焦り
ガンドライドの顔に返り血が飛び散る。
巨大な騎乗槍がシグルドの腹を突き刺し、口から夥しい程の血を吐き出す。
「テ、テメェっ!!」
ガンドライドの顔が驚愕で染まる。避けられる。そう考えていたのだろう。しかし、結果は見事北條の腹を突き刺した。
本気で殺そうとし、それが達成しかけている。それなのに、ガンドライドの表情は次の瞬間には曇っていた。
「ふざけんじゃねぇ。 アンタ何してんだ!?」
「……いや、今まさにお前に腹を突き刺された所なんだが」
ガンドライドの口から飛び出した言葉にシグルドが軽口を叩く。
「そういうことを言ってんじゃねぇよっ!! 早く傷を塞げ馬鹿野郎!!」
「?……お前、俺を殺したいんじゃないのか?」
言っていることとやっていることが全く噛み合わないガンドライド。一体何がしたいのか、益々分からなくなる。
演技――という訳ではない。さっきまでの殺意は本気だったし、弱っている所を攻め込まない理由はない。
それなのに今はどうだ?傷ついたシグルドを目の前にして何もしてこず、ただ悔しがっているようだった。
「私はこんな結果望んでないっ」
「さっきまで俺を殺そうとした奴が言う言葉じゃないと思うんだが……」
「そうじゃない!! アンタが死のうがどうでも良い!!」
「いやどっちだよ…………というかそれってかなり傷つくんだけど」
本気でどうでも良いと言われてショックを受けるシグルド。分かっていたとはいえ、改めて口に出されると人間は傷つくものだ。
「――いいから早く傷を塞げ!! そして、もう一度私と戦え!! 死ぬのなら私の力を証明してから死ね!!」
突き刺さった騎乗槍を抜くとグワングワンとシグルドの肩を揺さぶり、大きく揺らす。
体に風穴が開いた状態で大きく揺さぶられるとかなりキツイのだが、ガンドライドはお構いなしだ。
「グォオッ――揺らすの止めてくれ――――って!!」
無防備にも背中を見せているガンドライドに襲い掛かったのは怪物――ベルム。脳天を勝ち割ろうと拳を振り上げるベルムを目にした瞬間、シグルドが魔剣の力を開放する。
「■■グ■■」
範囲を絞った魔剣開放。
赤い閃光が放たれ、暗い地下道を一瞬だけ照らす。
これまで怪物達の体に風穴を開けてきた魔剣の一撃。
今度もまた一撃でベルムの体に風穴が開く――そう思われた。
結果的に魔剣の一撃はベルムを捉えた。しかし、魔剣の一撃がベルムを捉える直前に、ベルムの体の表面にある黒い鱗に変化が起こる。
黒い鱗が更に濃くなったのだ。その直後、赤い閃光とぶつかり合う。
本来ならば体を貫通するはずだった一撃は黒い鱗で防がれ、閃光を散らす。だが、威力までは殺すことはできなかった。
勢いを殺せず、下水道の壁へとめり込む。
「――アンタッ」
「待て待て、今は勘弁してくれ」
再び殺意の視線を送ってくるガンドライドに手を挙げて参ったをする。
「クソッ――また、私は……」
「助けられることが恥だと思ってるのか?」
「違う!! 殺そうとしている相手から助けられるのが嫌なだけだ!!」
「そもそも何で俺を殺そうとするんだ? こっちは理由もなしに襲われてんだぞ?」
シグルドを襲う理由――これまで何度も尋ね、答えを口にしなかった。だが、ある程度余裕が戻ってきたのか、ガンドライドが歯を食いしばった後、ようやく口を開く。
「――証明だ」
「証明?」
「あぁ、そうだよ!! 私の強さの証明だ!!」
「証明って……お前は十分強いだろ」
少なくともシグルドはそう思っている。
例えいくら筋力を上げても、魔力を上げる努力をしても堕落して過ごすガンドライドのには人間は及ばない。
どれだけ人間が努力しても手に入らないものを持っている。それだけでも十分強者だろう。
「そんなんじゃぁダメなんだよ。 誰にも比肩されない強さじゃなきゃ……そうじゃなきゃ役に立てない!!」
しかし、ガンドライド自身がそれを認めなかった。
「アンタ達が戦っている時……私は見ていることしかできなかった。 あんな戦い方は無理だって思っちゃった」
相手の動きを読むには経験がいる。しかし、その経験がないガンドライドにとっては今の二人との距離は大きく見えた。
これから先、満足に自分は戦えるのか?そんな疑問が頭の中に浮かび上がる。
「私にとって強さが唯一の価値なのに……それを失ったら、私はまた一人になるっ」
それを認めたくはないから証明する。
彼女を圧倒したあのベルムを、ハンデを背負いながらもベルムと渡り合ったシグルドを倒すことで、無くした自信を取り戻そうとした。
「――ったく、本当にお前達は……」
どれだけ不器用なのだろう。
