指輪
空腹が満たされたミーシャが機嫌良く村の中を歩き回る。空腹で下の階にある酒場へと赴いたミーシャが目にしたのは、昼間にシグルドが狩ったイノシシの肉だった。イノシシ丸々一頭使用した肉料理がミーシャの前へと並べられる。
これはシグルドが狩ったものだから連れであるミーシャは無料だと言われたときは驚いた。目の前に出されたピリ辛ソースで味付けされたイノシシの肉に、野菜スープに混ぜ込んだものもある。それらを食べないという選択肢はなく、それも無料と言われたので遠慮なくガッツリと頂いた。
無料な上に他よりも多めに肉を貰ったミーシャは満足げに酒場を後にする。そこで、ミーシャはもう日が傾いていることにようやく気がつき、未だに帰ってこないシグルドを探すために村を歩き回り始めたのだ。
「アイツ、一体何処に行ったんだ?」
キョロキョロと辺りを見渡して目印である白い髪を探す。一人になりたいと出て行ってからしばらく経つ。食事をしている最中に帰って来るかと思ったが、帰ってくることはなかった。まさか、自分を裏切って帝国に通報しに行ったのではないのか。
誰も自分の味方にはなってくれない孤独感を強く感じる。
王宮の中でも跡目争いや派閥問題で一枚岩ではなかったが、それでも周りには気を許せる友人、家族がいた。それが今はいない。この一週間でずっと自分を気に掛けてくれたシグルドも姿を現わさない。それが裏切ったかもしれないと思うと……。
そこまで考えて馬鹿なことを考えていると笑う。
シグルドは別に仲間というわけではない。皇帝を殺すために用意した駒だ。そうするために探した。成功してもしなくても賞金は渡す予定だが、それ以上の関係になるつもりはないのだ。
「…………人と過ごすとこれほど弱くなるのか」
シグルドと会うまでに騙しもやったし、殺しだってした。現実を見て、冷酷な判断だってできるようになった。裏切られるのが当たり前だと思って人と接触する時は注意した。一人で生きられるようになって強くなったはずなのだ。
それがたった数日過ごしただけで、アイツには裏切って欲しくないと願っている自分がいる。
「あぁ……馬鹿馬鹿しい。アイツが裏切ると決まったわけじゃないだろ」
その通りだ。ただ姿が見えないだけだ。気にすることはない。そうやって自分自身に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。
この村は小さいのだ。直ぐに見つかる。そもそも村人に声を掛ければ一発で分かることなのだ。別に旅の連れを探すことは怪しいことではないのだ。
そう考え、もう一度シグルドを探そうと顔を上げた時、夕日が沈む西に一つの集団の影が見えた。その集団が掲げる旗を見て凍り付く。
白い竜を強調するように大きく描かれた旗……それは帝国の騎士団であることを示していた。
その騎士団に村の者たちは何事かと手にしていたジョッキを手放し、外へと出てくる。この辺境の地に何故騎士団が訪れるのかが分からない村人たちの顔には不安が見て取れる。
騎士団を率いるノエル・アムフェリアは、馬上の上からその顔を見渡す。
「――私は、このスルーズ領の領主であられるフラメル・ルメド・スルーズに忠義を尽くす、ノエル・アムフェリアである。村長は何処にいる?」
「は、はいっ……私が村長です」
群衆の中から人を掻き分けて村長であろう人物が前に出てくる。白髪が目立つ、年老いた村長は明らかに動揺している。村の生活で見ることなど殆どない騎士団が来たためどのような態度を取れば良いか分からないのだろう。
「安心しろ、私はこの領地に進入した賊を捕まえに来ただけに過ぎない」
「ぞ、賊でございますか!?しかし、この村にはそうような者は……ヒィッ」
いない、と言いたげな村長を眼力のみで黙らせる。歴戦の騎士からの圧力にただの農夫である村長が敵うはずもなく、小さく悲鳴を上げて言葉を詰まらせる。
「村長、賊がいるいないの判断をするのはお前ではない。私だ」
「は、はい」
有無を言わせずに馬上から圧力を掛けるエルロットに村長は頷くしかない。
「アイツら、私を追ってきたのか」
草むらから僅かに顔を出し、村のあちこちを探索する騎士を一人一人観察していく。余所者が宿泊している情報を得たのか、宿屋を中心に探索している。シグルドを探すために外に出ていて良かったと案緒する。
「それにしてもアイツ何処にいるんだよ……」
何をしているのか分からないが、見つけたら文句を言ってやると心に決める。
騎士団がウロウロしていて村の中には戻れそうにないが、自分にとっては関係ない。
自分を捉えるために来たかもしれない騎士団が間近にいても余裕を崩さない。この程度の人間からは何度も逃げ延びており、取って置きのアイテムも所有しているのだ。この状況など楽々突破できると、ポケットに手を突っ込み、秘中のアイテムを探すが……
「………………ない」
――ない。逆のポケットも探すがない。あったのは銀貨や銅貨が入っている小袋だけだ。まさか落としたのでは……。そう考えると全身の血の気が引いていく。
「そ、そんな」
あの指輪は王家の人間が受け継いできた秘宝――神代の聖遺物だ。内に秘める魔力は現代魔術師が製作する魔道具とは比べものにならない。世界に四つしかない超の付く希少品だ。無論それだけではない。あの指輪は家族との思い出でもあるのだ。
先程までの余裕はもうない。
急いで自分が来た道を戻ろうとするが、宿から今ミーシャがいる場所まで目の届く距離でしかない。もし落ちているのなら直ぐに分かる。ならば、酒場の何処かで落としたのかもしれない。
「(――まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!)」
自分がやらかしたミスに軽いパニック状態に陥る。あれを見られてしまえば、王国の王女がここにいたことがバレてしまう。そうなればこの領から出るのだって難しい。
どうか、指輪を見つけないでくれ。そう切実に願うことしかできなかった。
「隊長、これをご覧下さい」
だが、その願いは――
「指輪を発見致しました」
無情に破り捨てられることになった。