リューロント村にて
酒場から出たシグルドが、一人で村を歩く。一週間ずっと子犬のように着いてきていた少女はいない。………………いないよな?気配がパッタリ消えるときがあるので最近自信がなくなってきた。
一体どうやって気配を消しているのか気になるが、それよりも考えなければいけないことがある。あの少女をどうするかだ。
少女に着いていくのは簡単だ。ただ、頷けば良い。大抵の相手なら負けはしない。上手くやれば帝国の横腹に食い付くことができるかも知れない。だが、それだけだ。打撃を与えたとしても、それは帝国全体から見れば直ぐに修復できるような小さな傷でしかない。姿を隠していたとしても見つけられるのは時間の問題であり、いずれ追い詰められるだろうことは確かだ。
不安要素がありすぎる現状、それでもシグルドは少女をこのまま見捨てることはできなかった。
自分ができることなら力を貸したいと思う。だが、力を貸したとしても道半ばで少女は終わる。その道も辛く険しい道だ。最後に待つのは失意と後悔、絶望しかない。
そのような道に進ませるぐらいなら、最初からもっと幸せな道を歩ませた方が良いのではないのか?今は少女の正体を知っているのは自分しかいない。帝国から遠く離れ、安全な大地に届ければ少女は幸せになるのではないのか?そう考えずにはいられなかった。
「おう兄ちゃん!どうしたんだい?辛気くさそうな顔をしちゃって」
声を掛けられ、思考の海から意識を戻す。顔を横に向ければ、手に金槌を持った男がいた。ゴツゴツとした手に握られた金槌、炭で汚れた顔……それだけ見れば目の前の男が鍛治師であることが分かった。
思考に集中しすぎて気づかぬうちに村の外れまで来ていたらしい。
「いや、少しばかり考え事をしていて」
「ハッハッハッ……若いのに大変だねぇ。そんなに眉間にしわ寄せてたら本当のしわになっちまうぞ」
豪快に笑う男を尻目にそんなに顔に出ていたのかと眉間に手を当てる。まぁあの少女にあってから色々と頭を悩ませている。逃げないように監視するためかピッタリと着いてくるし、食事にはうるさいし……。一人は結構気楽なんだなと思い耽ることがこの一週間多かった。
「それで、こんな場所に用でもあるのかい?」
「あぁ、そうだった。貴方が製作した剣を見せて貰いたいのだが……」
男の言葉でここに向かっていた目的を思い出す。剣は腰にぶら下げてあるルーンが刻まれたものがある。ここの鍛冶屋で購入するよりも切れ味はこっちの方が高いだろう。しかし、この剣はシグルドの手にあまり馴染まなかったのだ。
「……俺はあんまり剣なんて打ったことねえからな。期待はしないでくれよ?」
「分かった」
「それじゃ、こっちに来てくれ」
男がシグルドを家の中へと手招きする。その後に続いて扉をくぐると、中には樽に数十本の剣が収納されているのが目に見えた。
「もう少し、重量がある奴はないか?」
「残念だがそこにある奴で全部だ」
剣を手に持ちながら試しに何度か振るってみる。――が、どれも軽すぎて手に馴染まない。自分の手に馴染む剣はもっと大きな街に行かなければいけないかもしれない。だが、そうなれば、物価も高くなる。掘り出し物でも見つかればと思ってきてみたが、無駄だったようだ。
「う~ん……そうだな。兄ちゃん、ちょっと待ってな」
男が部屋の奥へと姿を消す。
一体何を取りに行ったのか。部屋の奥は太陽の光が届いておらず、暗くて見えない。しばらくすると男が茶色く丸い物体を手に持って出てくる。
「……それは?」
「こいつは、炸裂玉ってやつさ。ここの森の近くにバマの実ってやつを使って作ったんだ」
バマの実――聞き慣れない単語に頭をかしげていると男が丁寧に説明してくれる。
少しの衝撃を加えると炸裂する実。樹木の妖精の枝になる実で、自分たちに害を与える奴らを追い払うためのものらしい。大地に根を生やし動けない樹木の妖精、害を与えなければ優しいと言われているが、衝撃を与えれば炸裂する危険な実をどうやって取ったのだろうか。
赤の他人に打ち明けるものではないなと思ったが案外簡単に教えてくれた。どうやら、実が多くなりすぎ、枝にかかる重量に耐えきれなくなった樹木の妖精が、男に頼みもぎ取らせたらしい。
