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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第四章
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新たな仕事

 

「いや、分かってたよ。 分かってたけど何かこういう流れって邪魔しちゃ馬に蹴られると思ってな」


 シグルドの言葉を耳に入れながら、目の前の野獣と格闘する。

 何が馬に蹴られるんだろうか、それは恋仲を邪魔した奴に使う言葉だ。ガンドライドとは全く、これっぽっちもそんな関係ではないし、むしろ迷惑しているぐらいだ。


「それにもしもの可能性があるだろ? 今回はお前がガンドライドの上に跨がってたから、ついにこの日が来たかと思ってな」


 そんなもしもあるわけないだろ!!と心の中で叫ぶ。

 確かにちょって押し付けられてタガが外れてしまったが、性欲などでは決してない。胸に対して怒りをぶちまけた結果ああなっただけだ。

 それにいい加減ミーシャは言いたいことがあった。


「喋ってないで助けろォ!!」









 ようやくガンドライドから解放されたミーシャが肩で息をする。

 朝っぱらからやる運動ではない。襲いかかってきたガンドライドと全て分かっていながら放置してくれたシグルドを睨み付ける。


「覚えていろよ」

「はい!! 覚えています!!」

「お前に言ったんじゃない!!」


 むしろ報復すればそれすらもご褒美として受け入れそうなガンドライド。目を輝かせている所を見ると絶対にそうなると予想できてしまう。


「はぁ……最近私怒鳴ってばかりだ。 頭が痛くなる」


 メレット迷宮を抜けてからここまで怒鳴り声を上げない日はいくつあっただろう……思い出すまでもない毎日だ。

 朝起きてガンドライドに襲われた時、歩いている最中にガンドライドに襲われた時、食事中にガンドライドに襲われた時、沐浴中に血走った目をしたガンドライドに襲われた時、ガンドライドを放置したシグルドを説教する時……。

