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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第三章
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囚われの少女

 

 あの幻影の騎士(ワイルドハント)を復活する前排除して欲しい。それが水妖精(ウンディーネ)達の願いだった。その願いをミーシャは引き受ける。逆に引き受けるという選択し以外ない。あの妖精を排除しなければまた魂を取られるかと思うと安心できないのだから。


「ねぇねぇ!! 難しい話は終わった? なら外の話を聞かせてよ!!」

「おい、いい加減にしろっ」

「え~!?」


 珍しく人間に興味がある――のではなく、谷の外の世界が気になる妖精が足下まで飛んで顔を覗き込みながら尋ねてくるが、代表格の水妖精に咎められる。そんな様子を見ながらもミーシャは代表格の水妖精に声を掛けた。


「なぁ……あの幻影の騎士を倒すために一つだけ頼みたいことがあるんだが、いいか?」

「何だい?」

「あの幻影の騎士が張った結界の外に大剣を背負った男がいるはずなんだ。 そいつを私の所まで連れてきて欲しい」

「う~ん。 その人怖くない?」

「怖くはないと思うぞ」

「ならいいよ~」


 攻撃しない限り、人間じゃないからと言って無闇にやたらに攻撃することはないだろう。シグルドが怖くないと聞いた水妖精が軽く引き受ける。そのあまりの軽さに信用していいのか疑ってしまうが、尋ねる前に対面に浮遊していた水妖精以外の個体が洞窟の出口へと向かい、霧の向こうへと消えていく。


「それより聞いておきたいんだけど、君の仲間は強いのかい?」

「強いぞ。 霜の巨人とも対等に戦っていたしな」

「そっか。 それは良かった」


 霧の向こうへと消えていく同胞を見送ると仲間がどういった強さなのかを知らない水妖精が不安そうに尋ねてくる。自分の望みに関わってくることだ。不安になるのも仕方がないが、それについては心配はいらない。そもそもガンドライドを倒せる依頼を受けたのはシグルドがいるからだ。

 自信ありげに答えると水妖精も安心したように胸を撫で下ろした。



「それならここで待っていてもいいか?」

「幾らでも休んでくれて結構さ!!」


 両手を掲げて歓迎をする水妖精に癒やされる。頬摺りしたい気持ちに襲われるが、聞くべきことがあると言い聞かせ、自重する。


「それで、ガンドライドの本体はどこにあるんだ?」


 これを聞いておかなければ始まらない。そうでなければ、何処にあるかも分からない本体を霧に包まれた迷宮の中で探さなければならなくなってしまう。それだけは勘弁だ。


「それならボクが案内するよ」

「良いのか?」

「うん、他の子達に危ないことはさせられないさ」


 覚悟が固まっているように笑顔でミーシャの申し出を受ける。その笑顔は何故か、自分を送り出した時の父親と似ていた。


「――――――ッ」

「? どうしたの?」


 種族も見た目も違うと言うのに姿が一瞬重なっているように見えたミーシャは不意に涙をこぼしてしまう。顔を隠した直ぐに隠したことで泣いていることはバレなかったが不思議に思った水妖精が顔を覗き込んできた。


