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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第三章
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メレット迷宮 2

 

「右から来ているぞ」

「了解……知ってたけどな」

「口答えするな」


 後ろから頭を殴られる。

 子供の力なので痛くも痒くもなく、その程度で体幹がぶれることはないのだが、戦いの最中なので止めて欲しいと思いながらも右に迫っていた食屍鬼(グール)を右手で掴み上げ、目の前に巨大な口に目掛けて放り投げる。

 放り投げられた食屍鬼は断末魔を上げながら一直線に巨大な口の中に向かっていく。そして、口の中に入った瞬間、開けられていた巨大な口は閉ざされた。

 ミーシャは食屍鬼を丸呑みした怪物——大沼蛇(スワンプサーペント)をシグルドの背に張り付きながら見上げる。


「うわぁ……酷いな」

「それって俺に言ってるのか? それとも目の前の奴か?」

「お前に決まっているだろ?」

「じゃあどうしろと?」


 襲ってきた魔物をどうしろと言うのだろうか、他に名案があるのならば教えて貰いたいものだ。確かに食屍鬼は話が通じる場合があるが、かなり同胞を殺してしまった状態なのだ。あちらには話すことなどないだろう。というかほとんど魔術で吹き飛ばしたのはミーシャだ。


「お前の肉を差し出すってのはどうだ?話に応じてくれるかもしれんぞ」

「俺の筋肉質の体よりも軟らかいお前の体の方があっちも食い応えがあるんじゃないのか?」

「不敬だぞ貴様……頭のてっぺんから徐々に禿げていく魔術を掛けてやろうか?」

「ハッハッハッ」


 笑っているが少しビビっているシグルドだった。ミーシャなら寝ている間にも掛けかねない。というかそれってむしろ呪いのようなものじゃないのかと思ってしまう。


「それはごめんだな——って掴まれミーシャ‼」


 背中にしがみつくミーシャに忠告し、シグルドが跳び上がる。

 人の胴体の二倍以上の太さのある大沼蛇が、シグルドが先程までいた箇所の地面を抉る。コンマ数秒で時速二百キロに到達する大沼蛇の移動速度は脅威だ。人間では反応することはできないだろう。だが、相対するのは人間を超えた実力を持つシグルドだ。

 彼にとっては避けることなど造作もない。もっと言えば、避ける必要性すらなかった。その場で剣を振り上げ、向かってくる大沼蛇を両断することだってできる。それをしなかったのは後ろに背負っているミーシャのことを考慮したまでのことだ。


「よっと——」


 沼蛇の突進を避けたシグルドが華麗に地面に着地する。地面をヌルヌルと動く大沼蛇が気味悪いのかミーシャが急かす。


「おい、早く魔剣を解放したらどうだ? あれなら一発で済むだろ?」

「確かにそうだが、魔力で他の魔物も呼び寄せるぞ」

「やめておこう」


 即効で自分の案を取り下げる。

 魔剣は炎と同時に魔力も周囲に拡散する。それに釣られた魔物達が寄ってくるとも限らない。この視覚情報が遮られた状況では悪手にしかならない。


「はぁ……歯がゆいな。 勝てる相手なのに直ぐ終わらないなんて」


 戦いで最初から切り札と言うべきものを出すべきではない。最初から切り札を出せば、確かに勝てるだろう。だが、此処は迷宮――これから出口までどれだけの時間が掛かるか把握はできない。そのため、体力と魔力の消費は抑えなければならないのだ。

 だから、シグルドは剣術のみで戦っていたのだが、ミーシャは気に入らないらしい。


「何だ、お前は好きな物以外は我慢できないタチか?」

「無駄な体力と魔力を節約するってことなら分かっているさ……だけどな、理解しているから我慢できるかってのは話は別だろ」


 シグルドの問いに肩を竦める。

 勿論シグルドが迷宮攻略のためにペースを考えているのは知っている。だが、これとそれとは別なのだ。理解していても愚痴ぐらいは言いたくなる。

 そもそもミーシャは魔術合戦であれば術式を予想したりと色々と考えただろうが、魔物や戦士との戦いにはあまり興味がない魔術師だ。


「はぁ……愚痴は言っても良いけど我慢してくれよ」

「へ~い」


 気の抜けた声が後ろから聞こえる。それを耳にしたシグルドももう一度、溜息をつきそうになるが、目の前の立ち上がった大沼蛇を目にすると目つきは鋭くなり、雑談をしていた頃とは比べ物にならな殺気を纏う。

 大沼蛇が再び口を開き、突撃する。

 シグルドとミーシャの二人を丸呑みできるほどの大きさだ。だが、一度見切った動きについていけないはずがない。再び跳躍して一撃を躱したシグルドは、今度は地面に着地するのではなく大沼蛇の体にしがみつく。

 シグルドはそのまま魔剣を大沼蛇の体に突き立てた。

 魔剣の本当の力が解放されないからと言って切れ味が落ちたわけではない。むしろ目覚めた分切れ味は鋭くなったのではないかと感じられ、柄を握っているだけでシグルドから魔力を搾り取ろうとしてくる。こんなものをそこらの人間が持てば一瞬で干涸らびてしまうだろう。

 そんな魔剣が魔物の肉を骨ごと断ち切り、地面まで突き刺さる。


「ぬぅん‼」


 そのまま剣を横に一閃に振るう。大沼蛇の腹を横から捌くようにだ。これにはたまらず大沼蛇も絶叫を上げる。しかし、致命傷ではあるもののまだ動ける範囲だ。

 大沼蛇の顔がこちらに向き、鋭い牙を見せる。

 良くもやってくれたな――という憎悪が現れ出ているようだ。だが、そんなものに怯えるシグルドではない。まして、傷を負い、自慢の速度すら出せなくなった魔物など敵ではなかった。

 鋭い牙で砕こうと口を開ける大沼蛇を一撃をいなし、頭を斬り落とすことでこの勝負は決着がついた。


 シグルドの頭をミーシャが軽く叩く。下ろせと言う合図だ。

 それに従い、怪物に襲われないように背負っていたミーシャを優しく地面に下ろす。背中から降りたミーシャが体のあちこちを痛めたように伸びをした。


「お前はもうちょっと丁寧に戦えないのか? 体が痛くなる」

「悪いな。 こっちもなるべく動きは制限しているんだが……」

「あれで制限しているのか」


 呆れるようにミーシャがシグルドを見上げる。


「本来なら、後ろで見ておいてくれ——と言いたい所なんだが」

「あぁ、分かっているよ。 ここでは危険すぎる」


 本当に休むのならば戦っているシグルドから離れた方が良いのだがここではそうはいかない。周りに立ち込める深い霧が二人をすぐさま引き離してしまうからだ。もし、霧がなければミーシャは戦闘全てをシグルドに任せて安全な所で休養するだろう。援護の必要などは考えない。霜の巨人などの一部の例外を除けば、この男は間違いなく勝利する。武力に関しては全幅の信用がおけるのだ。


「さて……魔物はいないな? なら進もう」

「…………」

「聞こえているか?」

「……あ、ああ……悪い」


 沼の匂いやら血の匂いやらが充満してきたこの場所から立ち去ろうと声を掛けるが返事がなく、肩を揺さぶることで初めて声を掛けられていたとミーシャが気付く。


「どうしたんだ?」

「……いや、何でもないよ」

「そうか、何かあったら言えよ」


 朝の内に迷宮へと足を踏み入れたが、今の時間帯が分からないほど霧が深い。迷宮はまだまだ続くのだ。こんな場所で時間を取るわけにはいかないと二人は足を前に運ぶ。



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