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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第二章
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魔除け

 基本的に深夜に外出をする者はいない。それは、目が利かないという理由もあるが、最もな理由として、夜は魔物の活動が最も活発になるからだ。

 日が昇っている最中では獰猛な熊を、獲物を追いかける狼を狩れる者でも夜になると部屋へと帰り、縮こまっている。出れば最後、辺りを闊歩する魔物に命を奪われてしまうだろう。


 通常の獣と魔物との違い――それは魔力を保有しているか、保有していないかの違いだけだ。持っている、持っていない。ただそれだけなのだが、それが最も重要だ。

 魔力を保有していない獣は、自然治癒力による治癒を待つしかないが、魔力を保有していれば、通常の武器では傷を付けることすら難しくなり、傷も直ぐに治るようになる。また、腕力も桁違いになるのだ。それは保有する魔力の大きさによって変わり、最強と言われる(ドラゴン)にもなれば大陸一つ分と言っていいほどの大きさの魔力を保有している。


 それに魔力の有無の違いは他にもある。

 魔力を保有する魔物たちは皆、スキルと呼ばれるものを保有している。種族が培ってきたものを受け継いだ魔物もいれば、突然変異によって出現するスキルもある。

 霜の巨人のように体を霧に変えるものもあれば、離れた土地の相手に呪いを掛けるものもだってある。

 そんなスキルを保有する魔物を殺すにはただ鍛えるためではだめだ。裕福な家庭や巨大な街にもなると、魔除けがされてあったりするのだが、当然それは金がかかる。しかし、それができない村などでは、ただ自らの所に来ないことを祈る。それだけだ。


 フラメル・ルメド・スルーズ伯爵、彼は貴族だ。教養があり、魔物の危険性についてよく理解している。例え、巨大な街に住んでいても城壁に魔除けがされていなければ、幾度となく魔物の脅威にさらされてしまう。それが最も魔物が多く動き出す夜の時間帯ともなればなおさらだ。

 だからこそ、部下である騎士たちに口を酸っぱくして言っているのは魔除けの点検だ。館を囲むように結界が張られ、魔物を寄せ付けない仕組みとなっている。その起点となっている六つの魔術道具(マジックアイテム)の点検を毎晩何度も行なうように、何かあれば直ぐに補充できるように指示していた。


「よし、ちゃんと魔術道具(マジックアイテム)は機能しているな……」


 若い騎士が柵に貼り付けてある魔術道具(マジックアイテム)が機能しているのかを確認する。深い森の中から魔物の遠吠えが聞こえてくると、持っている槍を握りしめ、身を硬くする。その様子が、彼が新人であることを物語っていた。

 ここにしばらく仕える騎士たちは、いくら上の者が口を酸っぱくして言っても、同じことを何度も――それもまったく危険がない状況が続けば、態度が緩んでくる。

 貴族に仕える騎士たちも魔術を見たことも、携わったこともない。それでも魔除けという魔術道具によって魔物が寄り付かないのを経験して知っている。最初の頃は誰もがそんなもので大丈夫なのかと不安に思っていたが、日々過ごしていく内に不安は取り除かれ、今では談笑をしている者さえいる。


「ハッハッハッ!安心しろ、ここは安全なんだ。魔物が来ることなんて滅多にないよ」


 怯える表情の若い騎士に向けて、声が掛かる。自らの情けない姿を見られた若い騎士は、予想外の見物者に赤面する。


「いたなら最初から声かけて下さいよぉ先輩」


 若い騎士に先輩と呼ばれた騎士が笑いながら近づき、励ますように肩をバンバンと叩く。その力強さに若い騎士は歯を食いしばる。

 相変わらずの手加減のなさだ。わざとやっているのではないのだろうかと思うほど力を込めてくるが、これで悪気は一切ないのだからタチが悪い。

 人柄は信頼できる人なのだが、手加減だけはして欲しい。そう言っても無駄なんだろうなと思いながら肩を落とす。


「うん、良々……そんなに気張りすぎるなよ。逆に疲れちまって朝まで持たねぇ」

「へ?」


 そういってもう一度肩を叩く。

 相変わらずの手加減のなさだったが、その顔にはこちらを心配する様子が見て取れる。

 どうやら自分が心配で励ましに来てくれたらしい……そう思いつくまで時間は掛からなかった。


「何て言うか……そんなに分かり易かったですか?」

「分かり易いなんてもんじゃねぇ、ガッチガチで内股の状態だったぜ」

「ホントですか、それ…………」


 頭を掻いて尋ねる若い騎士に、出て行った頃の姿を思い出して自身の体で再現する。

 それを見てしまった若い騎士は頭を抱える。

 初めての見回りで緊張していたのは事実だが、歩き方にまで影響していたとは思わなかった。今すぐにベッドに駆け込んで、今日の記憶を掻き消したい衝動に駆られると同時にその事実を持ってきた目の前の人物を間違っていると分かっていても恨んでしまう。