「何でもない……」

「そんなことはないだろ? もしかして泣いているのかい?」

「…………違う」


 ふて腐れた言葉しか出ない自分に何をやっているのだと後悔する。この妖精とは今後協力関係を築くのだ。両者の関係を拗らせるようなことをしても特はないというのに……。

 それでもミーシャは顔を上げることはできなかった。今顔を上げれば自分の弱みが出てしまいそうで怖かったのだ。


「そっか~」


 水妖精も追求はしない。あくまでこの関係は願いを聞き入れて貰うためのもの。それ以外に干渉するつもりは彼らにはなく、ミーシャが涙を流す理由にも興味が湧かない。


「なぁ――」


 しかし、時にはそれが助けになる場合もある。


「もし、自分の大切なものが自分の命を投げ出すことで助かるとしたら……どうする?」


 他の者には知られたくないことも、関係ないから……興味がないから聞けることだってある。


「大切なものっていう感覚は分からないけど…………それがボクの兄弟を言っているのだとしたら、助けたいと思うよ」


 そう言い切る。相変わらず笑顔だが、言葉には一切の迷いがなく、目にも曇りはない。そんな中、返事を聞いたミーシャは――


「そういったものなのかな…………」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。

 互いに何も喋らずに、ただ時間だけが過ぎていく。この近くには魔物が近寄らないのか、鳴き声も聞こえない。

 シグルドを探しに行った水妖精達が戻るまでそれは続くかに思えた。


 ――――――ズンッ


 それは最初、小さな振動だった。誰も気がつくことのない小さな振動。感じ取ることだけに集中しなければ気がつかない。


 ――――ズンッ


 だが、それは段々と大きくなってくる。一度目は気のせいだと思ったが、二度目になって違和感を覚える。


 ――ズンッ


 三度目になってそれは確信へと変わる。何かが此処に近づいていると……。水妖精が気配を感じ取り青い顔を更に青ざめ、ミーシャはルーン魔術を用意し、戦闘態勢へと入る。


「アイツが――アイツが来た!!」


 水妖精が悲鳴を上げる。

 同胞が生まれる原因の一端を担い、同胞を虐殺した最悪の怪物が近づいてくるのを感じ取る。

 そして、その怪物は姿を現わした。


「――――――」


 洞窟の出口に水の巨像が顔を出す。どうやって登ってきたのかなど先程の振動で予想は付いた。


「水妖精!! 他に出口は!?」

「ないよ!! 目の前のが唯一の出口だっ」


 その言葉に歯を噛みしめる。対象は洞窟の中、そして、唯一の脱出路を防いでいるのは水で形成された分身。嫌な予感がミーシャの頭をよぎる。

 ガンドライドが勝利を確信したような笑みを浮かべ、崩れる。


防御(アルジズ)ッ」


 ミーシャの予感は当たった。

 巨像を形作っていた水が洞窟内に流れ込み、ミーシャと水妖精を飲み込もうとする。崩れた瞬間ミーシャが水妖精を引き寄せ、防御(アルジズ)のルーンを発動する。

 だが、そんなものも焼け石に水。ミーシャが張った障壁もいとも簡単に破壊され、ミーシャの意識を奪い取った。









 深海の中にいるように水が体に纏わり付き、重く感じられる。浮上することはなく、より深い場所へと引き釣り込もうとしてくるようで気味が悪い。

 意識はハッキリとしているのに目覚めることができない。深く引き釣り込まれれば、自分という存在が溶けて消えてしまうという予感がある。

 ――早く、早く目覚めろ。そう訴えかけるが、体はピクリとも動かず、どんどん深く落ちていくだけだった。


 何も動かせずにいたミーシャに忍び寄るのは、暗闇よりも更に濃い影。待ちに待った獲物が来たかのように激しく動く影は、ミーシャに忍び寄る。腕、脚、首、胴体――全てに影が忍び寄り、体を壊そうと締め付ける。

 その間もミーシャは呻き声すら上げられなかった。

 息がし辛い、痛覚もある。それなのに、指先一つ動かすことができない。まるで金縛りにでもあったかのようだ。

 引き寄せるに連れて、嬉しそうに動く影は完全にミーシャを取り込む。だが――


「(――?)」


 不意に胸の奥が熱くなったことに気付く。それだけではない。体中を巡る血が沸騰しているように熱い。肉が、血が……取り込まれて堪るかと熱を持つ。

 熱い、熱い、熱い――。

 それは更に熱く沸騰して影を退散させる。そして、動かすことのできなかったミーシャの体の呪縛すらも解き放った。


「(…………助かった、のか)」


 自分の体そのものに備わっていたものが勝手に起動したような感覚。自分の意志ではないため違和感が拭いきれない。自分にこんな力があったことは知らないし、どういった力なのかも分からないが、助かった。

 それだけは分かった。


「そもそも、ここはどこだ?」


 退散した影はもう二度と襲ってこようとはしなかった。それでも警戒するように周りを見渡すが、――何もない。先程まで自分の体を縛っていたはずの何かも見当たりもしない。分かっていることは自分はまだ下に落ち続けているということだけだ。


「ここは本体の中だよ」

「――ッ!?」


 突然聞こえてきた声に驚き、胸元を見るといつの間にか水妖精が服の隙間から顔を出していた。


「いつの間に……というかここが何処だが知っているのか?」


 するり、と服の隙間から移動してきた水妖精がミーシャの肩に腰掛ける。


「ボクと君はあの時、捕まって本体の所まで連れて行かれて取り込まれたんだ。 本当なら、ボク達さっきの影にムシャムシャされて終わるはずだったんだけど、どうやらワイルドハントが肉体から魂を取り出せなかったみたいだね。 特別な力でも持っているの?」


 興味深そうに水妖精が顔を覗き込んでくるがそんなことをされても困る。自分でも何が起こっているか分かっていないのだ。


「私もこんな力があるなんて知らなかったよ。 それよりこれはいつまで落ち続けるんだ? まさか底がないなんてことはないよな?」


 指輪が魂を取り抜かれないように守った。――という可能性はないだろう。魔術を使った記憶もない。後は、自分の中の眠っている力が目覚めたしか考えられないが、そうなっては今考えても仕方がない。分からないことを考えても仕方がないと言い聞かせ、目の前に集中する。今の問題は何処まで落ち続けるかだ。

 すると水妖精は安心させるようにニッコリと笑った。


「安心してよ。 底はある。 殆どの魂は底に落ちる前にガンドライド()に取り込まれちゃうけどね」

「………………底には何がある?」

「決まってるだろ。 器になった少女さ」


 そう言うと、水妖精が下を指差す。

 釣られてミーシャも視線を下にやると、そこにいたのは金色の髪を伸ばし、上品な服に包まれた――恐らく自分よりも幼い少女だった。


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