後半戦2
剣と盾が火花を散らしてぶつかり合う。
レギンと老人、青年で並んで戦いながら押し寄せる敵を迎え撃つ。
「オラァ!!」
「グゥッ!!」
青年の顔は恐怖で引き攣っているが、自分を助けるために罠だと分かっていても来てくれたレギンと老人のためにこれ以上足を引っ張れないと奮闘している。
「僕は強い僕は強い僕は強い僕は強い…………」
それでもやはり恐怖を忘れるというのは難しいらしい。反射的に逃げようとする体を自己暗示に近い言い聞かせで留まらせているのを目にしてしまう。
「大丈夫ですかね?アレ――」
「分からん。可笑しな方向に行かなければ良いがな」
冷たい言いようだが他に手段が思いつかないのは事実だ。だが、青年に足りないのは自信だけであり、実力は申し分ないとレギンは思っている。
斬撃、刺突、打撃を真正面から受け止めるのではなく、盾で受け流し、体勢を崩させた所を斬り付ける――徹底した守りの型。幼い頃から貴族と高めあったと言うだけはある。
極度の緊張状態にも関わらず、無理な攻勢には出ることはなく、自分のペースを崩さない青年は大したものだと言えるだろう。
「ご老公、彼を常にサポートできるように準備を行なって下さい」
それでもその緊張の糸がいつ切れるか分からない。体力の消耗も激しいだろう青年をいつでも助けることができるように老人に援護を頼む。
「了解した」
老人も快く引き受ける。
やはり、老人は格闘術にも覚えがあるのか、襲いかかった敵が片手であしらわれ、地面に叩き付けられている。
「ほっほっほっほ……軽い軽い」
「(本当に何者なんですかねぇ……)」
恐らくだがこの国の格闘術ではないのは確かだ。あまり、そこら辺は詳しくないのだが、老人のように体格が倍の者を無力化するほどの格闘術をレギンは知らない。
「死ねえぇ!!」
「おっと、危ない――なっ!!」
思考している間に切り込んできた傭兵を両手剣で瞬く間に鎮圧し、老人が倒した闘技者の上に傭兵を積み上げる。これで十人目だ。
「くそっ――あいつら死体を積み上げてやがる!?」
「ほっほっほ……即席で考えたが、案外良いかもしれんな?」
レギン達は現在リングの橋に移動して戦っていた。
少数対多数の戦いでは囲まれれば不利になる。そうならぬように常に動き回り、敵の動きを阻害する必要があるのだが、ここは全員が敵の乱戦。何処へ行っても敵に囲まれているようなものだ。それに、リングという指定された戦場では敵を振り切れるはずがない。
だからこそ、レギンは戦った闘技者達を壁にすることで相手に責められにくくすることにしたのだ。
作戦の効果は直ぐには徐々に出始めた。
倒れた闘技者を踏み越えようとするが、その間に斬り付けられ、命を絶った闘技者は新たな肉壁となり壁を高くする。攻めるものがいればいるほど、壁は高くなり、攻めづらくなっていった。
「この調子で行きましょう!!」
「ほっほっほ」
「は、はい!!」
レギンの掛け声に老人は笑い声で、青年が緊張した声で答えた。
リングの端で行なわれるレギン達の戦いを一人の闘技者が見ていた。ここでは珍しい湾曲した形の剣を二つ腰に差し、被り笠と呼ばれる道具を頭に被っている。
「ふむ……」
男はこの戦いを見定めていた。最も強い戦士は誰なのか。そして、見つけたのだ。リングの反対側で戦うレギン達を……。
このリング上で最も強く、勇気がある者達が揃っている。他の戦士もやれるようだが、あの三人に比べれば一歩劣ると男は判断した。観察眼には自信があるのだ。
――是非、手合わせ願いたい。
その熱い思いが溢れ出るまま、三人に向かって走り出す――際に、邪魔が入った。
「テメェ――何スカした顔してやがる!?」
傭兵と思わしき闘技者が男に襲いかかってきたのだ。
戦いに参加することなく、格好付けている目の前の気にくわない男など、素手で十分と両手で首をへし折ろうとする。
見た目が華奢なだけあって、それで十分だと思ってしまった男が間違いだった。
「――――へ?」
男の視界が下がる。
見上げると首をへし折ろうとしていた男の不機嫌な顔が見えた。自分の置かれた状況が男は理解できなかった。――何故背の低い奴の顔を俺が見上げているのか?
