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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第二章
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伯爵領にて

 巨人討伐から一日後——


「お前が言っていた話し、本当なのか?」


 スルーズ領領主、フラメル・ルメド・スルーズ伯爵は、目の前にひれ伏す大男に問いを投げる。その男の体には無数の傷があり、腰にある剣からも尋常ではない魔力を感じる。戦いとは縁遠い生活をしているフラメルから見てもそれはかなりの業物だと分かる。だが、そんな魔剣を持った男は、見る人が見れば、戦いに禄に出たことがないホラ吹き男だとすぐに分かるだろう。傷は新しいものが多く、足運びの基礎も出来ていない。自慢げに剣を振りかざしているのは、ただの大きくなった赤ん坊。それが、フラメルの側近が出した男の評価だった。


「何か言ったらどうなんだ?」


 フラメルが、男を見下しながら命令する。

 自分は竜殺しだ。お前たちに有益な情報を持ってきたと豪語して、勝手に金銭を要求してきた男を捉えるのは簡単だった。対人はともかく集団戦の経験がなかったのか、目の前にしか注意を向けていない男を後ろから束縛し、一日牢屋に放り込んでおいたのだ。

 最初の威勢はどこへ行ったのか……。すっかり大人しくなってしまった男は、下を向くばかりで何も答えない。その様子にため息をつくと、男を押さえつけている側近の騎士に目配せをする。すると、言葉を交わさなくともそれだけで主の意向を読み取った騎士が男の髪を鷲掴みにして強制的に上を向かせた。


「さて、最後のチャンスだ……貴様はこの紙に書いてある小娘を見たんだな?」


 男の顔は腫れあがっており、何度も殴られたことが分かる。その目の前に、各地に配られていた、オーディス王国の王女ミーシャ・フィリム・オーディスの顔が描かれた人相書きを突き付ける。


「あ、あぁ!間違いないっ……王国の指名手配されてる王女を見たんだっ」


 最後という言葉が聞いたのか、唾を吐き出しながら、慌てて言葉を紡ぎだす。その様子にフラメルが眉を顰める。本来ならこんな汗と埃まみれな男を部屋の中……もっと言ってしまえば館の中に入れたくもないのだが、この男が持っていた情報にはそれを我慢する価値があった。


「この小娘を、グルカ城で見たんだな?」

「そ、そうだっ……小汚いマントで体全身を隠してやがった!!」


 なるほど、と呟きながら思考に陥る。

 元王国領にいるのならば分かる。あの地にはまだ抵抗を続ける王国貴族たちがいるのだ。奴らに助けを求めるために走り回っているのだとしたらまだ納得がいく。しかし、姿が確認されたのは王国領ではなく帝国領、王国の王族であるミーシャに協力するものなどいないのだ。

 しかも、巨人が出現するという場所にいたというのも謎だ。あそこには既に使われなくなった城があるだけで、夜には魔物が住み着いていたりする危険な場所だ。定期的に騎士を派遣して討伐していたが、巨人が出現するという報告はなかったし、少女がいたという報告は受けていない。あそこに逃げ延びていたということはないだろう。

 そもそもあの王女はどうやって検問を突破したのだろうか。王族が生きていると分かった時点で、すぐさま追手を放っていた。それすら逃げ延びて、検問すら突破した王女。腕利きの騎士でもいたのだろうか。襲撃されたという報告は受けていないが、何処かに穴があるかもしれない。

 やらなければならないことが増えたと頭を抱えるが、その顔は笑っていた。

 王国の首都を落としたが、王族に逃げられたせいで貴族たちは完全な降伏をしておらず、領地に引きこもり、戦力を蓄えている。帝国としてもそんな奴らの旗印となる王族は早めに刈り取っておきたかった。ここ数ヶ月、逃げ延びた王女の行方は分からずに頭を抱えていた。そんな時にこの自分が最後に残った王族、ミーシャ・フィリム・オーディスの身柄を皇帝陛下に差し出すことができれば——


「ふふっ……」


 小さくほくそ笑む。

 フラメルの中で既にミーシャを確保することは確定した。後は、巨人との戦いによって半壊したグルカ城から何処へ向かったかである。

 顔を見られればどうなるか分からない帝国領の中なのだ。必ず人目を避けるはず。そして、男の情報から、巨人と戦っていたことも分かった。魔術を用いるようだが、必ず付かれているはず。グルカ城から最も近く、人が少ない場所。

 フラメルが地図の所々に目を落としていく。その先には村というには少し、大きく街と言うには小さすぎるもの……牧場や開拓村などがある場所だった。


「ノエル騎士団長」

「はっ!!」

「今すぐ、検問警備の増員を命じる。どんな小さなことでも報告させろ。特にこの小娘に関係することを優先的にな」


 丁寧に頭を下げて騎士団長が退出していく。後に残ったのは、床に押さえつけられていある男とそれを押さえつけている騎士、そして領主のみだ。


「この男をどういたしましょうか?」

「ヒィィ…………」


 グイっと髪を掴み上げる騎士が主に問いかけ、それを聞いた男は情けない声を上げて大きな体を縮こませる。


 男にあるのは、こんな場所に来てしまったのだという後悔だけだった。白髪の男から剣を奪い取り、その切れ味に驚いて取り巻きたちと一緒に盛り上がっている時にそれは現れた。暇だからと城の中をあちこちと歩き回り、偶然高台にいたから誰よりも早く発見できた。その姿を目にした瞬間、酒は一瞬で抜け落ち、頭が冴えた。

 黒い影がいつの間にかそこにあった。どうやってそこに移動したのか、いつからいたのか。そんな疑問は頭に浮かばなかった。男の頭の中にあったのは、逃げろの三文字。不気味な存在に恐怖し、その場から逃げ出したのは正解だった。男の行動に何事かと目を丸くしていた取り巻きたちは、男が身を潜めた瞬間に凍り付いた。


 戦いが終わるとあの少女がフードを脱ぐ姿を目にした。自分では目にしたことがない綺麗な肌をした子供。見た目だけで自分とは違う世界の住人だということが分かる。そして、名を聞いたときに、納得した。その名は、隣国の王女の名前だったのだ。男だって世間の噂ぐらい耳にしたことはある。『帝国が王女を追っているが未だに捕まえることができずに頭を抱えている』そんな噂が市井で流されている。だから、報酬が貰えると思ってここに来た。

 男の間違いはその情報だけで、貴族が自分に敬意を払うと思ったことだろう。

 その間違った認識の結果、男は騎士団に拘束され、囚人の様に判決を待つしかなくなった。


 蔑んだように男を見るフラメル。

 自らの館に無礼にも踏み入ってきた男。この男の価値は情報を吐かせた時点で既になくなっている。


「——処刑しろ」


 ためらいなく言い放つ。

 判決を言い放された男が、叫び声を上げながら数人の騎士によって連れ去られていく。その声すら煩わしいとばかりに目を細め、書類の整理へと戻っていく。

 手に取ったのは皇帝直々の命令書。

 新たに編成される騎士団として、伯爵の最も有能な騎士を迎えるといった内容だ。

 もうじき五年に一度に行なわれる武闘大会があり、それに出場させようと思っていた騎士が数人いるので、実力のある騎士は既にピックアップ済みだ。だが、皇帝直々の命令なのだ。それでは足りない。その中から最も礼節をわきまえた者でなければならない。

 不快な男のことを忘れようとフラメルは作業に没頭してく。


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