闘技大会――開催!!
観客が何層もある客席を埋め尽くす。そこは隙間がないほどに客席には人が押し込められていた。彼らは今か今かと戦いが始まるのを待ち、一部の待てなくなった観客が野次を飛ばしていた。
そんな中、闘技場を取り締まるハルベルト・アルディーは声を反響させる魔術道具を使用して始まりの合図を告げる。
「皆さん!!毎日開催されている戦いを見てマンネリ化していませんか?え?受刑者同士の戦いは飽きた?そんなことを言わないで下さいよ皆さん。彼らだって命張っているんです。しかーし!!そんな皆さん今日は目を見開くことになりますよ~。今宵は名のある傭兵に貴族の方々に仕える百戦錬磨の騎士。そして、なんとなんと!!戦うことまで禁じられ、地下深くに閉じ込められていた死刑囚までいるんです!!」
ハルベルトの名を口にする者もいれば、早くしろと野次を飛ばす者もいる。そんな者達に手を振って対応しながらハルベルトは言葉を続ける。
「いつもであれば、トーナメント戦を行ない、現チャンピオンと戦うのですが、今回は一味違います。約600名を超える戦士達の応募がありました。あまりにも膨大な人数であるため、今回は予選としてバトルロイヤルを開催致します!!」
その言葉に観客が更に沸き立つ。
「人数の影響もあり、バトルロイヤルは人数を半分に割って二回行ないます。そして!!ここでなんと残り五名になるまで争って貰いましょう!!――私この闘技場を任されて以来の過去最大の規模で展開する今宵の戦いに胸が躍っています。果たして、勝利の栄光を手にするのは誰なのか?まずは前半の命知らずな戦士達の入場だぁ!!」
入場してくる戦士達に観客達が立ち上がり、声援を送る。
命を賭けた催しが始まろうとしていた。
レギンはリングの上で戦っている者達を闘技者専用に作られた客席から見下ろしていた。
ある者は躓いた所を槍で刺され、ある者は一騎打ちに横やりを入れられ、場外負けとなっている。 文字通りの乱戦――常時周りを意識していなければ負ける。綺麗事など通じない戦いがそこにはあった。
血が流れる度に、人が倒れる度に観客から歓声が上がる。
「――オエェ!!」
「ギャアア!?コイツ、吐きやがった!!」
「……ちっ、臆病者が」
後ろから騒ぎ立てる声が聞こえる。どうやら誰かが目の前の惨状に耐えきれなくなり、嘔吐してしまったらしい。振り返ると嘔吐したのは装備を全て支給されている者だった。恐らくここに来るのが初めてなのだろう。戦いというものが無縁なほどの平和な場所から來たに違いない。
戦士達の手には剣、斧、槍といった様々な武器が手にされているが、一人一つしか装備していない。
闘技場のル-ルの一つである武器の制限だ。一人が装備できる鎧や武器には制限があり、始まる前には必ず審査員のチェックが入る。なるべく始まる前はフェアにしようという闘技場側の配慮だ。
勿論、レギンの手にも両手剣が一本と簡易な胸当てがあるだけだ。
周りを一通り見渡すと、再びリングへと視線を戻す。
「おい其処の若いの!!少しよろしいかな?」
そんなレギンに声が掛けられる。
周りを見渡すと、一人の老人がいた。
「これはこれはご老公、どうなさいましたか?」
「ほっほっほ……いや何、ちょっとばかり話しがしたくなっただけよ」
白い髭を撫でながらレギンに笑いかける老人。この老人も闘技者なのだろう。胸には軽い木製の胸当てがしてあった。
「ご老公は……闘技者なのですか?」
レギンが彼を見た時の感想は『本当に戦えるのか?』だった。背丈は頭一つ分低く、体はやせ細っている。軽く小突くだけで倒せてしまうような老人なのだ。
しかし、老人は侮られたにも関わらず、笑ってレギンを許す。
「ほっほっほ!!無理もないのう。だが、これでも儂はこの闘技場で何度も生き残ったことのある輩よ。心配ないわい」
「は、はぁ……」
乾いた笑みしか浮かべられなかった。ぶっちゃけそれって過去の栄光とかじゃない?お爺ちゃん無理してない?――と思うしかない。
「(何だろうこの気持ち……ひいお祖父ちゃんがまともに歩けないくせに薪割りするって言ったときのハラハラ感に似ている)」
