ディギルの下水道7
魔剣から放たれた炎が怪物を射抜く。
限界まで凝縮された炎は怪物達の黒い鱗もいとも簡単に貫き、絶命させる。目の前の個体を盾にしようが、損害を覚悟して進んでこようが関係なかった。
ある個体は目の前の盾ごと貫かれ、傷を負うのを覚悟して進んできた怪物も続く二撃目、三撃目に肉体を撃ち抜かれ絶命する。
後から続いて出てくる怪物達も恐れをなして足を止めるが、そんなことをしても的が止まったようなもの。容赦なく全てを撃ち抜いていく。
ものの数分の出来事だった。
あれだけいた怪物達は下水の中へと倒れ伏し、辺り一面が怪物の死体だらけになっている。
「――終わり?」
怪物達が闇の中から出現しなくなったタイミングでガンドライドが声を掛ける。声の調子から依頼の終わりの予感を感じて喜びが溢れているのが分かった。
だが、まだそんなことは分からない。
「まだだ、怪物は出現しなくなったが最後に見回りをしておく必要がある」
「…………死ねよ」
「俺に言うな」
最早殺気を隠すことなく罵倒してくるガンドライド。死ねよという言葉は死ななかったら私がヤルぞと聞こえるのは俺だけだろうか?などと思いながら死体を探る。その間に視線が背中にバシバシ感じるが気にしない。しかし、一応剣はすぐ抜けるようにしておく。
「何やってんのよ」
「ここにいる奴らの身元が確認できるものを探している」
「――――マジで言ってんの?」
これだけの数を?言葉尻が窄んで消えていく。あの男はここにいる奴らと言ったのだ。つまり、数匹程度ではなく、全ての怪物を調べるつもりなのだ。
あたりを見回せば死体の山。下水に漬かったグズグズの死体。きつい臭い。どれもがいやなガンドライドは頭に青筋を浮かべた。
「いやいやいや、あるはずないでしょ!? こいつらが元人間だったとしても、どうなってこうなったのかは分かんないけど人為的なら確実に証拠なんて消されてるって!!」
怪物の正体が元人間。それはガンドライドも気づいていた。だからこそ思う。こんなことをするのは人間だけだと……。本来魔獣というものは多種族と交わることもしないし、それを嫌う。自分という例外はいるもののそれは何憶分の一という星を掴むような確率で、悲劇と奇跡がかけ合わさって起こったものだ。そんなことがそう簡単にポンポンと起こるはずがない。こんなこと、誰かの意思が関わらなければそうそう起こるはずがないのだ。
「知ってるよ。それでも僅かな可能性はある。お前は付き合わなくていいぞ」
怪物の慈悲はないが、人間であった彼らは別だ。既に別の存在になってしまっていた彼らにやれることなどこれぐらいしかできない。だから、これはただの我儘だ。それにガンドライドを付き合わせる気はない。
だが、それを聞いてますますガンドライドは青筋を浮かべる。
「だ・か・ら!! 私は、お姉様の命令でここに来てんだっつうの!! アンタと依頼を達成して来いって言われてんのよ!! 達成できないまま帰れるわけないでしょうがっ」
水で構成された体が沸騰するほどの怒りを発してシグルドに向かって怒鳴りつける。そんな様子を見て、あそこで食材でも入れれば食べられるようになるかなと見当違いなことを考えるシグルドであった。
「律儀だな。お前も……」
「何言ってんの? 当たり前でしょ。というか、口より腕を動かしてよ」
「何だ? 手伝ってくれるのか?」
愚痴を言いながらも死体をひっくり返し始めたガンドライドを見て問いかける。意外なことに手伝ってくれることに目を丸くさせているとそんなシグルドをガンドライドが睨みつける。
「勘違いすんな。早く帰りたいだけだ」
「そうかい」
物語ではここらへんで顔を赤めて否定してくるのが定番だが、この二人の間にそんな空気は存在しない。ただ、その方が早いから二人でやる。合理的に基づいた結果、導き出された答えに従うガンドライドに、ただ己のやることを淡々とし続けるシグルド。
しばらく、二人は喋ることもなく黙々と死体をひっくり返しては調べ、ひっくり返しては調べを続けた。
どれだけの時間がたっただろう。もう少しで霊薬の効果も切れると言った時間帯。全ての死体を調べ終わり、二人がようやく腰を上げる。
「何かあったか?」
「言う必要ある?」
腰を上げて問いかけるシグルドに不満げに冷たい対応をとるガンドライド。両手を広げて見せて何もない、のジェスチャーを行う。
