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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第二章
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魔術師の部屋

 

 金属でできた取っ手に手を掛ける。

 貴族の館に取り付けられているだけあって軋むことなく扉は開いた。


 慎重に部屋の中に人影がいないかを見渡し、身を小さく屈めて部屋へと侵入する。入った部屋には大量の書類が積み重なっている。積み重なり過ぎていて倒れないかどうか心配になるほどだ。

 他には、白銀の世界にいる青白い巨大な狼の絵だったり、何かの角だったり、瓶詰めされた蛇などが棚一列に並んでいる。

 ――この部屋の中に指輪がある。

 途中で色々とヒヤッとする所があったが、何とか交戦せずに辿り着いたミーシャが部屋の中の捜索を始める。


 見た限り、この屋敷には魔術師がいる。そして、この部屋は魔術師の部屋だ。扉に張ってあった感知結界がその証拠だ。王宮内の魔術師も同じようなことをしていたし、魔術師の部屋は、自らが集めた知識と(コレクション)が溜め込まれている。侵入を防ぐ、感知する魔術があるのは当然だ。

 しかし、この少女は、そんな警戒網をするするとすり抜けていく。まるで、最初から何処に罠があるのか知っているかのようだ。


「(フハハハハッ!――甘く見るなよ帝国の魔術師。私が何度王国の上級魔術師達の部屋に忍び込んだと思ってるんだ)」


 勝ち誇ったような顔で(トラップ)を次々解除していく。

 この少女、魔術の飲み込みが早いせいか、直ぐに次を勉強したがる癖があった。そのせいで、何度も父親が教師役として選んだ魔術師達の部屋に無断で忍び込み、魔術書などを読みあさっていた前科がある。――勿論最後はバレてマリアに何度も尻を叩かれていた。


 ――花瓶に入っている花を鷲づかみにして中を

 ――フワフワのソファーの中を

 ――厳重に魔術でロックされている小箱を

 ――本に見せかけた箱を

 ――本棚や壁画の後ろの隠し金庫の中身を

 ――カーペットの下の隠し倉庫を


 良くもまぁ音を最小限に抑えてこれだけのものを探し出したものだと言いたい。カーペットはひっくり返され、金庫の中身は床に散らばっている。だが、これだけ探してもまだ見つからない。


 指輪が中々見つからずに焦りが募る。

 他に探していない場所はないか……。そう見渡して目に止まったのは大きな作業机。普通は一番最初に探しそうな所だが、あえてミーシャが無視したのには理由がある。


「(……あそこには絶対にない。だって、だって何にもしてないんだもん!!)」


 何もしていない。触れれば爆発するような魔術があるわけでもなく、強固な鍵で守られているわけでもない。魔術師ならば、一度手にした物に対して異様に執着する。それが希少品ならなおさらだ。

 まして、今回ここの魔術師が手に入れたものは、超の付く希少品。世界に四つしかない代物だ。そんなものをただの書類と同じ場所に置く?――いいやあり得ない。それが、ミーシャが無視した理由だった。


 しかし、周りを見渡しても隠す場所があるのは机のみ……やらないよりやる方を取るミーシャは捜索に入る。

 机の引き出しを片っ端から順に開けていく。中に何か入っているのかと警戒もしたが、魔術が使われた痕跡もないので思い直す。

 一つ二つ、三つと開けていき、やっぱりないのではと思い始め、諦めた様子で四つ目を開けた瞬間に、いつも指に付けていた銀の指輪を見つけた。


「あぁ、良かったっ!!――良かった、本当に……」


 もう二度と離さないように両手で優しく包み込む。ほんの数時間しか手元から離れていないが掌に掛かる僅かな重みが懐かしく感じる。こんな大切なものを落としてしまった自分を強く責め、もう二度とない落とさないことを誓う。

 よく見ると、魔力を封じていた術式がなくなっている。この部屋の持ち主が解いたのだろう。

 もう一度、術式をかけ直し、今度は落とさないようにと握りしめ、早くここから退散しようと入ってきた扉に足を向ける。すると……そこで目の端に映った見覚えのあるものにミーシャは足を止めてしまった。


