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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第一章
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手痛い出費

 

「…………」

「…………」


 人影が近くにいないかを確認しながら、少女が動かすルーン石(ルーンストーン)を見る。

 ルーン魔術のことなどさっぱり分からないが、魔術を行使する者が身近にいなかったため人生で初めて見ることになる。

 一体どんなものなのか……若干わくわくしながら、魔術が行使される時を今か今かと待ち続けた。

 しかし、そんな期待に答えるような出来事は起きなかった。

 少女は、石を置き、何やら小さく呟く。すると、石は何処かへと走り去ってしまった。そして、少女も体を伸ばし、懐から商人から買い取ったであろうイモを食べ始める。


「え?終わったの?」


 呆気ない。劇でどんなものが出てくるのかと楽しみにしていたら、知らない間に終わっていましたと言われた気分だ。


「一体何が出てくると思っていたの?」


 呆れた表情をした少女がシグルドを冷ややかに見詰める。

 自分としては、もっと派手に光やら陣やらが出てくるものだと期待していたのだが、予想を裏切られてしまった。


「想像以上に地味なんだなルーン魔術って……」

「おい、それは聞き捨てならないぞ」


 思わず愚痴が出たシグルドに対してピシャリと言い放つ。そもそも少女としては勝手に期待しておいて、勝手に落ち込むなと言ってもいいぐらいだ。


「ルーンに長ったらしい詠唱など必要ない!武器に刻めば、それだけでそのものの性能が上がるんだぞ?というかさっき私にルーンの価値について語ったくせになんだその態度は!?」


 まったくもってその通りである。


「いや、悪かったよ。どんなものか気になっていたんだが、素人目だとどんなものか分からなくてな」

「そのとーりだっ!ルーンも私も悪くない!お前の見る目がないだけだ」


 平謝りするシグルドにザクザクと言葉を突き刺していく。大人しかったさっきとは全く違い、激しくまくし立てる。


「この素人、ド素人!あれだけ変な目で私を見ていたくせに勝手に失望して、私はまったく悪くないのにっ」

「おい、やめろ。色々と勘違いされそうだ」


 それではまるで、こちらが幼女に襲いかかっているみたいだ。誰にも聞かれていないだろうかと周りを警戒する。自分には少女に欲情するほど性癖がこじれていないのだ。変な誤解をされるのは勘弁して貰いたい。


「ふん…………安心しなさい。別に言い広めようとも思ってない」


 ムスッとした表情で言われる。

 言い広めないと言っても、許していないと口にしない辺り、まだ怒っているのだろう。それほどこの子にとってルーンとは特別なのか……。


「済まなかった」


 先程のような軽い謝罪とは違う。少女がルーンを見ながら漂わせる怒りとは別の雰囲気に、ただ事ではないと感じたシグルドが立ち上がり、少女に向かって頭を下げた。


「何……急に」

「君の言ったとおりだ。君がそのルーンに込める気持ちを考えることもせず、軽率な気持ちで君を傷つけてしまった。申し訳ない」


 先程の情けない雰囲気はもうそこにはない。。目の前にいるのは主からの断罪を覚悟する一人の騎士のようだった。


「…………このルーン、お父様が教えてくれたんだ」


 頭を下げたシグルドを横目で見た後、ルーンに目を落とし、ポツリポツリと語り出した。

「いつも、お仕事忙しかったんだ。……お母様は、私を産んだ後、直ぐに亡くなってしまわれたから、一日の殆どが一人だった」


 シグルドは何も言わずに少女の言葉に耳を傾ける。


「でも、あの日だけは違ったの……。仕事が終わってからも何処かに行ってしまうお父様が、私の部屋に来た」

「嬉しかった……いつも一人でいたから、少しの時間だけでも顔を店に来てくれることが、嬉しかった」


 少女がその日を思い出したかのように僅かに明るくなる。足は交互にゆらゆらと揺れているのが、本当に嬉しかったことを証明していた。


「その後、勉強はちゃんとしているかとか、作法はちゃんと覚えたかとかの話しをしたの……。私は、『はい、ちゃんとやってます。今は絵本を読んでいるのです。お父様もどうですか?』って尋ねた」