「むしろ、アンタはどうなのよ?」
「一つだけ、これがあった」
怪物の口の中から取り出した木製の首飾りを掲げて見せる。繊細な模様が描かれており、よく見ればルーンも描かれている。魔除け、厄除けの意味を持つルーンが彫られているが残念ながら、その効力を発揮しなかったらしい。
「はぁ……結局手掛かりらしいものもなく、手に入ったものは木彫りの玩具だけって……」
あれだけ時間を使って死体の山から探し出せたのは木彫りの首飾りただ一つ。それもどこにでもありそうなものであり、名前も記入されておらず、何の手掛かりにもなりそうにない。労働と対価が全く釣り合っておらず、肩を落としたガンドライドがため息をつく。
そんなガンドライドに対して、シグルドが口を開く。
ミーシャの命令といえ、手伝って貰ったのだ。礼をしないまま終わるというのは男が廃るというものだ。
「悪いな。付き合って貰って……上に着いたら一杯奢ってやる」
「私は酒は飲めん。それに、奢るんならむしろ夜に邪魔をするな」
「……それは俺だけの問題ではなくミーシャも関わってくるから無理だ。諦めろ」
「何でだっ!?」
下水道の中に響き渡るガンドライドの叫声。
しかし、無理なものは無理だ。そもそもミーシャ自身が嫌がっているので取り付く島もない状態。むしろ、あれほど態度に出ているのに全力アタックを仕掛けられるのか分からない。
「せめて俺ができる範囲のやつにしてくれ。それなら何を言っても構わない」
「じゃあ、騎乗槍で串刺しにされろ」
「断る」
「溺死」
「違う、死因の問題じゃない。死ぬこと自体を断ると言ってるんだ」
「――――――ちっ」
要求を悉く却下されて舌打ちをするガンドライドを見て、こいつは俺を殺すことしか考えていないのかと頭を抱えてしまう。いつか本気で寝首をかかれる日が来るかもしれないと不安になりつつも、せめて礼として今夜の食事は奢ろう――――と思ったが、そもそもガンドライドは金自体を持っていなかったため、常に自分が払っていたことを思い出し、再び頭を抱えた。
もうここまでくるとミーシャのそっくり等身大人形を作って渡すぐらいしか手段がないんじゃないかと考えるが、そんなものを作っていたらミーシャ本人に白い目で見られることは確定だ。
外の世界を見ると言った言葉はどうした。せめて、ミーシャ以外にも興味を持ってくれと言いたくなるが、それは当の本人次第で他の者が何を口出ししても意味がないし、むしろ嫌がられるだけだろう。
「俺が死ぬこと、犯罪者になることは無理だが、それ以外は何でもいい。思いついたら声を掛けてくれ。その時に借りを返す」
「あっそ、了解」
ならば、もうこう言うしかない。
ないのならば、借りとしていずれ返すしかない。だが、それほど叶えたい欲求もないガンドライドは興味がなさそうに適当に手を振って答えるだけだった。
もうこの場でやることなどない。後は、他に怪物が存在していないかを確認するだけだ。だが、死体はこのままにしておくことはできないため、焼却するとしても一体は依頼人の要望通り持って帰るために残しておかなければならない。
キツイ臭いを放つ死体とまたしばらく一緒にいなければならないことにげんなりとしながら、少しでも不快感を拭うためにも愛しのミーシャの顔を思い出す。
人形のように整った顔立ち、美しい白銀の髪、こちらに向けてくれる素敵な笑顔。(これはガンドライドの妄想です)
それだけで全てが救われる感覚だ。
――――だからこそ、反応が遅れてしまった。
突如としてガンドライドの目の前の石の壁が打ち壊され、怪物が出現する。最初から獲物が油断する瞬間を狙っていたかのように、ガンドライドに襲い掛かる。
脅威が迫ってくるのならば、二人は当然気付けただろう。それができなかったのは、最初から怪物はここに潜んでいたからである。
彼が望んでいたのは強者との闘争だ。それは本能として強く結びついており、怪物になった後でも消えることなく彼の行動原理となっている。
誘導するための撒餌であり、選別するための試験でもある怪物達を打ち滅ぼした自身が望んだ強者が二人。
幾つもの傷を体に残した怪物が隙を見せたガンドライドに襲い掛かる。
ガンドライドの苛々メーター95%にまで上昇するもミーシャの顔を思い出し30%まで減少