メレット迷宮―休息―
パキッと火がはじける音が焚き火から聞こえる。
大沼蛇との戦いを終え、しばらく迷宮を進んでいたシグルド達は魔物の巣がない場所で休憩を取っていた。
「……少し寒いな」
焚き火にあたっていても寒いのかブルリと体を震わせる。そんなミーシャにシグルドは何も言わずにマントを掛けた。
「う~ん……まぁぬくいな」
「なら早く休んでおけ。ルーン石への魔力供給は俺がやっておく」
「そうか、分かった」
一文字とは言えルーン魔術が使えるようになっていたシグルドならば、単純に流れる魔力の調整をするだけの操作を誤ることはないだろう。
そう考えて、マントで体をくるみ後ろにある岩に背中を預ける。
太陽の光を遮るほどの濃い霧が、ひんやりとミーシャの頬を撫でる。それを煩わしく思い、マントに顔を埋めるが、しばらくして再び顔を出した。
「寝れん」
最悪なことに目がバッチリと冴えてしまっている。昼間アレだけ魔力を消費したりしたのにいざ寝るとなると眠くならない。
「眠くならないのは何か不安があるから……って聞いたりするが」
「不安事だと? この私に? あるわけないだろ」
シグルドの言葉を鼻で嗤う。しかし、シグルドは焚き火に小枝を加えながらそれを否定する。
「そんなことはないんじゃないか? お前、初めての迷宮なんだろ」
「それがどうした?」
「つまり――――お前自身が無意識に緊張してるんじゃないのかってことだよ」
パキッと再び音がなった。
魔力で炎を灯した焚き火は未だに消えることなく二人の体を温めている。だが、ミーシャだけは再び体を震わした。
「――――――」
「さっきから、そればかりだな」
「何がだ……」
「その震えだよ」
この谷は外と比べて確かに気温は低い。だが、それは体を震わせるほどではない。それにこの谷に入ってからミーシャがどことなく周りを気にしているようにも見えるのだ。
「…………確信はないんだ」
珍しく自信なさげな声を出し、マントに顔を埋める。
「この谷に入ってからだ。誰かに見られているような感じがする」
「それは今もか?」
「あぁ……ずっとだ」
居心地が悪そうに座り直し、辺りを見渡す。これまで同様変わらずに周りは霧に囲まれており、見えないが魔力感知によって敵がいないことは分かっている。それなのに、肌に纏わり付くような感覚は取れることはない。
シグルドは目を瞑り、一瞬だけ痛みに耐えるような表情をした後に目を開ける。
「恐らくだが、それは大気中の魔力に当てられたんじゃないか」
「スキルを使ったのか?」
「あぁ」
問いに短く答えた後、シグルドはミーシャが感じている違和感に関して説明する。
「魔力に敏感な者が迷宮で視線を感じるような違和感に襲われることはよくあることらしい」
迷宮の外と中では、大気中に存在する魔力濃度に違いがある。人は空気のように肌でも魔力を吸収してしまう。その吸収量は微々たるものであり、魔力感知に優れている魔術師などはその違和感を肌で感じ取ってしまうのだ。
そして、何よりミーシャに取って初めての迷宮探索。余計に神経質になっており、落ち着かないのは当たり前だった。
「そういうものなのか」
「あぁ、多分な」
大陸各地に存在する迷宮――これに関しての文献は、攻略できる者も少ない影響であまり残っていない。だが、黒竜は迷宮の中にいたことがあったようでその知識を持っていた。
「大丈夫なのか、前は頭痛が起こったりしていただろう?」
「それなら心配ない。 あの時は、朝から昼間でずっとスキルを使っていたからな。 長時間の使用では影響は出るが、今みたいに一瞬使うだけなら大丈夫だ」
心配をするミーシャに問題ないと手を振る。
それは決してやせ我慢などではなかった。スキルの短時間使用を連発すると頭痛が起きることはあるが、それを口にする必要はない。わざわざ言って、神経質になっているミーシャを不安にさせることはしたくはない。
「そうか、だけどまだ眠くないな」
「それでも目を瞑って横になっておけ、それだけでも起きている時とはだいぶ違う」
「何だそれは……経験則か?」
実感したことがあるように、感情を込められた言葉にミーシャが反応する。当時を思い出したかのようにシグルドは苦い顔をした。
「傭兵稼業をし始めた頃だ。 籠城した時に、夜に襲われることがあったからな。 それから警戒して眠れなくなったことがある」
まだ新兵だった頃の話だ。敵が疲弊を狙い、一度目だけ夜襲を仕掛け、次からは襲うと見せかける作戦を取ってきた。勿論そんなことを知らなかったシグルド達は夜も安易に眠る事ができない日々が続いたのだ。
「ふふっ……経験した話の方が説得力があるな」
「そりゃあ俺のは知識の又聞きみたいなものだからな」
経験し、記憶したのは黒竜であってシグルドではない。人伝に伝わった噂を信じない者がいるように、経験したことがないシグルドは本当にそうなのか?と知識を疑問に思ったことだってある。それが言葉の節々に感じられれば、聞いている者も疑ってしまうものだ。
「はぁ――早く寝ろ。 そんで慣れろ。 何時までも俺が寝ずに見張りするわけにはいかないからな」
「いたいけな少女に寝ずに見張りをさせるのか……鬼か貴様」
「いたいけな少女はそもそもこんな場所に来たりしねぇから。 つーかいい加減寝ろ」
互いに軽口を言い合う。そんなやり取りをしている内に瞼が重くなってきたのか、ミーシャは段々と静かになってくる。
幸運なことにその眠りを妨げるものはいなかった。