依頼の受注
「こんっのアホーーーー!!」
メインストリートとから離れた路地でミーシャが姿を現わし、シグルドを叱りつける。
「アホ!! このアホー!! 何であんなの引き受けた!?」
「お前の了承なしに受けたことは謝るが、そんなにアホと言わなくても……」
「うるさいっ――怪物ってアレだろ。街で噂になってる下水道の!?」
「そうだが?」
「やっぱりか!!」
確かに了承なしに受けたのは悪いと思っているが、それ程反対するのにも理由はないと思っているシグルドは何に対して起こっているのかが分からない。
ミーシャを見れば、頭を抱えて何かと格闘している様子だ。
「ぐぬうぅ……確かに邪魔されれば、収集に遅れが出るが……下水道かぁ」
「下水道がどうにかしたか?」
「どうかしたかではなくて、下水道だぞ。逆に聞きたいんだが、何も思わないのか?」
そう、下水道だ。浴場や肥溜めの中身が流されている場所だ。沼や泥の中を進んで行けと言われても普通に行ける程度には慣れたが、流石にそこへはあまり近づきたくないのが本音だった。
「それなら、俺一人で行ってくるさ。ガンドライド、お前が守ってやれ」
「言われなくても守るわよ」
「いや、コイツと二人っきりってのも私の身が別の意味で危ないんだが……」
抗議を入れるが、トントン拍子で決まっていく方針を変えることはできない。
――本当にコイツら私を主として見ているのか?と疑ってしまうレベルだ。
「ええい!! 分かった、分かったよ!! 情報を貰うのは二日後だ。それまでに帰ってこいよ? 迷って遅れるなんて許さないからな」
「勿論だ」
都市とほぼ同じ広さ、複雑さで言えば更に厄介な下水道。迷って餓死なんて死に方はシグルドもしたくはない。
「俺は今から準備して、そのまま地下に潜る。お前達は?」
「宿でお前を待っているさ……それと、時間だけは守れよ?」
「分かってるよ」
念を押してくるミーシャに手を振りながら、メインストリートへと歩き出る。今から色々と準備をしなければならない。
明かりの確保や地図――――そして、正式に依頼を受けなければならない。そうでなければ違反行為として罰金だ。
これから行くべき所を頭の中でメモして、シグルドは歩を進める。
城塞都市ディギルのベーンズ通りにある建設されている由緒正しき役所。この街の中心たる役所の周りには、帝国の騎士達が昼夜問わず警備しており、正式な手続きなしでは入れない。
だが、例外に手続きなしで入れる方法が一つ。
現在、役所で傭兵相手に出している依頼――――地下の怪物に関してだけならば、例外的に中へと入れるのだ。
「依頼を受けて頂き、感謝する」
シグルドの対面の長椅子に座る男――イリウス・ロウディが礼を口にする。心労が堪っているのだろう。疲れ切った表情を隠そうと目つきを鋭くしているが、無理をしているのが分かる。
「私はそれが仕事故、礼など無用にです。それよりも、仕事の話に移りたい。貴方も多忙の身でしょう」
「その通りだな。では、前置きはこれまでにして、依頼の話をしよう」
仕事用の仮面に切り替えたシグルドにイリウスが同意する。
イリウス・ロウディ。この城塞都市の都市長補佐……本来であるならば、ただの傭兵であるシグルドにこの街の管理者の一人が出てくるのは可笑しい。余程逼迫した状態に追い詰められているのか、そう思わずにはいられなかった。
「まずは、依頼の確認から行ないたい」
「えぇ、どうぞ」
「では、依頼の達成は下水道に潜む怪物の確認、そして討伐だ。討伐を確認できるものを、できれば死体を持ってきてくれれば金貨二百枚を用意しよう」
「死体もですか?」
「あぁ」
シグルドの問いにイリウスが頷く。首だけではなく死体ごと持って来いとはかなりの手間がかかる依頼だ。
「理由を聞いても?」
「確かに……討伐する側からすれば面倒かも知れないが、送り出した部隊も、依頼を受けてくれた傭兵達も皆帰ってきておらず、私達も怪物の正体を掴めていなくてな。 ここは知っての通り、遊牧国家へと攻め入るために必要な拠点だ。 その場所が魔物に入り込まれて壊滅……などとは笑い話にもならない。 同じようなことがないように研究材料としたいのだ」
「なるほど、そのような理由でしたら……お受け致しましょう」
研究材料に死体のならば、損傷は抑えなければならないということ……確かに討伐する側からすれば迷惑な条件だが、それが仕事であるならば達成するだけだ。
