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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第四章
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後悔先に立たず

 

 静かな朝、鳥達が目を覚まし、活動を始める時間だ。木の葉の間から朝日が差し込み、男の顔を照らす。

 何時もなら健やかな朝だと暖かい太陽の光を浴びるのだが、生憎今は徹夜で見張りをしていた直後だ。眠気に襲われている時に目映い光が目に入れば気分が害する。本当ならこの眠気に逆らわずに寝床で横になりたいのだが、彼は組織の中でも新入りで下っ端だ。部屋だって一人部屋など与えられずに、数十人で一緒に押し込められている。

 そんな下っ端が上の命令に逆らえるはずもなく、飲み水の補充に訪れていた。


「ふぃ~~~~」


 流れる冷たい川水で顔を洗い、未だに寝ぼけている頭を覚醒させると水桶を二つ突っ込んで川水を汲み上げる。

 行きとは違い重くなった水桶を両腕にぶら下げながら来た道を戻る。

 彼の仕事はこれから始まる。









 ガヤガヤと男達の話し合う声が洞窟内に響く。ここは城塞都市ディギルから東にある山の中の天然の洞窟。そこに住む者達は様々だ。村の田畑を耕す生活に嫌気が差した者、都市で犯罪を起こし逃げてきた者、傭兵稼業が上手く行かなかった者と本当に様々だが、彼らは全員盗賊である――と言うことだけは共通していた。


 彼らはダッカ大盗賊団。

 ここ一帯で最も力を持っている者達だった。その数は数百人にも及び、帝国騎士でも手を焼くほどの強さを誇っていた。外で生き抜くことで体を鍛え、夜に目を慣らし、馬の足並みの逃げの速さ持っていた。


 彼らはその足の速さで朝の間に村々を襲う。それも一つや二つだけではない。一日に五つ以上の村が襲われているのだ。

 しかし、そんな襲撃を続ければ周辺から村は消えてしまい、人も何処かへと行ってしまう。それに早い段階で気づけた彼らを取り纏めるダッカは、一つの指示を出す。

 村を襲う際、全てを奪うのではなく生きながらえる程度に奪う。何処に行く当てもなく、神出鬼没に出現すれば収入源は死ぬことはなく、帝国騎士には捕まらない。良いこと尽くめだ。

 だが、それ以上に厄介だったのが彼らを束ねる頭領の存在だ。足並みの揃わない輩だった盗賊達を束ね、指示することで魔物すら打ち倒すほどの協調性(チームワーク)を彼らは身に付けたのだ。





「おい、バッカス――酒が足りねえぞ!!」

「す、すみませんっ」


 大声で怒鳴られた男――バッカスが謝罪を口にして直ぐに酒樽にジョッキを突っ込み、持って行く。

 徹夜で疲れているが、相手はそんなことお構いなしだ。不機嫌そうにバッカスの手からジョッキを引ったくると浴びるように中身を空にする。


「――――プハ~……もう一杯だ」

「へ、へい!!」


 まだ飲むのかと思うがそんなことを口に出来るはずがない。ここは正規の軍ではないのだ。身内殺しだって数人目にしている。

 しばらくの間、樽と兄貴分の間を行ったり来たりを繰り返す。

 五度ほど往復を繰り返した頃だろうか、機嫌が落ち着いてきた兄貴分に声を掛ける。


「あ、兄貴ぃ……何か、あったんすか?」

「あぁ?……あ~、昨日行った所の収穫があんまりなかったんだよ」

「それは大変っすねぇ」


 不機嫌そうにジョッキを握りしめる。どうやら自分の懐に入ってくるものが少なさ過ぎて不機嫌らしい。最初の頃は村から略奪するだけで良かったが、奪い尽くすだけではいつか底に付く。そうならないように半分だけ奪うということにしたのだが、その村が魔物に消されてしまっては元も子もない。そうならないように盗賊達が夜中に見回りに行くことがあったのだ。


「全くだ。 奴ら誰のおかげで生きていられると思ってやがる」


 当時のことを思い出し、青筋を立てて更に不機嫌になってジョッキを突き付けてくる。話して発散してくれるかと思ったが、どうやら逆効果だったらしい。

 まだこれから武器の手入れや寝床の掃除などをしなければならないのにと思いながら、酒樽に手を突っ込む。


「何だ。 お前の所もだったのか……俺の所も収穫は少なかったんだよ」

「なにぃ? ホントか?」


 話に入り込んできたのは兄貴分と同格の男。つまり自分よりは立場が上の存在の男だ。空いていた対面の席に腰を掛けるとバッカスにジョッキを押し付けてくる。――また、新しい仕事が増えた。


「嘘言ってどうするんだよ。 聞けば他の所もそうらしい。 しかも二カ所ほど俺らにやるもんはもうねぇと武器も突き付けてきたとか通報したとかも言ってやがったらしいぜ」

「んだとぉ――俺達が命張ってやってんのに恩知らずがっ!!」


 我慢できずに怒りをテーブルへとぶつける。自分の知らない所でそんなことが起こっていたのを初めて知ったバッカスは冷や汗を流す。

 数百人規模の大盗賊団。一日に消費する食料も金も馬鹿にはならない。そんな時に収入源がなくなってしまえばどうなるか?