「――――あれは……」


 そこにあったのは、黒塗りの鞘に収まる一つの両手剣。それを間近に見て確信する。あの時、中央の髪の毛だけ逆立った男に奪われた剣だ。


 まさかこんな場所にあるとは思っていなかったミーシャが目を丸くする。

 持って行こうかと考えたが、子供一人で運べるものではないと考え直して、出していた手を引っ込める。

 もし、倒れて音でも出してしまったらどうなるか分かったものではない。今一番優先するべきは指輪一つ。これを持って早く安全な場所まで逃げ延びなければならない。


「(あの男なら、剣一本ぐらい奪い返すことができるだろう。後で情報を伝えて貸しでも作っておくか……)」


 この屋敷に単独で突っ込み、館を半壊させ、両手剣を背負って帰ってくるシグルドを想像する。


「うん、簡単に想像できるな。大丈夫だろう」


 霜の巨人と戦っていた様子を思い出し、この館にいる騎士団や魔物が束になっても軽く薙ぎ払って進むシグルドが想像できる。

 そんな想像をしている内にもう剣のことなんてどうでもいーや……と思い始めたミーシャはこの部屋を後にしようとする。


 この部屋に来たときと同じように慎重に移動するが、その顔には余裕がある。それは、何よりも大切な指輪が取り戻せたことか、シグルドが帝国騎士を薙ぎ倒していくのを想像できたからか分からないが、ある程度上機嫌になったのは事実だ。


 もうこの部屋にも館にも用はない。侵入したときは苦労したが、指輪を取り戻した今となっては、脱出は簡単。

 指輪を右手の薬指にはめ、扉を開けようと取っ手に手を伸ばそうとした。


「――ッ!!」


 指と金属の取っ手が触れ合う瞬間だった。赤い障壁がミーシャを阻む。

 (トラップ)が発動した。イタズラで部屋に侵入し始めた頃、何度も引っかかったことのある懐かしい魔術の感覚を肌で感じ取る。

 だが、一つの疑問が頭に浮かぶ。

 自分は何もしていなかった、そして、罠が仕掛けられていた様子もなかった。よもや見落としていたのかと考えたが、今はここから逃げるのが最優先。


 書類が窓際近くまで高く積み上がっているのを目にし、窓から脱出しようと書類に足を掛ける。

 今すぐに逃げなければまずいと必死になって窓に手を伸ばす。

 そんな様子のミーシャに声が掛けられた。


「そんなに慌てて何処に行くの?」


 その声に反応して振り返り、いつでも魔術を発動できるように準備する。

 暗闇で見えないが、声色からして女性。ここの部屋の主人だろう。


「あら、何も言ってくれないの?もしかしてお喋りは嫌い?」


 コツッコツッと地面を踏みしめる音が聞こえる。

 振り返る表紙に山積みになった書類が崩れて、遮っていた月光が部屋へと入ってくる。それと同時に声を掛けた人物の姿も浮き彫りになった。


 一言で言い表すのならば魔女――その言葉がしっくりくる。

 黒いローブ、黒いハイヒール、黒い瞳、黒い髪、黒い帽子。黒黒黒――黒。全てが黒で埋め尽くされたような姿をしている女性。


「それにしても酷いわね。お嬢さん、人の持ち物を勝手に散らかしてはダメと言われなかった?」

「ふん、お前こそ、盗んだ物は持ち主に返さなければダメと教えて貰わなかったのか?」

「あら、盗まれた物だったの?知らなかったわ」


 白々しく手を口に当てて惚ける女性に苛立ちが募る。


「でも、返して?嘘はダメよお嬢さん。それの元の持ち主はもう無くなった国の王女様が身に付けていた物よ。こんな国があったよって知って貰うためにも帝国は博物館でそれを展示するの、王様が被っていた冠と一緒にね。だから返してくれる?」

「――何、だとっ」


 静かに呟いた言葉には怒りがあった。もう無くなった国、博物館で展示?もう無くなったものと前提して話しを進めている女。

 父親を王と示す象徴を、家族の思い出が詰まるこの指輪を見世物にする?


「(――そんな、そんなことがあってたまるか!!)」


 警備が来るなどもう頭にはなかった。全力で魔力を練り上げ、ルーンを描く。


「あら?」

「くたばれ」


 そして、問答無用で目の前の女性目掛けてそれを解き放った。


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