「しかし、大変でしょうね。 街の管理に怪物事とは……」
「えぇ……全くだ。 貴族が一人犠牲になったことで、騎士達もそちらに回ってしまい、見回りをして貰える騎士達が減ってしまったのは頭が痛い」
苦労を労う言葉を掛けるとイリウスは溜息を付く。やはり、政治的なものに関わると面倒なことがあるらしい。
いつか自分もこうなる可能性もあるのかとしみじみとした思い出彼の苦労に合掌する。
「はぁ……本当であるならば、前金を渡したいが何度も討伐に失敗していてね。 悪いが報酬は後払いになってしまう」
「構いません。 こちらにも資金はあります」
暗に君も失敗するかも知れない。そう言われたにも関わらず、シグルドは落ち着いた対応をする。その様子を見てイリウスは感心する。
個人で依頼を受けに来る者は腕に自信を持っている者が多い。絶対の自信を持っているにも関わらず、相手に信用されなかった場合、荒くれ者という印象で通っている傭兵は怒り心頭になるものだと思っていたが、そうでもないようでシグルドの評価を一段階上げる。
「そうか……どうやら噂どうりの人物らしい」
「……噂?」
「ん? 知らないのか? あのダッカ大盗賊団の幹部を捕まえた傭兵とは思えない程の礼儀正しさの男がいると噂になっているんだよ。 君は……」
「……マジか」
確かに……あっさりとシグルド達はあっさりと壊滅させていたが、この辺りでの盗賊達をまとめ上げ、何度も帝国騎士達を返り討ちにしていた大盗賊団だ。それが壊滅されたとなれば、噂にならない方が可笑しかった。
「今は下水の怪物騒ぎがあるからね。 ちょっと間が悪かったな。 本来ならもっと大騒ぎになっても可笑しくなかったのに……正式にここで雇われないかい?」
「ハハハハ…………申し訳ありませんが、やることがあるので」
いいえ、大騒ぎにならなくて良かったです。と心の中で呟く。
大騒ぎになっていれば、かなり面倒くさい。噂になれば注目も浴びるし、その分行動も取りにくくなる。むしろこのタイミングで助かったぐらいだ。
乾いた笑みを浮かべると、勧誘を丁重に断っておく。
敵地に潜り込める好機でもあるが、配属される場所が分からない以上、どうなるかも分からないし、規則に縛られる。周りの目が監視となって今以上に動きづらくなるだろう。そんなことは望んでいない。
「そうか、残念だ」
「申し訳ありません」
「いや構わないよ。 君達にも選ぶ権利はあるのだからな」
「ありがとうございます」
「それでは、これを受け取ってくれ」
後ろに控えている青年がシグルドの横まで来ると丁寧に一つの鍵を差し出してくる。これは一体何なのか。心当たりがないシグルドは疑問に思いながらも受け取ると口を開く。
「これは一体?」
「何、ただの下水へと入るための鍵だよ。 現在下水へと入るための入り口は全て柵で封じて鎖で止めているからね。 まぁ、それでも怪物は止められないのだが…………あぁ、そうだ。 入り口までは彼が案内する」
そう良いながら、鍵を差し出してきた青年を指差す。そこにいたのはまだ若い青年だった。目が合ったことに気が付くと軽く会釈をしてくる。
「よろしくお願いします。 私はロディス――とお呼びください」
「あぁ、宜しく頼む」
「入り口は他の全てを防いでいるから出口としてもそこを使ってくれ。 では、私はこれで――」
互いに立ち上がり、軽く会釈をした後、イリウスは部屋を出て行こうとすると、突然何かを思い出したかのように脚を止める。
「どうかしましたか?」
「いや、やはり言っておこうと思ってな」
「はい?」
何か重大なことでも隠しているのかと眉をひそめる。実は街ぐるみのやばい案件だったというのならあまり関わりたくない。
警戒を強めるシグルド――――しかし、それは杞憂だった。
「依頼を受けて感謝するよ。 そして、無事に戻ってきてくれ」
目に写るのはこちらを案じる色が見える。
都市長やその補佐などの地位に就く者は皆頭ごなしに命令してくるものとイメージしていたが、どうやらこの人物は違うらしい。
送り出す側として何もできないことを恥じているのが分かり、自然と笑みを浮かべて返事をした。
「ご安心を……無事依頼を達成して参りますよ」
ただ、ちょっと申し訳ない思いが残る。
もし、計画を実行するのであるならば、彼のような人には迷惑所ではないのだから……