 これでもまだ一部分だ。我慢できなくなって寝ている間に手足を縛って草むらの中に放置したこともあったが、上手く行かずに必ず後から追いついてくるため、もう諦めた。

 せめて、襲うなと言わないから少しは自重してくれ……何て思考に陥っている時点でかなり毒されているのだが、ミーシャは気付いていない。


「お疲れ様」

「半分はお前のせいなんだよっ」


 悪びれもせずにコップに果実水を注ぐシグルド。その様子にイラッとしながらも拳を握りしめる。

 流石にここではできないが、ちょっと本気で話し合いをしなければならない。勿論物理ありで……。


「それで、帰ってきたってことは何か収穫はあったんだろうな?」


 シグルドが差し出してきた果実水のコップを受け取りながら、睨み付ける。手ぶらで戻ってきたと言い出したら、仕返しとして火球をぶつける気満々だ。


「俺は一旦報告に来ただけだが、まぁ良いか……残念なことに虹彩異色(オッドアイ)の娘に関しての情報はなかった」

「よ~し、覚悟しろ。 その面を焼いてやる」

「待て待て待て――一旦報告しに来たって言っただろ。 虹彩異色の娘の情報を手に入れれなかったのは確かだが……」


 青筋を浮かべて片手に火球を作り出し、結局手ぶらで戻ってきたシグルドに制裁を加えようとしたミーシャに待ったを掛ける。

 お仕置きと聞いて恨めしい目線を向けてくるガンドライドは無視だ。


「一晩しか探していないが、俺も本気で探した。 役所にもガンドライドに忍び込ませて調べさせたが、虹彩異色(オッドアイ)の娘らしき情報はなかった」

「そんなことしていたのか……というか問題は起こさなかったのか?」

「あぁ」


 ミーシャが目を丸くする。ガンドライドがシグルドに従ったのも驚いたが、ひとりで侵入して騒ぎ事一つ起こさなかったのも驚いた。

 というか、寝ている間に帰ってきてそんなことをしていたとは……。


「よくアイツがお前の命令に従ったな」

「それほど話の通じない奴じゃないさ。 お前のためだと言ったら本気で取り組んでくれたぞ」


 ただ純粋なのだろう。嫌いな者やどうでも良いと考えていることに対しては何もしないが、好んだ相手のためならば何でもやる。


「(それ故、扱い方を間違えれば大惨事になる危険性も含んでいるが、その時は……)」


 乾いた喉を潤すために水を注いで一口飲み、息をつく。


「話しを戻すぞ――――ハッキリ言って情報はない。 悪い噂すらな」

「何処を探してもか?」

「いや、一カ所だけ探していない場所がある。 柄の悪い連中だが、情報通な奴ららしい。 今からそこへ行ってみようと思っている」

「ふ~ん……どこだ? 私も行こう」

「なら、私も!!」


 ついてくると言ってもミーシャは姿を隠してくるだろう。まだ昼間だ。そんな時間帯に姿をさらして堂々と歩けるはずもない。フードを被る手もあるが、念を入れるならば姿は隠しておいた方が良い。

 しかし、ミーシャが来るとなれば、必ずついてくるのがガンドライドだ。予想通り、手を挙げてアピールをしている。


「いや、お前らが行くのは……ちょっとなぁ」

「何だ? 心配など無用だぞ?」


 別に心配はしていない。本当だ。向こうは腕っ節の強い奴らだが、実力はこちらの方が勝っている。ただ、ちょっと舐められたら終わりだと話に聞いているのだ。

 そんな奴らとの交渉に幼い少女を連れて行けばどうなるか……。









「やっぱりこうなったか」


 諦めたように溜息を付く。

 人気のない路地裏で人が飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ――――シグルドの視線の先にはガンドライドに蹂躙される男達。


 ここは俗に言う平民区画に該当する街の一区。別にそのような正式な呼称ではないのだが、誰もがそう呼び分けているためそう言わせて貰う。

 何処の街にだって人の貧富の差は出るものだ。そして、その貧富の差によって借金を背負った者、犯罪に手を染める者達が集まる場所がこのスラムだった。


 犯罪者、犯罪者予備軍も多いこの場所にシグルドについてきたミーシャ、についてきたガンドライド。あれから言葉を尽くすものの結局は三人で行くことになったが、女連れ、しかも美女を引き連れたシグルドに男達はあまりいい顔はしなかった。

 取り引きとは名ばかりの数に物を言わせた脅迫が始まり、『グヘヘヘヘ……取り引きしたかったらそのお嬢さんを――』などとお決まりのことを口にして、笑みを浮かべてガンドライドへと近づく。一応忠告をしたものの、ただの虚勢に取られてしまい、後は今目の前で起こっている通りの蹂躙だ。


「ほいっと」

「ぎゃふぅ」


 最後の一人が殴り飛ばされ、壁に激突。槍を使わないのは慈悲ではなく、殺せば帝国騎士を呼び寄せる原因になるからだろう。流石に殺人にもなれば騎士達も動き出す。そうなれば、自分と一緒にいるミーシャに迷惑が掛かってしまう。

 それだけは嫌だった。


「もう終わり? 呆気ないね」

「お前相手にまともに戦える奴なんてそうはいないぞ」


 情けないと倒れ伏した男達を見下ろして呟くガンドライドにシグルドが突っ込む。身体能力だけで言えば帝国の騎士であっても彼女は止められないだろう。


「ふ~ん……別にどうでも良いわ――――それより、どうする? そいつ」

「ヒィッ」


 実力が高いことを認められていると言うのに嬉しそうにせずに、あえて気絶せずに残しておいた茶髪の青年を見下ろす。

 青年は先程の蹂躙を引き起こした女性をもうただの女性とは思えなかった。見下されただけで睨まれてもいないが、小さく悲鳴を上げて何とか後ろに下がろうとする。


「はぁ……ガンドライド。 お前は下がれ、後は俺が交渉する」

「あっそ」


 どうでも良いように手を振るうのを確認して茶髪の青年へと歩み寄る。青年からすれば数十人の男を一人で気絶させた女の仲間。それがただ者なはずがないとおもうのはじゅうぶんであり、歩み寄ってくるにつれて恐怖を大きくした。