その答えを男が理解したのは、意識が遠のく瞬間だった。
「何とかっ!!行けそうですね!?」
「はい、このまま変わりなく行けば良いのですが……」
「儂もそれを願うのう。年のせいで長く続けるのはもう無理じゃ」
青年が盾強打で昏倒させた闘技者を皮切りに、攻めが緩くなる。息をする間もなく怒濤の戦いであったこともあって、体力の少ない老人と、青年が肩で息をしている。
レギンも息切れはしていないが、チームを組んでいて良かったと誘ってくれた老人に感謝していた。こんな乱戦、一人で切り抜けることはできなかっただろう。もし、一人であれば後ろからグサッとやられていたに違いない。
「儂、休憩して良いか?ちょっと腰がキツくなってきた……」
「ちょっと腰!?大丈夫ですか!?」
壁を乗り越えるのがダメならと投石をしてきた闘技者の攻撃を防ぎながら、青年が老人を労る。どうやら忙しさのあまり、緊張が緩和してきたようだ。固まった筋肉が疲労によって解れ、動作が機敏になっている。
その一方、老人は本当に腰がキツくなってきたのか、地面に手をついている。どんな屈強な戦士でも年には勝てないらしい。
「レギンさん!!どうしますか!?」
「私と貴方で開いた穴をサポートします。攻めも緩くなってきました。これなら二人でもいけるはずです!!」
「分かりました!!」
壁を懲りずに超えようとしてくる闘技者を刺突で仕留めながら、素早く指示を飛ばす。それに快く返事をする青年は、投擲された小刀を逆に掴み取り、相手に投げ返すといった離れ技をこなしていた。
「(ホンット……自信しかなかったんだよな~あの人)」
正直それを見せられた身としては、なんであんなに弱腰だったの?と思ってしまう。
最初からやっていれば、舐められたりすることはなかったのだが、自己評価が低いのは性格のせいなので直るのは難しい。
「――――ん?」
ふと、視線を感じる。
周りには壁を越えようとしてくる者や飛び道具を使ってくる者もいる。彼らだってレギンに敵意を飛ばしたりしているが、そんなものではなかった。
例えるならば、草陰に潜んだ狼に狙われているような感じだ。辺りは真っ暗で、自分には獣の呼吸音だけが聞こえ、いつ襲いかかってくるか分からずに恐れを抱いているような……。
「――――ハハッ」
狼を見つけた瞬間だった。
猟師の矢が先か、狼の牙が届くのが先か。結果は――
ジャリィッ!!
結果は――相打ち。
レギンの両手剣と相手の剣が火花を散らす。
「レギンさん!?」
後ろで名を呼ばれるが、答えずに襲撃者を観察する。
その見た目はこの国では見覚えのないような格好だった。小柄な男だが、見かけ通りの素早さと見かけ以上の力強さがあり、剣は湾曲で細く美しい。頭には帽子のようなものを被っているが、帝国では売っていない帽子だ。
明らかに国外から来た者だ。それもかなり遠くから――。
「彼奴は、夜の国の者だ」
「はい?――夜の国?」
襲撃者の正体に老人が短くあぁと答える。
「その国は、オーディスの東にあるセルスタリア――よりも更に先、砂漠を越えた先に存在しておる国じゃよ。そこでは一日の殆どが魑魅魍魎の跋扈する闇が覆っていると伝えられておる」
「何だ。俺の国のことを知っているのか?爺さん」
聞いたことのない国名に首を傾げているレギンに丁寧に老人が説明していると、異国で自身の国を聞いたことがなかったのか嬉しそうに襲撃者は笑う。
「ただ、儂の師がお主と同じ出だったというだけよ」
「へ~え、そうかい。まぁ別にいいや、そんなこと」
自分から聞いておいて興味のなさそうな態度に流石の老人も青筋を立てる。
「ほっほっほ……若造が」
「爺さん、無理すんなよ。俺はそこの両手剣の奴とやりに来たんだ。危ないから引っ込んでな」
老人をまるで邪魔者扱いする襲撃者に驚愕する。あれほど腕の立つ老人ですら眼中ないと言っているのだ。
「面白い、ならば「――ご老公」何じゃ?」
襲撃者の男に向かって突撃をかまそうとした老人を呼び止める。侮辱するような発現をしたのは確かだが、ご指名を受けたのは自分なのだ。悪いがここはやらせてもらう。
「この方の相手は私がします」
――手助けは無用。そう付け加える。
「分かった。じゃが、負けるでないぞ」
「了解しました」
強い意志を込めて言われれば、老人も下がるしかない。それにまだ腰の痛みが引いていないのだ。他の者ならともかくあの強敵を相手にするのは難しい。
剣を携え、互いに一歩前に出る。
「レギンです」
「おう、俺はヤマトだ。よろしくぅ」
両者が口にしたのはそれだけだった。ここは既に戦場。
語り合うのは手に持つ刃で十分。それをお互いに分かっていた。