煌びやかな館の一室にて
貴族区画にある煌びやかな館の一室。そこには一匹の豚――失礼、一人の男が頭を抱えていた。男の名前はコルドール・マウル。伯爵の位を持つ貴族であり、この城塞都市ディギルの都市長である人物だ。
普段は部下に仕事を押しつけてばかりの彼が、何故今更仕事をしているのか……それは、部下からの信頼を集めるためでも、自分の堕落さに嫌気が差し、変わろうとしているのでもなく、自分の不始末の露呈を恐れてのことだった。
「ぐうぅぬ…………」
しかし、いつも仕事を部下に押しつけ、怠けるばかりだった男がいきなり仕事をしようとして上手く行くはずがない。
賄賂を渡して融通を利かしてくれていた騎士達は帰ってこず、こちらの命令に背いて傭兵を向かわせる平民上がりの部下。
自分の思い描いた理想図と全く違う結果になってしまったことに頭を抱えていた。
「何でこんなことにっ……くそ!! これも全てあいつが命令を聞かないからっ」
全ては自身の判断ミスが招いたことであるが、そんなことを棚に上げて、上手く行かないのを他人のせいにし始める。そして、言ってしまえば、彼が黒竜の血を投与した騎士を手駒にしようと画策し、失敗してしまったせいである。
失敗の原因は、見張りが彼らを押さえつけるだけの力を有していなかったこと。
上手く適合できた者は、元の人格を有しながら戦闘能力の向上に五感の強化がされていると言う。流石にそんな者は手に入らないと分かる。だから、肉体や五感を強化できたものの、感情や理性がなくなった失敗作をいくつか流して貰ったのだ。
破棄される失敗作など誰も気にも止めない。そう考えて手に入れたにも関わらず、想像以上の凶暴性に手が付けられなかった。
特注で作らせた鎖は難なく引きちぎられ、その場にいた見張りを殺し、地下へと潜っていった怪物達。
そのせいで苦労して手に入れたにもかかわらず、自分が苦労する羽目になっている。
もし、こんなことが皇帝の耳にでも入ってしまったら、地位を剥奪されるばかりか、地下牢に繋げられるかもしれない。
「ぐうぅ……」
最悪の可能性を想像してしまい、薄くなった頭を抱えてますます縮こまる。
聞けば、イリウスは依頼した傭兵に怪物を持ち帰るように言っているらしい。もし、討伐されれば、怪物の正体に気付くはず。オーディス王国に攻め込む際に前線に投じられた兵器として、それは帝国の一部の者は知っていることだ。
そして、帝都で開発されていると言われているものを横流しできる人物はこの街では自分だけ。
依頼を達成されれば自分の正体に辿り着かれてしまう。そう思うと脂汗が大量に出てきて止まらない。
少しでも気分を紛らわせようと菓子類を鷲づかみして頬張るが、喉が渇いて上手く通らない。
「せめて、誰に依頼したのかを把握しなければ……」
机の上に乱雑に置かれた書類の中から、依頼を受けた傭兵達のリストを探し出す。
日が傾き始める時間帯、コルドールの作業はまだまだ続いた。