想像して欲しい。今にも倒れそうな老人が無理だと静止しても大丈夫だと言ってこちらの言うことを聞かないのだ。見ているだけで怖くなってしまうのは当然ではないだろうか。
「それにしても若いの……お主、初めてのくせに随分と落ち着いておるのぉ」
試すようにしげしげと見てくる老人にちょっと気持ち悪さを感じたレギンが若干だが遠ざかる。
「えぇ、これでも村で経験があったもので……」
「なるほど……それでもそんなに落ち着いておるのは初めてじゃわい。恐怖も感じておらず、興奮もしておらぬ。お主みたいなのは初めて見たわ」
「それを言うならば、ご老公もでしょう?随分と落ち着いておられる」
「ほっほっほ……儂のは長い経験からくるものじゃよ。それに年かの……この年になると戦う前には無駄な消費はしたくないんじゃ」
「そうでしたか」
腰を叩きながら笑みを浮かべる老人にレギンも釣られて笑みを浮かべる。ここに残っているということは、この後二人は争うことになるのだが、そんなことを感じさせないような会話だ。
「さて、若いの……お主周りを見て何を思う?」
「周り?」
突然周辺のことを気にしだした老人を疑問に思いながらもレギンも周りを見渡すが、特に変わったことなどない。トレーニングに励んでいる者や何か話し合っている者ばかりだ。
「特に変わったことはないと思いますが?」
「まだまだじゃのう。見るべき所はここじゃ」
ぐいっと老人の細腕とは思えない力で顔を捕まれ、強制的に向きを変えられる。そこには大の男二人が、密かに金銭の受け渡しをしていた。
「ご老公、アレは?」
「兜で顔を隠しておるのは貴族で、もう一人が傭兵じゃな。恐らく雇ったのだろうのう」
「え?そんなことが許されるのですか!?」
目を見開いて驚くレギンに老人は肩を竦めて答える。
「さぁの?闘技場内で傭兵を雇ってはいけないという規則はないからのう。それに、徒党を組むことは良い事じゃ。ある程度減ってから味方同士で戦う。後は勝たせる者を決めておけば簡単じゃよ」
「それは…………八百長ではないですか」
戦士の誇りを無視した行いにレギンが憤りを感じる。勝者をあらかじめ決めて戦うなどあってはならない。取引をしている輩に向けて足を踏み出そうとした時、手を老人に掴まれて阻止される。
「止めないで下さいっ!!八百長など私は許せません!!」
「止めておけ、若いの。彼奴らの行いは規則に反しておらぬ。それに八百長をするかなど予想でしかない。証拠もないのに騒ぎを起こすと儂らが追い出されてしまうぞ」
「――ッ」
老人の言うとおりだった。今見ているのは金の受け渡しだけ、口元が動いているので喋ってはいるのだろうが遠すぎて聞き取ることができない。話を聞けば確信を取れるが、今の状況では八百長をすることは自分達の予想でしかないのだ。
そうしている内に二人の取引は終わったのか、兜を被った男が離れてしまう。
「こうなったらあの二人と戦って倒し、企みを阻止してやる!!」
それしかない。八百長など許さん!!と拳を握りしめてやる気を見せるレギン。そんなレギンに向けて老人が口を開く。
「落ち着け、若いの。あんなやり取りなどアレだけではない。そこら中で起きているよ」
「――え?」
「じゃから彼奴らだけを倒しても無意味じゃよ」
ガラガラガッシャーン!!音をつけるならこんな感じだろう。
八百長を行なう二人をぼこぼこにして勝利宣言している妄想が鉄槌で打っ叩かれて木っ端微塵に砕け散る。
「それじゃあどうすれば!?」
全員がチームで動いてくるのならば、これはもはや個人戦ではない。この戦いを勝利するためにはどれだけ味方を引き込めるか、それに賭かっている。
慌てて周りを見渡すも、先程よりも気にして見たためだろうか、全員がこちらを避けて会話しているように見える。
「止めておけ、今更作ろうとしても遅い。既に出遅れておるわ」
「――ガーン」
あまりの衝撃的なことに膝を着いてしまう。道理で周りの者達が試合など二の次で話し合っていたはずだ。
「そ、それじゃあ自分はどうすれば……」
「ほっほっほ――やっと本題に入れそうじゃのう」
「え?」
白い髭を撫でながら、膝を着いたレギスに笑顔で笑いかける。
「若いの――儂と手を組まぬか?」