できれば、そちらの男のように殺気を抑えて欲しいのだが?」
「残念だけど、それは私が決めることよ」
「おいよせ、やめろ」
好戦的な笑みを引っ込めることなく騎乗槍を構える。
ガンドライドにとって話が通じることなど些細な事だった。彼女にはシグルドの言葉も意味をなさない。
「ふむ、先程から見ていたが本当に君達は仲が悪いな」
「それはこっちも分かってるよ。だから、少し離れてろ。すぐに抑える」
「あぁ!? やれるもんならやってみろ!!」
流暢に言葉を喋る怪物が、呑気にしながら目の前で起こる騒動を見る。
シグルドの言葉にガンドライドは標的を変更。結果的に怪物へと襲い掛かることを止めることができたが今度は二人の間で戦闘が始まりそうになっている。
「やれやれ、これでは話が進まないな」
喧嘩っ早い娘の方にも原因はあるが、男の方にも言い方が別になかったのかと怪物が頭を抱える。
「よし、そこの金髪の娘……ちょっと良いか?」
「何だぁ!! 命乞いなら後で聞いてやるぞ!!」
「命乞いをするつもりはないが……まぁ良い。そのまま聞いてくれ。娘、お前はそもそも何故こんな所に来たのだ?」
「お姉様がそいつを手伝えって命令したからだよっ」
シグルドと取っ組み合いをしながらもガンドライドが怒鳴り散らす。
「そうかそうか、姉のために健気に働くか。良い姉君なのだろうな」
「とぉっっっぜん!! お姉様のためなら私は何だってするわ!!」
「うおぉ!!」
突然取っ組み合った状態から腕を振り払い、力比べをやめるガンドライド。振り払われたシグルドがよろけることになったが、もうガンドライドの視界には入っていない。
「肌はモチモチしてプルンプルンで瞳は澄んだ清水のように美しくて白く汚れのない髪からは蜜のような臭いがして、腕の中にスッポリと入る小さな体は可愛いの!! それでも臆病とかじゃなくてむしろ男らしくて――」
「お、おおぅ」
止まることがないミーシャへの称賛?の言葉に怪物も引き気味になる。ガンドライドの後ろではシグルドも呆れたような目線を送っていた。
「そ、そうか、お前の姉君がどれだけ素晴らしいかは分かった。口ぶりからしてお前にとっては依頼などどうでも良いのだろう?」
「まぁな」
「俺もお前達と戦う気はない。ならば、一刻も早くこんな臭い場所から抜け出して姉君に会いに行くことが優先ではないのか? その男と揉めれば揉めるほど会いに行く時間が遠のくだけだぞ?」
「――――」
ガンドライドの頭が冷めていく。
自分の苛立ちを解消することとミーシャに会うこと。どちらを優先するべきか。答えは迷うまでもない。ミーシャに会いに行くことだ。
「確かに……そうね」
「俺は暴れたりしない。ただ話を聞いてくれるだけで良いんだ。何なら外に出ながらでも良いぞ」
「――――――まぁ、良いわよ。話だけなら聞いてあげる」
親指を立てて破壊されてできた穴を指しながら怪物に対して、ようやくガンドライドも気を静める。
その様子を見たシグルドは溜息を大きく吐き、怪物は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そっかそっか!! そりゃあ良かったよ。俺の名前はアルゥツだ――よろしく頼む。竜殺しに金髪の娘よ」