「そしたらお父様は、首を横に振って頭を撫でてから部屋を出て行こうとした。……それが寂しかった。だから私、いつもはやらなかったことを、お父様の裾を掴んで『ルーンを教えてくださいっ』って我が儘を言ってしまった」

「それまで見ていた絵本にルーンが出てきたから、咄嗟に出てしまった。お父様もルーンにのめり込んでいたから、笑って少しだけなら……と私の相手をしてくれた」


 少女が不意に顔を上げ、シグルドに手に持ったルーンを見せてきた。


「教えて貰ったのは一つだけ、探索のルーン――自分の望む物を見つけることが出来るんだって……」


 掌の上にあるのはルーンが刻まれた黒い石、先程地面を滑っていった石と同じ色をしていた。


「君にとって大事なものを軽率に侮辱したこと、改めて謝罪する」

「ハハハッ……良いよ、別に謝って欲しくて喋ったんじゃない」


 愛おしそうにルーンが刻まれた石を撫で、気にするなと言うが、シグルドはその言葉に頷かなかった。


「いや、君が大事にしているものを知らないとは言え侮辱してしまった罪は重い、何か君に償えることはないか?」

「え?……そうですねぇ。何かと言われても――あっ!それなら、私の命令を何でも一つだけ聞くというのはどう?」


 名案だとばかりに、こちらに話しを振ってくる。その話しをシグルドが断る理由はなかった。


「了解した。君の命令を一つ、どんな命令であったとしても従うことを、戦士としてここに誓う」


 剣を引き抜き、誓いを立てる。

 少女は、それを満足そうに見ていた。





 あの後、使用した探索のルーンに何一つとして巨人の手がかりがなかったことに肩を落とす少女を励ましたり、これまで旅してきた地域のことを話しているとあっという間に時間は過ぎていった。

