目的
時刻は夜――シグルドは一人でディギルの街を歩く。規則的に並べられた街灯が夜の街を照らしているおかげで方向を見失うこともなく、目的地まで順調に足を運ぶ。
村とは違い、夜だからと言って人がいない訳ではない。今から向かう場所はむしろこれからが賑やかになると言っても良いぐらいだ。
歩きながらシグルドは昼間の会話を思い出す。
国同士の手の内を読むために、敵国に入り込む諜報員は王国にだって存在する。首都が落とされたことで彼らは敵国に取り残された形となり、動けずにいる者達は多い。
その内の一人、ミーシャの侍女であったアネットの妹レティーがここ、ディギルに潜入していたことを告げられた。
「王国の諜報員がここにいることは分かったが、その……レティーって人物は俺達がここに来たことなんて知らないだろ? どうやって連絡するんだよ」
味方になりそうな者が一人いることは分かったが、諜報員であるならば国家で使っている独自の連絡手段で連絡を取り合っていたはずだ。それを知らなければ連絡など取りようもない。
「大丈夫だ。 確かに国家での連絡網は使えないだろうが、姉のアネット――私の侍女だな。 彼女から万が一の時にはその者を頼れとも言ってくれた。 その時にどうやって会えるのかもな」
自分に最後まで付き添ってくれた侍女。生真面目だった彼女を思い出す。
感情をあまり表に出さず何事にも冷静にこなしてしまう女性だった。怖い女性かと思えば、そうでもなく甘いものに目がない一面もあった。そんな彼女が実は護衛目的で傍に仕えていたのを知ったのは蛙の魔物に助けられた時だ。その後にスカートの中に諳器を仕込んでいると教えて貰ったのも覚えている。
「別れ際に教えてくれたのは、『ディギルにいる虹彩異色の女を見つけろ』というものだ」
「?」
「何だ。 居場所を教えて貰ったんじゃないのか?」
ミーシャの言葉にガンドライドが拘束されながらも首を傾げ、シグルドが尋ねる。
「知らないよ。 私は諜報部隊をまとめていた訳じゃあないんだ。 アネットだって血族だから特別に入り込む街を教えて貰っただけだと言っていたし……」
「つまり、俺達がこの街で探すしかないってことか」
「…………そうなるな」
この広く、帝国騎士が大勢いる街で一人の女性を探す。これがどれだけの作業になるか分からないのにミーシャはやる気だ。長居すればする程正体が判明して危険な目に遭う可能性が高いというのに肝が据わっている少女だ。
「それで?」
「ん?」
「その諜報員を見つけて何をするつもりなんだ。 もしかして匿って欲しいのか?」
この街でやりたいことは分かった。だが、その目的を口にしていないミーシャにシグルドが再度尋ねる。
別にシグルドに反対するつもりはない。だが、せめて目的を――何をするつもりなのかを知っておきたかったのだ。
「そんなこと誰がするか。 情報を貰いに行くだけだ」
「情報って……何についてだよ?」
「――皇帝が何時ここに来るか、何処に訪れるかだよ」
ディキルの街の一区画。
そこは俗に言う夜の街。このような場所は男達にとっての楽園であり、帝国騎士もほんの少しの息抜きをするためにここへと訪れる者は多い。
シグルドがここへ来た理由は一つ、虹彩異色の女を捜すためだ。周りは夜とは思えぬほど光源に満ちており、祭りをやっているかのように騒がしい。
蠱惑的な雰囲気の店舗を横目に通りをシグルドが一人で歩く。度々、蠱惑的な女性達が一人でいるシグルドにお誘いを掛けてくるが、やんわりと断りながらも通りを進んで行く。
「何時ここに訪れるか、かぁ……」
昼間に聞いた目的――ここで皇帝を取るつもりだ。
帝国の皇帝は国境の重要拠点に顔を出すことが多いと言う情報はシグルドも知っていた。皇帝が宿泊する場所は堅牢な城の中ではなく王族専用に建設された宿だ。どこにあるかなどの情報は全て伏せられており、警備が厳重だろうが、首都の城の中に潜入するより難易度は下がる。
「(もしかしたら、最初からここで殺るつもりで向かっていたか?)」
ここに行こうと言い出したのはミーシャだ。馬鹿正直に帝都に向かうよりも警備がまだ薄くなる外出時にやった方が良いという考えがあったのだろう。
「それにしても、いないな」
思い耽りながらも辺りを見渡していたシグルド。当然お目当ては虹彩異色の女だ。しかし、いない。
店舗の窓で道行く男達に手を振る艶めかしい娼婦達の中にも、ガンドライド以上に肌を露出したドレスを着飾って街中を歩く娼婦の中にもいない。
「はぁ……これってスキル使わなきゃかなり時間掛かるだろ」
思わず溜息を吐いてしまう。
スキルを使って鳥達に探して貰った方が早いのだが、今の時間帯は夜。そして、ここは森の中ではなく街中だ。野生の鳥達の多くは寄り付かず、寄り付く鳩や鴉などは屋根の上にいる。屋根の上に上がろうものなら、悪目立ちするため、そういったこともできない。
街に入る前に鳥達にお願いでもするんだったと後悔するが遅すぎる。
「いらっしゃい、お客さん。 どうですか? 可愛い子が一杯揃ってますよ」
後悔していたシグルドに話し掛けてきたのは一人の青年だ。どこか子供っぽく年上の女性受けしそうな甘い雰囲気を放っている。
「いや、俺は――――――なぁ、虹彩異色の娘はここら辺にいるか?」
「虹彩異色の娘? お客さんもしかして目が好きなのかい? それなら紅の目や琥珀の目何てどうだい?」
「いや、悪いけどお断りするよ。 時間があればまた来るさ」
「そうですか。 それではまたその時に!!」
顧客の好みに合わせて売り込んでくる青年の商魂に感服するが、今探しているのは紅でも琥珀でもない。断りを入れると青年は一瞬残念そうな顔をするが、再び顔を輝かせてシグルドを送り出す。
「…………はぁ。 これを続けていくしかないのかな」
商魂逞しい青年の声を後ろに女性達の顔を盗み見ていく。何だが、自分でやっていて次の獲物を狙っているコソ泥のような行動に思う所はあるが、情報収集だと割り切る。
「それにしても、本当にいるのか?」
割り切って情報収集……しているのだが、一向に見つからない。虹彩異色の女性などそうはいないはずなので噂の一つでもあるのかと夜の街に繰り出してみれば空振りに終わっている。
街を出たにしてもそのような人物がいたという情報があっても良いのだが全くなく、店の者達や道行く人も嘘を言っている様子はない。
これでは本当にこの街にいたのかどうかも怪しくなってくる。
「(いないのなら、せめていないってことを確信づけられるようにしなきゃな)」
捕まったか、それとも奇病としてみられ、病院にいるか……ここにいない理由ならばまだ考えられるものはある。それら一つ一つを潰してからミーシャに報告しに行く方が良いだろう。
夜はまだ始まったばかり……今の内にできることはしておこうと街の影へとシグルドは消えていった。