付き合っていくとこちらの身が持たないかもしれないと思いながらもシグルドはフッと息を吐いた。
「何だ? お前は俺に劣っていると思っているのか?」
「――それは!!」
「全く……少しは見込みがあると思ったらそんなことか。 まだ、あの野盗の奴らの方がマシだったぞ」
「何だと?」
街の外で数だけ増やしていた野盗。そんな奴らに手を焼いたことはないというのにそいつらの方が自分よりもできると耳にし、ガンドライドはシグルドを睨みつける。
「あんな奴らに手こずったことはない!!」
「だろうな、実力的にはお前の方が上だよ」
――でもな、そう一区切りおいてシグルドは告げる。
「アイツ等の方がまだ戦おうとする意志に関しては上だった」
ダッカ大盗賊団の幹部達。
逃げ出した者達も多くいる中、数人がシグルドを迎え撃つために姿を現した。彼らは、大勢の仲間が塵のように飛ばされ、実力が同等の幹部がやられたとしても真正面から戦いを挑んできたのだ。
それは己に対する自信があったからに他ならない。
例え、味方がやられたとしても自分にはこれまで生き抜いてきた経験と力がある。一つを極め抜いた絶対的な自信がある。
「アイツ等はそれだけはお前より優れていたよ。 格上の相手に負けることなど考えず、自分の持ち味で挑もうとしてきた」
「そんなのただの過信だ」
「ダッカが纏め上げる前までは幹部連中は名のある野盗だったんだぞ? 彼らにはこれまで野盗として生き抜いてきた経験があった。 格上と戦うこともあっただろう。 その経験から彼らは自分が勝利すると思っていたんだよ」
「でも結局お前に負けただろう」
「結果的にはな。 だが、お前はどうだ?」
「……どういう意味?」
「経験と言えば、格下を潰したことだけ。 そして、自分は実力者だと思い込んだ。 確かにそうだろう。 実力だけでいうならお前に勝てる奴は少ないかもしれないが、絶対強者ではない」
「――――っ」
強者ではない、そう言い切られる。
違う、違う、違う。何度否定しても二度も叩き伏せられた事実が頭にこびりついて離れない。
「戦いで苦難を乗り越えたこともない小娘が世界を知った気でいるんじゃねぇよ。 勘違いも甚だしいぞ」
何も言えなくなる。これまで言葉を交わす度に喧嘩腰だったガンドライドが何も言えずに歯を食いしばることしかできない。
経験がないから予測できなかった。思い上がっていたから戦う時も何も考えずに叩き潰すだけだった。
しかし、それは彼女だけの責任ではない。
だからシグルドは言葉を続ける。
「だから、ここでお前に借りを返すことを約束しよう」
「……どういう意味」
あの時の会話――ガンドライドの望みが分からなかったため、何も返せずにいたが、今なら彼女が一番望んでいるものを出せる気がする。
「俺との一騎打ちだ」
ガンドライドが望むもの、それは力。そして、足りないものは同格との戦闘経験。
「手加減はしない。 容赦もしない。 環境も状況も全部使って戦う。 その経験がお前に返せるものだ」
「――――」
ヘラヘラとしたり、ミーシャに扱き使われて情けない姿をさらすいつものシグルドからは想像できない雰囲気を放つ姿にその言葉に言葉をなくす。
そして、同時にその言葉に偽りはないと判断する。
「お前が誰に証明したいのかは想像がつく。 だから、俺も力を貸そう。 お前に足りないものを俺が補ってやる」
生まれ持った力をとやかく言ってもそれはどうすることもできない。力が強すぎて経験ができないのならば、それ相応の相手を用意すれば良いこと。
ここには自分がいる。そして、何より彼女が本当に力を得たがっている。
ならば、手を貸さない理由はない。
「――――ふん、負けても知らないわよ」
「望むところだ――って言いたい所だが、まず片付けなきゃいけないものがあるだろ」
バシャッと何かが水面を走る音が響き、次の瞬間に高らかな金属音が響く。
「任せていいか?」
「始めから私が殺すつもりだったわよ」
初めてガンドライドはミーシャ以外の人間を認識する。
シグルドは超えるべき壁――いつか打ち倒すことは確定だが、それは負傷した時ではなく互いに万全の時だ。
だから、今は見逃そう。
それに、目の前にはもう一人の敵が残っている。分身とはいえボコボコにしてくれた怪物が、こちらを見て憎たらしい程に笑みを作っている。
「何がそんなに面白い?」
「■■わ■■か■■る■■?■■」
「ハッ――ムカつくほど目が笑ってんのよクソ野郎が」
ならまずは――この怪物を殺して証明しよう。
自分は弱くないと、役に立てるんだと。
ベルムとガンドライド。
二人の第二回戦が始まった。