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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第三章
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魔女の騎兵

 

「ボク達がこの谷を霧で覆う前……約三百年前のことなんだ」


 沼地で戦った不死身の女騎士。その正体は絵本の中に出てくる幻影の騎士(ワイルドハント)だと言われ、そんなものが本当に存在していたのかと驚くが正直あまり実感が湧かなかった。

 そんなことをお構いなしに始める水妖精(ウンディーネ)の説明に慌てて聴き耳を立てる。


「当時は魔物の代わりに妖精達がここに生息していたんだけど、ある人間の少女が来てから変わってしまった」

「人間の少女?」


 こくり、と頭を上下に振り頷く。周りの妖精達も当時のことを思い出したのか悲痛な顔を浮かべて下を見ている。後悔、怨恨、遺憾……様々な感情がその顔から見て取れた。


「その少女とあのワイルドハントがどのように関係してくるんだ?」

「それは順を追って話をするよ」


 少女とワイルドハントの関係を尋ねたミーシャに顔を上げた水妖精が説明を行なう。


「その少女のことだけど、名前は分からない。何処から来たのかも……だけど、馬車で谷の上を走っていたとだけ話を聞いているんだ」

「見たわけではないのか?」

「うん、この谷も広いから……直接見たのは樹木の妖精(トレント)なんだ。ボク達はその話を聞いただけ……」

「それで?」

「その娘は何かから逃げているようだったけど、ボク達は人間同士の争いの原因は分からないし、興味もなかったんだ。だけど逃げている途中――馬車ごと谷に落ちてきてしまった時から状況は変わった」

「死んだ。ということか……その娘が不死者(アンデッド)になったのか?」


 人間同士のいざこざなど何時の時代にでもあるものだ。まして三百年前といえば、小国がいくつもあり、そこら中で戦いが絶えなかった時代だ。それに関する不死者が出ても可笑しくはないと考え発現するが、水妖精は首を横に振る。


「いや、奇跡的に彼女は助かったんだ。だけど…………」


 眉間に皺を寄せ、珍しく睨み付けるような表情を作った水妖精は口を開く。


「よりにもよってスプライトが少女に取り憑いてしまったんだ」







 ミーシャは再び目をパチクリさせる。ミーシャの心の声を代弁すると『え?スプライト?それって何?』である。

 ………………一応彼女を擁護させて貰うと、彼女の専門は魔術であり妖精学ではない。そのため、妖精の成り立ちも書物を軽く読む程度にしか分からないのだ。水妖精の身内の恥じを晒したんです。だから――ね?分かるでしょ?とかそういう顔をされても知識のないミーシャは察することはできない。


「………………もしかして、知らないの?」

「…………」


 名前に反応を示さないミーシャにおかしいと感じた水妖精が尋ねると、あからさまに目を逸らす。その顔は真っ赤に染まっており、答えられなかったことを恥じているらしい。

 水妖精の純粋な瞳がミーシャを貫く。

 言いづらい……かなり言いづらい。だが、これでは話が進まないし、進めたとしても脅威を正しく認識できないのは確かだ。


「…………す、すまない。私は、妖精学には……う、疎いので………………

 お、お、教えて頂いても良いでしょうか」

「へぇ~……人間ってこんなの知らないんだね」

「ぐふっ……」

「コラ!! お前と言う奴はっ」

「?」


 膝の上に乗っていた水妖精の何気ない一言が的確にミーシャを貫いた。それを注意する個体もいれば、何故注意されたのかも分からず首を傾げている個体もいた。


「分かった。 なら妖精というものから説明しよう」


 長く生きている分人間というものを知っていた対面に浮遊する水妖精が手を叩いて注目を集めてから話を始める。

 妖精とは本来実体を持った魂だ。炎、水、土、風――自然に存在するこれらにも魂は存在する。その魂がなくなれば、炎は消え、水か枯れ果て、土は死に、風は止むと言われている。魂は人間の目に写ることも干渉することもないが、それが実体化したものこそが妖精だ。


「ここまでは良いかな?」

「あぁ」


 まるで授業を受けているように水妖精の言葉に頷く。それぐらいならば、軽く見た書物の中に記載されてあったことだ。


「通常、自然にある炎、水、土、風の四つが妖精になることが多いけど、人間の魂が妖精になることもあるんだ。その場合は記憶の一切がなくなっちゃうっていう条件があるんだけどね」

「(絶対に妖精にはなりたくないな)」


 説明を聞いて密かに思う。何よりその程度のこと何でもないと笑いかけてくる水妖精にミーシャは妖精と人間は全くの別物であると認識した。

 彼らは人間に歩み寄ることはある。手を伸ばして助けてくれることもある。その逆もまた然りだ。だが、妖精が人間を助けるのは必ず何処かに打算がある時だけであり、基本的に人間にはあまり興味がないのだ。


「それでスプライトのことだけど……奴らは人間に憑依した妖精のことなんだ」


 憑依する、のではなく憑依した妖精と水妖精が口にする。


「その言い方じゃあ全ての妖精がスプライトになり得るって聞こえるんだが……あっているか?」


 こくり、とミーシャの問いに再び妖精が首を上下に振る。


「でも勘違いしないで欲しい。ボク達はもうスプライトになる可能性はない。 なる可能性があるのは弱く、一人では生きていけない奴らさ」


 誕生した頃に力の差はある。強力な力を持った個体もいれば、今にも消え入りそうな個体も……命を長らえるために他の個体や人間に寄生する妖精をスプライトだと水妖精は言う。