大層なことはやってないと男は言うが、妖精自身が人間に声を掛けること自体が珍しいので、男に妖精が頼み込んだと言われて少し驚く。
「へぇ、少し詳しく話してくれないか?面白そうだ」
珍しい妖精に会った話し。年頃の少女との会話の種になるかと、男の話しにシグルドは耳を傾ける。
「――――――暇だ~」
宿屋のベッドでゴロゴロと過ごす少女、ミーシャ・フィリム・オーディス12歳。窓を完全に閉め切り、ドアも固く魔術で閉じた一室では、いつも身につけているマントは必要ないのか部屋の片隅に投げ出されている。
シグルドがいれば、ミーシャのだらしなさに頭を抱えただろう。自分が悩んでいるのにこの少女は……という感じで。
それぐらい今のミーシャはだらしなく、年頃の少女としてきわどい格好をしていた。城では足を隠すほどのゆったりとしたドレスを着こなしていたミーシャだが、逃亡生活の中ではそんなものは不便だと直ぐに気付いた。服は、王族とバレぬよう城で着ていたものとはかけ離れた安い生地をしたものを選び、機動性を重視した布地の少ないものを選んだ。自分で選んだものを身に付けたときには、護衛の騎士や侍女の二人に『姫様っ!?もっと足を隠して下さい!』と懇願されたが、スカートがこれ以上長いものがなかったので仕方がない。
というかあの店、異様に裾が短いものしかなかったのだが、あれが民の間ではやっているのだろうか?
最初は恥ずかしかったが、もう慣れてしまったミーシャは短い裾のスカートを気にせずに四肢を投げ出している。マリアがいたら、泣いて止めて下さいと懇願するだろうなぁ……と幼い頃からずっと付き添ってくれた侍女を思い出して苦笑いする。
「ん~~~~~~~!!」
固まった体を解すために大きく伸びをする。
部屋を取る際に、シグルドを監視するために離れないように同じ部屋に泊まろうとするミーシャと少女でも女性と一緒の部屋に泊まる気はないシグルドで一悶着あった。ちなみに少女を連れていると言うこともあってシグルドは宿屋の主人から変な目で見られていた。ざまあみろ……。
ではなくて――少し考えたいと出て行ったシグルドを思い出しながらミーシャは冷静に考える。
あの男が帝国に密告するような奴には見えない。だが、人は見かけで判断してはいけない。そうやって騙されて、自分の侍女や騎士が殺されたのを忘れてはならない。
もし、あの男がこちらに来ないのならば、また別のものを探す必要がある。そうなった場合、自分は口封じとしてあの男を殺せるか?魔術による絡めてであれば殺せるだろうか。
シグルドが敵になった場合の対応を頭の中でシミュレートしていく。
その姿は、12歳と思えない程の冷酷な表情だった。
忘れてはならない。自分の国が、父親がなくなったことを、信頼していた者に裏切りを、奪われた平穏を……。
ミーシャはもう自分の国の貴族であろうと、一緒に戦った者であろうと信用はしていなかった。彼女の頭にあるのは皇帝を殺すことのみ。もうそれ以外はどうでも良かった。
「…………腹が減ったな」
どれほどの時間そうやっていただろうか。ミーシャは唐突に空腹を感じる。窓を閉め切っているためどれだけ太陽が傾いたか知らないが、昼をさっき食べたばかりだと思っていたが、時間がたったのだろうか。
下の酒場で食べ物でも注文するかと立ち上がり、部屋の片隅に投げ捨てられているマントを羽織る。
「それじゃ、行きますか……」
マントのポケットに硬い感触があるのを確認して、魔術で固定した扉を開けて外へと出ていく。
巨人討伐前に出店でイモを購入するのに最後の銅貨を使ってしまったが、この一週間で行動を共にしていたシグルドが、もう手持ちがないことに気付き、ミーシャ用にといくらか分け前をよこしていた。
ミーシャからすれば、受け取った金額は城で過ごしていた時と比べれば、天と地ほどの差があるが気にしない。色々と逃避行を続けている間にそれは学んだのだ。
久しぶりに肉、いやいや無駄遣いはよせ。でも、いや……う~ん——これから何を食べるか、考えながら小躍りしそうな雰囲気で廊下を歩いていく。コロコロと変わるその表情だけ見れば、年相応のただの娘にしか見えない。
出ていった部屋のマントが投げ捨てられていた場所で、いつもミーシャが肌身離さず持っている銀の指輪がきらりと光った。