 答えは決まっている。食い扶持をなくして彷徨うか、死ぬかだ。


「だ、大丈夫なんすかね?」


 不安になったバッカスが兄貴分達へと声を掛ける。真面目にせっせと働くことを馬鹿に思って村を出て、ここへと辿り着いた。入って数ヶ月、これまで掃除や見張りに使いっ走り――そんなことしかできなかったが、次は連れて行ってやるとやっと許可を貰えたのだ。せっかく強者の側に立てた。その立場が崩れるのは嫌なのだ。

 だが、焦るバッカスを馬鹿にするように男達は嗤う。


「へっ……新入り。 おめえは分からねえだろうが、お頭がそんなことお見通しなんだよ」

「えっ!? そ、そうなんですか?」

「当たり前だ馬鹿野郎が――俺達にも思いつくことをお頭が思いつかねぇ訳がねえだろうが」

「そうそう。 俺達はお頭の言う通りに動けば良いのさ。 ……村の奴らはむかつくがな」

「あぁ……見せしめに二、三人殺る時は俺にやらせて貰おう」


 男達のゲスな笑い声が洞窟内に響く。

 ジョッキをぶつけ、酒を煽り、肉を平らげる。まるで軽い宴会だ。そんな状況になってもバッカスの役割は変わらない。数人のジョッキを持って樽から兄貴分の男達のテーブルへと行ったり来たりを繰り返している。


「――――敵襲ぅ!!」


 しかし、その楽しい時間は終わりを告げる。

 聞こえたのは仲間の声、そして――悲鳴だった。緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。全員が目配せを行なうと一斉に行動に移し出す。このような展開への対応も頭領であるダッカから叩き込まれている。

 殆どの者がジョッキを投げ捨て剣や短剣を持ち、洞窟の入り口へと走り出す。残りは万が一の為に脱出口を確認しに行く。

 悲鳴が聞こえて数秒のことだった。その素早さに入ったばかりのバッカスは置いて行かれてしまう。


「何やってんだ。 テメェも来い!!」

「へ、へい!! すみませんっ」


 数個程のジョッキを持って固まっていたバッカスが声を掛けられやっと動き出す。


「もしかして、村の奴らが通報したから?」

「分からねぇよ。 村の奴らにアジトは分からないようにしていたし、帝国騎士にも分からねぇはずだ」


 襲撃されること自体が初めてだが、兄貴分の男に焦りはない。

 襲撃は初めてだが、襲撃される準備は怠ってはいなかった。武器も大量にあり、万が一にも脱出口は複数用意しており、逃げ落ちる場所も決まっている。自分が捕まることはないという絶対的な自信が彼にはあった。


「おい!! 敵は何人だ!? 十人か!? それとも二十人か!?」


 バッカスのせいで出遅れた二人が先頭の集団に追いつくと大声を張り上げ尋ねる。だが、予想された数は外れることになる。


「………………ひ、一人だ」

「あぁ? ならさっさと囲んでやっちまえよ?」


 全員で来る必要性すらなかったと肩すかしを食らい、自分の出番はないと唾を返そうとした直前だった。


「バッカ野郎が!! あれは……あれは、人間なんかじゃねぇ!!」


 兄貴分の男の腕を掴み、前へと押し出す。盗賊達によって阻まれ、視界は狭いがそれでもまだマシになった。――――――そこで、目にしたのは怪物だった。


 腕を振るえば押さえつけようとした数人が吹き飛ばされる。弓矢を飛ばせば、それを掴んで投げ返される。殴られれば、洞窟の奥へと大の男が消えていく。


 ――蹂躙。戦いにすらなっていないその惨劇を見て男は凍り付く。

 それを隣で見ていたバッカスも同じだった。不意にバッカスは、こんなことを思ってしまう。


「(――普通に、働いとけば良かった)」


 何十人もの男を薙ぎ倒して侵入者がバッカスの前に立つ。目の前に立たれると巨大な崖を見上げているような圧迫感を感じる。

 超えられない、登ることができない壁。そう悟ってしまった。

 容赦なく振るわれる拳を目にし、最後にバッカスの脳裏によぎったのは遅すぎる後悔だった。



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