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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第四章
66/124

三つ巴1

ガンドライドの苛々メーター100%

 

 後ろから待てという言葉が聞こえるが、止まる理由がない。相手は強化されたとはいえ人間だ。他の奴らと同じように直ぐに殺せる相手だ。

 さっきはただ油断していただけ。自分の手にかかればものの数秒で片付けられる。それに相手は動かずにぐったりとしているのだ。この機会を逃す必要などどこにもない。


 戦いの際には纏っていた鎧は今回は出さない。重量も増し、泥や水によって足を取られてしまう現状では出したとしてもより鈍重になるだけだ。


 薄着のまま、シグルドの言葉に耳を貸さずに直進し、槍を突き出す。

 突き出された騎乗槍(ランス)が怪物の心臓を貫こうと迫る。頭の血が上った状態の時よりかは幾分かマシになった突き。

 しかし、それは彼らに対して遅かった。


「馬鹿野郎!! それは罠だ!!」


 その言葉と同時に怪物が跳ね起き、騎乗槍の下を掻い潜る。

 体重の乗った一撃を交わされたガンドライド。体勢が崩れ、無防備な腹部に反撃(カウンター)の右拳が突き刺さった。


「――――っ!! 舐めんなぁ!!」


 体がくの字に折れ曲がる。それでもこれ以上の醜態は許せないという思いが次の動作に繋がる。

 水分身の肉体を一部解除。腹部のみが水へと変換され、怪物の拳がガンドライドの体を貫通する。同時に腕を絡めとり、怪物を拘束。相手がどれだけの腕力があろうと引き出せない拘束具の完成だ。


「脳髄撒き散らせクソ野郎が――」


 水面に拳を叩き込むように、手応えの無さに動きが止まった怪物の頭目掛けて槍を突くのではなく、振り下ろす。

 見よう見まねでやってきた騎士の真似事はやめ、子供が木の枝で剣士の真似事をするように片手で騎乗槍を振り下ろし。それに対して怪物は巨大な口を大きく開けて迎え撃つ。


「こんっっっの馬鹿!!」


 しかし、牙と槍がぶつかり合う直前ガンドライドの首根っこを掴んだシグルドが後ろに引っ張る。


「――アンタっ」

「文句は後で聞いてやる!!」


 ガンドライドを後ろへと放り投げ、怪物と同じように両腕を前に構え、戦闘状態に移る。


「■■つ■■る■■ぎ■■は■■?■■」

「使わねえよ」


 使えない、使えるはずがない。こんな場所で火種でも出せばガスに引火して大爆発だ。怪物もそのことは分かっているはず。

 爬虫類の顔をした怪物はどんな表情をしているかは見分けることはできないが、それが挑発であるということだけは分かった。

 言葉を吐き捨て、一歩接近する。それだけで、互いの射程範囲だ。


「――シッ!!」


 体重をかけた一撃を怪物に叩き込む。相手がこれまでの個体とは別格だの、耐久性に優れているだのは知ったこっちゃない。

 首から上を吹き飛ばすつもりで叩き込む。

 ――だが、その一撃は怪物によってあっさりと受け流される。


「怪物が技を使うなんて……これ以上ないほどに厄介だな」


 拳を掌底によって流した怪物を見詰める。

 人間と魔物、そこには明確な力の差がある。人間一人が食人鬼(オーガ)で腕相撲では勝てない。人間一人が不死者(アンデッド)と同じように半永久的に戦い続けることはできない。

 一部を例外としてその差を埋めるためにも技があり、戦術がある。時としてそれらは、圧倒的な力の差を埋め、相手を圧倒し、勝利へと導いてくれる。


 そんなものを怪物が使用する?

 しかも、あの黒竜の力を持つ存在が?