「寄生……か」

「うん。 寄生して操って、永遠に彷徨わせて命を長らえる寄生妖精(スプライト)


 蔑むように名前を吐き捨てる。水妖精がそのスプライトに対してどう思っているかなど、その声からでも良い思いを抱いていないのは確かに分かった。


「見た目だけは小さい女の子の形をしてたからなぁ……ボクも最初は騙されちゃった」


 近づいた時を思い出したのか話の途中で別の個体が苦い顔で口を開く。話を邪魔された代表格の水妖精がムッとした表情で睨むが、本人は気にした様子はない。


「なぁ……それほどスプライトって奴は脅威なのか? 話を聞いている限りそうは思えないんだが?」

「うん、それ単体なら別に脅威じゃないんだよ」

「?」


 脅威ではないのなら問題ないのではとミーシャが頭にはてなマークを浮かべる。

 スプライトは確かに一人で生きていくことはできない妖精が他の魂に寄生することで命を長らえる。だが、その生き方は自然界ではよくあることだ。魚がより大きな魚の腹にくっつき排泄物や餌の取りこぼしを狙うようにスプライトも同じなのだ。


「なら何故それが脅威になったんだ?」


 放っておいても脅威になり得ないスプライト。それが何故脅威になったのかが分からないミーシャが再び同じ質問をする。


「それは、少女に取り憑いたのがスプライトだけじゃなかったからだ」


 ミーシャの疑問に水妖精が答える。


「谷の外に出ようとした少女に幽鬼(レイス)が襲いかかったんだよ」


 別の個体が横から口を挟むように言葉を発する。


「おい、ボクが説明してるんだぞっ」

「は~い、お口チャックしま~す」


 もう喋りません!!と口を挟んだ水妖精が口を閉じる。


「もう――それで、少女のことだけど少女の中に妖精と不死者が一緒に入り込んじゃったんだ」


 せめて谷の中にいてくれれば、幽鬼に襲われることはなかったのに――そう呟くがもう過去のことだ。


「それって大丈夫なのか?」


 自分で尋ねながらも大丈夫なはずがないと考える。

 妖精と不死者――相反する種族が一つの器に一緒になって仲良く別けましょうなんてなるはずがない。


「大丈夫じゃないよ……少女はかなり苦しそうだったし、妖精と不死者が一つの肉体に入ることで体に変化が起き始めたんだ」


 言うなれば一つの器に無理矢理入ろうとし、互いに争った結果――一つの器に収まりきるために混ざり合い、一つになった。


「そして、生まれたのがあのガンドライドなんだ」


 少女が相反する二つの魂を結びつけ、新たな生物を生み出す。それが、不死者と妖精の混ざり物――幻影の騎士(ワイルドハント)。その一騎である魔女の騎兵(ガンドライド)


「なるほど……そうしてあの怪物ができたのか」


 不死者と妖精が混ざり合うなど聞いたことはないが、実際にそうなっているのだから疑うことはできない。

 そもそも幻影の騎士(ワイルドハント)なんて物語の中でしか聞いたことがない。その中には冥府に戦士を連れて行ったりだとか、それを見れば死を招くなどという話しか載って折らず、それが生まれる文献などなかった。


「ボク達の同胞が原因で生まれた怪物だ。 外に出ようとする怪物を止めようとしたんだけどその腹いせにアイツは谷に住む僕らの家族を皆殺しにしようとしたんだ」

「…………その時に樹木の妖精も嘆きの妖精(バンシー)も死んじゃった」


 当時を思い出したのか涙を浮かべる。

 この谷に住んでいた妖精は皆家族だった。その悲しみはミーシャも分かる。彼女も一番大切にしていた家族を失ったのだから。


「暴れるあの魔物を何とか封じ込めることはできたんだけどね~」

「そうそう……でも相手も水の属性を使うから長くは止められないし、アイツの水の分身が人間の魂を本体に取り込ませて力を取り戻しかけてる。 谷に霧を張って誰も来ないようにしたけど……時々数人入ってくるから」


 答えたのは一度口を挟んできた水妖精だ。

 どうやら霧はこの水妖精達が人間を入れないために張ったらしい。だが、見えないことが人間の興味を引き立てたことを分かっていないらしい。


「(人間は――特に研究者って奴は目の届かない場所に一番興味を引き立てる奴らだからなぁ)」


 探求の為なら何でも差し出す。それこそ人の命すら差し出すような連中だ。魔術師にも同じような奴がいるのでミーシャには理解できた。

 落ち込む水妖精達を切り替えるように手を叩く音が洞窟内に響く。全員の視線がミーシャの対面に浮遊する水妖精へと注がれるとようやくここまで来たと願いを口にした。


「ボク達の願い――それは、あのワイルドハントを倒して欲しいってことなんだ。 これ、君にできる?」


 かなり無茶な願いだが、決して無謀ではない願い。命を助けて貰った恩としては条件付きで叶えてもいい。借りは早めに返したいと考えているミーシャに断る選択肢はなかった。


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