「す、すいませんでしたぁ!! 何でも、何でもします!! だから――」

「あーはいはい。 大丈夫だから、何にもしないから質問に答えてくれ」


 数メートルの高さまで片手で放り投げる相手の仲間なのだ。不気味に思われても仕方がない。仕方がないのだが、何もしていないのに怖がられるのはやはり寂しかった。

 しゃがみ込んで、相手の目線に合わせるとシグルドは口を開く。


「なぁ……俺達はアンタ達が人を探すのが上手いって聞いてここに来たんだが?」

「あ、あぁ……俺達にはあちこちに仲間がいるからな。 声を掛けたら直ぐに情報を流してくれる。 勿論証拠は残さないし、依頼人のことも探らない」

「なるほど、それなら良い。 虹彩異色の娘を探して欲しいんだ。 できるだけ早くな」

「…………探すのは良いが、他に特徴はないのか? それだけか?」

「何処にでもあるような特徴でもないだろう。 複数いるならリストを作ってくれ」


 それだけ言うと立ち上がり、懐にあった金貨の入った小袋を青年に投げる。


「前払いだ。 二日後にまたここに来る」

「分かった…………て言いたいんだが」

「何だ? 何か問題でもあるのか?」

「そ、そうじゃねえよ!!」


 今更になって口ごもり始めた青年を睨み付ける。青年は否定しているものの何かを隠している。ただ、それは自分達が不利になる情報だから黙っているのだ。

 それが分かったシグルドが、感情というものを隠しきれていない未熟な青年に威圧するように問い詰める。


「何があるんだ? 言ってみろ。 さもないと…………」


 最後に体の位置をずらし、ガンドライドの姿をその目に写させる。それで効果は十分だった。


「わ、分かった言うよ!!………………その、俺達の縄張りにしている場所を…………よく怪物が荒らすんだ…………だから、その」

「情報収集できない、と?」

「情報収集はできる。 できるさ!!――――でも……困っては、いる」


 言葉はそこで途切れ、口をもごもごさせる青年。他の情報屋に頼もうかとも考えたが、彼ら以外の情報屋も同じ被害に遭っているのならば、仕事を頼んでも無駄かも知れない。

 自分の弱みなど顧客に見せられる訳ではないのだが、金を払う前に言えよと言いたくなる。


「そうか…………分かった。 なら、報酬ついでに俺が討伐してやろう」

「え?」「はぁ?」


 青年、そして後ろにいたガンドライドが一体コイツは何を言っているのだと凝視してくる。恐らく、透明になっているであろうミーシャも目を点にしているだろう。


「い、いや……良いのかよ。 俺達は討伐されてくれたらそりゃあ助かるが……」

「そうよ。 お姉様の許可も取らずに何言ってんのアンタ!? それはコイツらの問題であって、私達とは無関係じゃない!!」


 これまで後ろで爪を弄っていたガンドライドが急にシグルドに詰め寄る。その言葉に透明であるミーシャも首を上下に動かした。


「確かにコイツらは情報収集ができないとは言っていないし、無理ではないんだろう……だけど、邪魔をされれば情報を集めるのに時間が掛かるかも知れないだろ。 なら、原因は排除しておいた方が良い。 もしも、邪魔されてお前のお姉様が困るのは嫌だろ?」

「それは……そうだけど」


 今度はガンドライドが口籠もる番だった。確かにミーシャが困るのは嫌だ。だけど、命令もされずに勝手に動いてしまって良いのか……。透明になったミーシャの存在は感じ取れないが、自然と目線が周りに行ってしまう。


「なら、決定だな。 情報はどれだけあれば集められる?」

「え、えっと……邪魔さえなければ半日もかからないが……」

「なら、二日程待っていろ。 怪物を討伐したらここに来る」

「りょ、了解!!」


 上司でもないのに何故か敬礼をしてしまう青年。

 その様子を確認すると颯爽と鍔を返し、路地裏を出て行ってしまう。後に残ったのは、青年と気絶した兄貴分達だけだ。


「これ……どうしよう」


 起きるまで待つべきか、運ぶべきか……二日と軽く言った自分を殴りたくなった。


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