 既に太陽が傾き始め、辺りが暗くなり始める頃、ガチャガチャと鋼の鎧がぶつかる騒がしい音がこちらに近づいてくるのが耳に届く。

 それは、少女も同じだったのだろう。直ぐさま、袋にルーンを投げ入れていき、騒がしい音の元凶が到着する前に、懐に袋を滑り込ませた。


 しばらくして、姿を現わしたのは見るからに面倒くさそうな傭兵達だった。


「あ~ん?何だよ、先客がいるじゃねぇか。しかも子連れだ!」


 小馬鹿にしたような笑い声が後から続く。

 後ろを見ると、昼間に威張り散らし、ドカ食いをしていた珍妙な髪型の男とその取り巻きだった。


「おいおい、ここは遠足する場所じゃあねえんだよ。早いとこ帰りな」


 ここから立ち去れと手をシッシッと振るう。それにつられて逆立った髪も揺れる。まったくもってこちらの都合を考えない言い分に、さすがのシグルドも顔をしかめる。

 先にここにいたのは自分たちなのだ。ここで一晩を明かすことも決めている。それを後からやって来て、どけとは何なのか。

 ここのスペースは、大所帯出来ている彼らには狭い。そんな所で一晩明かすなど無理だろう。ならば、ただ城内を歩き回っているだけなのか。

 彼らの方から、風に乗って酒の匂いが漂ってくる。どうやら相当飲んでいるらしい。


「ここは私達が一晩明かすために、使用している場所だぞ。それを先に来てなんだそれは?」


 少女も同じことを思ったのだろう……しかし、我々とはどういうことか、家の者が来ているのではなかったのか。

 少女が言った突然のことに、え?君もここに寝る気なの?と疑問が浮かぶが、問いただす前に物事はドンドン先へと進んでいく。


「おいおい嬢ちゃん。人の言ってることが分からねぇのか?ここは遊び場じゃねぇんだ。子供が来て良い場所じゃねぇ」

「貴様こそ、人の言っていることが分からないのか?巨人を討伐する依頼の最中だというのにそんなに飲んだくれているとは……常識がないんじゃないのか?」


 巨漢相手に物怖じせずに堂々と言い切る姿に、たくましさを感じる。相手も小さな少女が言い返すと思っていなかったのか、目を丸くしていた。


「ハッ――常識もなく、品性もない。それになんだ?その髪型は?トサカか何かか?背伸びがしたいなら街にいるチンピラ相手にしておけよ。貴様らなど子鬼(ゴブリン)にすら勝てないんじゃないのか?おおっと済まない、常識のない貴様らに子鬼と言っても分からなかったな?これから一つずつ、私が詳しく説明してやろう」


 スラスラとよくもまぁそれだけ言葉が流れ出てくるものだ。教養が良い家柄の娘は、あんな言葉遣いを教えていないはずなのだが、お父様とやら……一体どんな教育をしていたのだ。

 あまりのことに傭兵達の目を白黒していたが、侮辱された本人は、怒り心頭に少女へと詰め寄る。


「このクソ餓鬼が……俺を誰だと思ってやがる!?」

「知っているさ、竜殺し様だろ?」

「そうだ、テメエらそんな口の利き方をして良いと思っているのか!?ああん?」


 凄む傭兵の自称竜殺し。

 そんな傭兵の凄みにも驚いた様子もない少女を見て、本当に肝が据わっているなと思う。普通の子供ならば、泣き出しているだろう。

 しかし、これ以上挑発すれば、男が手を出してくるかも知れない。見たとおり、男の沸点は相当低い。肝は据わっていても、手を出されれば、体は特別でない少女は一溜まりも無いだろう。

 そうなる前に、男と少女の間に体を滑り込ませる。


「テメェ……餓鬼の面倒ぐらい見れねぇのか?」


 間に入ったことで標的を変えた男がシグルドに詰め寄る。


「済まない、こちらが迷惑を掛けた。謝罪は俺がしよう。相手は少女だ。ここは懐が広い所を見せて勘弁してくれないか?」


 頭を下げるシグルドを見下ろした男が笑みを浮かべる。

 弱みを見せた者を搾り取ってやろうとする目だ。


「そうだなぁ……どうしてもって言うなら許してやってもかまわねぇ。だがな、俺も部下の手前引けに引けねぇんだよ。分かるだろ?誠意を見せてくれねぇとなぁ?」


 ニヤニヤと後ろを親指で指を差す。

 誠意――つまり、奴らは金銭的な何か、それか侮辱された分を補える何かを出せと言っているのだ。


「済まないが無理だ」

「ああっ!?」

「残念だが、私は無一文でな。お前達を満足できる品など持っていないのだ」


 財布をひっくり返し、中身がないことを証明する。だが、傭兵の男はそれで満足するはずがない。


「おいおい、何言ってるんだよ。金が無けりゃモノでも良いんだぜ?お前が背中に背負ってるそいつ、気に入ったぜ。そいつを寄越しな」


 下品な笑い声が響く。

 シグルドは、少しばかり頭を抱える。巨人がいつ出現するかも分からないこの状況……このタイミングで武具や装備を失うのは痛い。しかし、穏便にことを済ませるためには渡すしかないだろう。


「分かった」

「えぇっ!?」


 直ぐ後ろで素っ頓狂な声が上がる。まさか、戦士の命とも言える剣をいちゃもん付けてきた傭兵相手に渡すなど思わなかったのだろう。自分もそう思う。父親から受け継いだこの魔剣を手放す日が来るとは……。


「マジかよっ!まさか本当に手放すとは思ってなかったぜ」


 要求を断ると考えていたのか、嬉しい誤算に男が喜ぶ。突き出された剣を初めて誕生日を貰った子供のように喜び、周りにいる部下へと見せびらしながら、この場を去って行く。

 傭兵達の姿が見えなくなった頃、シグルドは大きく伸びをする。


「いや~……騒ぎにならず良かったよ」

「良くねぇーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 少女の跳び蹴りがシグルドの顔面に突き刺さった。


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