 全く持って勘弁して欲しい。かつて神々と戦ったことのある巨人族でもあるまいし、冗談はよして欲しいのだが、残念ながら現実である。


「■■ち■■が■■う■■ベ■■ル■■ム■■」

「…………何?」

「■■な■■ま■■え■■ベ■■ル■■ム■■」

「――――」


 思わずシグルドが目を見開く。

 ベルム――途切れ途切れだったものの確かにそう聞こえた。それが、この男の名前なのだろう。

 変わらず、腕を前に構えた前傾姿勢。

 そして、純粋な戦意。


「無礼を詫びよう――ベルム」


 それを向けられたならば自分はどうすることもできない。強者、そして、戦いを望む意思。それだけあれば血が騒いでしまう。

 今この時、シグルドは目の前の存在を怪物ではなく一人の戦士として認める。


 一呼吸、静寂が支配し、再び激突が起こった。





 腕や脚を守るために付けていた防具と怪物の爪が当たらないように常に意識しながら、拳を払い、巻き込み、投げる。

 互いに互角、一歩も譲らない攻防がそこにはあった。


 フェイントを織り交ぜ、見抜き、駆け引きを行う。

 それは膨大な場数の戦闘経験があってこそできる戦い方。誕生してから僅かな戦闘――しかも一方的な蹂躙しかしたことのないガンドライドにはできない戦いだ。


 ――あぁ、本当に嫌いだ。


 目の前の戦いを目にし、持っている槍を更に強く握りしめる。





「(右――と見せかけて、左)」


 情人が喰らえば首が吹き飛ぶであろう左のストレートを首を捻ってやり過ごす。岩を彷彿させる巨大な拳が顔の横を通り過ぎ、髪の毛を揺らした。


「(――速いな)」


 ベルムが唸りを上げ、開いた距離を一歩で詰めてくる姿を見て考えを途切らさずに観察する。

 泥と水に足を取られ、速度が落ちているこちらとは違い、ガンドライドを吹き飛ばした時と同じ速度で迫ってくる。

 大地の上とは違い、自分の理想とする動きに生れる僅かながらの誤差。その誤差を技量で埋めながらやってきたが、少しずつ相手も慣れてきている。いつしか、シグルドの顔を拳が捉えるのも時間の問題だった。


 脚を泥に取られて体勢を崩す。

 体の芯がブレて反撃することも防御することもできなくなる。その隙をベルムが見逃すはずがなかった。


「――――ッ!!」


 速度は衰えるどころか勝負処と判断して一層速度を上げて懐に飛び込み、がら空きの腹部に拳を放つ。

 ガンドライドに行った必勝パターンが始まる。重い一撃を喰らわせた後に繋がる怒涛の連撃。途中で防御しようとも、動き出しすら予測し、拳を叩き込み続ける。





 終わった。そうベルムは考えただろう。

 ――しかし、それはシグルドがわざと見せた隙だ。


 拳を繰り出そうとした瞬間に、体幹のみで体勢を立て直し、腕を絡めとると同時に投げる。

 骨格も変形しているが、まだ人間に近い。絡めとられた腕の関節が悲鳴を上げ、破壊される。

 肘が逆方向に折れ曲がり、下水道の中で苦痛に悶える叫び声が響く。


 痛みで転がる姿はまさに隙だらけ。そこで追撃を仕掛けないはずがなかった。


「――――フッ」


 起き上がろうとするベルムを押し倒すのではなく、背後へと回り込み首を絞める。

 引き剥がそうとするベルムの爪が、シグルドの腕に食い込み血が噴き出すが、逆に首の骨を砕こうと力を籠める。


「■■ッ■■グ■■」


 締め出された声しか出せない怪物が暴れまわり、拘束を解こうとする。

 尾が地面を打ち、泥と水を跳ね上げ、拘束を弱めようと爪を食い込ませ、両脚を暴れさせて抜け出そうとする。


「――チィッ!! 大人しくしろ!!」


 意識が遠ざかることなく暴れようとするベルムの尾や爪に何度も襲われるが、両腕がふさがっている以上今は耐えるしかない。

 暴れまわるベルムを見ているうちに、怪物の足の指の間に水掻きのようなものが目に入る。恐らく、あれのおかげで深く水に浸かることなく速さを損なわないのだろうが、首を絞めている現状ではもうどうでも良いことだ。


「(もう少し――ッ!!)」


 骨が軋みを上げ、限界が近づく音――もう少しで首の骨が折れ、この戦いが終わる。そのはずだった。

 例え、頬を裂かれようが、腕を千切られかけようが拘束をやめなかったシグルドが、その場を飛びのく。


 それは反射だった。どんな生物でも持っている身の危険を察知して動く、緊急回避。

 シグルドがいた場所に突き刺さったのは水の槍。ただ槍を投げるだけの威力では出せない、大地に風穴を開けるほどの威力。それは沈殿池の地面を、壁を破壊して石による隔たりをなくした。


「……俺の手伝いをしてくれるって感じじゃなさそうだな」

「当たり前でしょ」


 それが誰によるものだったのか、即座に分かったシグルドが本当に殺意を持って戦闘態勢を取っているガンドライドに向かって振り返る。


「一つ、聞いてもいいか?」

「何?」

「俺達が戦う必要はないだろ? 俺達は敵ではないはずだが……」

「それはアンタが勝手に思っているだけでしょう。 私にとっては違う――」


 その瞬間、ガンドライドの姿を模った水の分身が崩れ落ちる

 効力が切れた訳ではない。何故ならば、肌を刺すような殺意が、魔術によって開けた穴の向こうから向けられてくるからだ。


「――私の敵は、ムカつく奴ら全員だよ」


 悪霊共を先導し、害を齎す幻影の騎士(ワイルドハント)の一騎、魔女の騎兵(ガンドライド)

 その本体が姿を現した。


 体に纏うのは白銀の全身鎧(フルプレート)。手に持つのは長さ三メートルの騎乗槍。例え、技量は未熟でも、保有する魔力は無視できない。

 これまでお遊びで向けてきたのとは違う、明確な殺意。それを肌で感じ、シグルドからは余裕が消え、怪物が唸りを上げる。


 竜殺し(シグルド・レイ)魔女の騎兵(ガンドライド)下水道の怪物(ベルム)

 この街を廃墟にしてもおかしくない戦闘能力を保有する者達の容赦のない戦いが始まった。


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