 ホント、そういうのは言わないで欲しかったです……。

 しかし、そんな思いが通じるわけがなかった。


「そういや、お前の姿はちゃんと他の奴にも言っといたぜ」

「オイコラ、励ましに来たのか、辱めに来たのかどっちだ」


 他の者にも話していると聞いて流石に敬語ではいれなくなった。自身でもドスのきいた声だと思っていたが、まだまだヒヨッコの騎士に気後れするはずもなく、笑っている先輩騎士を見て追求を諦める。


 その時、林の奥から獣のうなり声が響く。二人が顔を向けるとそこにあったのは血のように赤い二つの目。離れた場所からでも分かる腐臭――死人(ゾンビ)だ。しかも、人型ではなく俊敏な動きで獲物に襲いかかる狼のゾンビ。

 それが、じっと二人を睨み付けていた。


「――ッ!」

「安心しろよ。奴らは入ってこれやしねぇ」


 槍を構える若い騎士を安心させるように言う。その言葉通り、魔物はそこから動かずにただ恨めしそうにこちらを睨み付けるのみ……。それは、魔除けの結界がしっかりと効力を発揮している証拠だった。

 しばらくして、森の奥へと狼の死人(ゾンビ)が姿を消したのを確認して若い騎士が口を開く。


「最近、増えましたよね。アレ……」

「仕方ねぇだろ、伯爵さまのご命令なんだ」


 約三年前にここを訪れた帝国の宮廷魔術師。彼女の指示によって、人の寄り付かない森の中に獣の死体を放置することになった。その理由は、死体の死人化の観察だの実験だのと言っていたが詳しいことは彼らには分からなかった。

 当初、突然現れた魔術師に嫌な顔はしたものの、伯爵自身がそれを良しとしたのだ。主人が良しとしたことに、騎士である自分たちが口を出すことはできない。できないが——前よりも増えた魔物の数に不安がる者がいるのも事実だった。


 自分とは違い、落ち着いた様子で魔物を見ていた騎士が言葉を掛けてくるが、あまり安心できない。そして、いつの間にか自分の胸の内にある不安が口から出ていた。


「この魔術道具(マジックアイテム)が一つでも綻べば、そこから一斉に流れ込んでくるんですよね?」


 森の中を――正確に言えば、森の中で蠢いている影を見ながら不安そうな顔をする。いくら増えたからと言って魔除けの効果が下がるわけではないのだが、もしこれが外されたとなると——そんな考えがよぎり体を震わせる。

 そんな若い騎士を見て、先輩である騎士は呆れたように口を開いた。


「おいおい……まさか俺たちの本分を忘れたわけじゃねぇだろうな?そうならないためにここにいるんだぞ?」


 盗賊や暗殺者……人間が魔除けの結界を解くために魔術道具(マジックアイテム)を剥がすかもしにくることだってあるかもしれない。一つでも剥がされてしまえば、そこから魔物たちが侵入してくるかもしれない。そんな最悪を防ぐために自分たちがいる――そう口にした後、再び笑って若い騎士の肩を叩いた。


「まっ!安心しろや……盗賊と言ってもわざわざ貴族の館に忍び込もうなんてする奴はいないし、この警備ならなおさらだ」


 もう何度目かの励ましを若い騎士に送る。

 不安そうになっていた若い騎士もやるべきことがハッキリして安心したのか、そわそわと落ち着かない雰囲気がなくなる。

 それを見た先輩である騎士も満足そうに笑みを浮かべた。


「よし、それじゃあ……自分は仕事に戻りますよ」

「う~ん?もう内股歩きはしないのか~?」

「ハッハッハッ――――ぶん殴りますよ?」


 最初は陽気に笑った後、無表情で言い放つ。一般人が聞けば背筋に寒気が感じるほどの感情を感じさせない声色だったが目の前の陽気な人物には通じなかった。


「それじゃ、俺も見回りがあるんでなっ」

「はぁ……まったく、貴方って人は……」


 軽く手を振って自分とは反対方向に歩き出す背中を見つめる。良いように振り回された感じがするが、自分の内にある不安が取り除いてくれたのでそれほど嫌な気分ではなかった。

 そろそろ自分も仕事に戻ろう……そう考えて歩き出す。少なくともここの敷地内にいれば魔物の脅威からは逃れられるのだ。魔除けの魔術道具(マジックアイテム)にだけ気を付けておけば良い。

 だが、幾分か軽くなった気分で歩き出して間もなく……彼を再び不安にさせる出来事が起きる

 ――館の一部が爆発した。


 その報告が彼の耳に飛び込んできたのだ。


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