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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第七章
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二つの道

 

 シグルドとレティーの壮絶な鬼ごっこから三日。あれから何とか誤解を解いたシグルドはレティーと共に未だに意識を戻さない二人を背負って暗い洞窟と思われる場所を歩いていた。

 ガンドライドをシグルドが背負い、ミーシャをレティーが抱え、広く暗い空間の中を進んで行く。先頭を歩くシグルドの手には青い炎が灯された松明が握られている。


「本当にこの炎はどうなっているんだろうな」

「そうですね。私も最初見つけた時は不思議に思っていました」


 シグルドが松明を掲げて不思議そうに炎を見詰めるとレティーも同じことを思ったのか同意を示す。


「熱を感じることもなければ、料理に使うこともできない。炎、と称していますが、それは本当に炎なのか疑問に思う所です」

「確かに、それは俺も思ったよ」


 足元を照らすために利用している青い炎。ゆらゆらと揺らぐ光景は炎とさして変わりはないが、炎にあるはずの熱は全く感じられない。

 熱を感じない青い炎。これに興味がないと言えば嘘になる。なんせ、初めて見るものなのだ。研究者ではないが、シグルドは冒険好きな方だ。未知との遭遇というものには心が躍る。


「黒竜の叡智でも使えば分かるか?」

「そういえば、そのようなものを持っているとおっしゃっていましたね。使用されないので?」

「多用すると頭痛で最悪動けなくなるからな。それに、知らないことは自分で知っていった方が楽しいだろ?」

「……はぁ。そういうものですか」


 気のない返事を聞いてシグルドは苦笑いを浮かべる。どうやらシグルドの言っていることはレティーにはあまり理解できないようだ。


「——ん?」


 レティーから視線を逸らし、前に向き直ったシグルドが足を止める。


「どうされましたか?」

「いや、どうしようかと思ってな。ホラ」

「え?」


 声を掛けてきたレティーに答えるように目の前にあるものを松明で指し示す。灯りが照らされる範囲が広がり、一寸先も見えなかった場所が露になる。

 そこに、シグルドが足を止めた理由があった。


「分かれ道ですか」

「さて、どうしようかな?」


 目の前に現れた絶壁に二つの分かれ道。それを前にして二人は顔を見合わせた。





「…………」

「……まだ、目を覚まさないか?」

「はい」


 レティーにシグルドが問いかける。

 疲労と魔力切れを起こし、落下の衝撃で気を失ったミーシャに代償付きの魔術を発動させられたガンドライド。シグルドの下手くそな治癒(ベオーク)のルーンで傷を治しているものの効果が現れることはなく、逆に酷くなっているように感じられる。


「ミーシャはともかく、ガンドライドなら一日眠れば大抵の傷は治っていたんだがな」

「ガンドライド殿が回復しない理由………………やられた傷そのものが原因でなければ、やはり、この場所が回復を阻害しているとしか」

「そう考えるしかないよな」


 手頃な岩を椅子にして、魔剣を下ろす。

 目の前には二つの分かれ道。アレから数刻。シグルド達はどちらに行くべきかの議論を行っていた。


「どちらに行くべきでしょうか?」

「さぁな。雰囲気が良い方に行くべきだって迷った時は教わったが……」

「どちらも同じように見えますね」


 暗く、陰湿な空気が立ちこむ二つの道。道を間違ってしまえば時間はかなり削られることになる。


「これって運よく二つの道が同じ所に着くようになってたりしないか?」

「ふざけないで下さいレイ殿。そんな都合の良いことがあるはずがありません」

「……そうだよなぁ」


 どっちに進むべきか見当がつかない。もっと人数が多ければ下見として派遣したり、分かれて行動もできた。だが、今は意識を戻さない二人の存在がいる。

 二つの道から漂う雰囲気。空気はどんよりとし、今にも死者が這い出てきても可笑しくはない。


「まるで今の状況を指し示しているようです」


 迷っている最中、レティーが唐突に口を開く。


「どういう意味だ?」

「……私達とこの二つの道のことですよ」


 意味が分からずシグルドが問いかけるとレティーは目の前の道を指し示して答えた。


「レイ殿は今、殿下をどう思っておいでですか?」

「……なるほど、そういうことか」


 何が言いたいのかを理解する。これはつまり、簡単に言ってしまえばミーシャが裏切ったことについて報復するか否か。という話だと結論付ける。


「それについてならあの屋敷で言った通りだが?」

「本当にそうでしょうか? 貴方は傭兵です。傭兵ならば名誉と報酬。それが何よりも大事なはずでは?」


 裏切ったことに捨て駒扱いされてどうするのか。そんなことは既にシグルドの中では決まっていた。

 背中を支えていくと守ると言った言葉に嘘はない。例えこれまでミーシャに騙されていようと、これから騙されようともそれがぶれることはないと断言できる。しかし、レティーはその言葉では納得しない。

 何故なら、彼女の知る傭兵の在り方は違い過ぎていたからだ。

 基本的に傭兵はレティーが言ったように名誉、そして報酬を欲している。

 戦場を駆け、名声と力、富を手に入れる。それが傭兵の名誉。それが傭兵の夢見る戦士としての生活だ。


「名誉も報酬すらも守られず、貴方は犯罪者にまでなってしまった。しかも賞金まで掛けられて。これは傭兵としては致命的ではないのですか?」

「その通りだな……名誉と報酬が欲しくはない。と言えば嘘になるが、別にそれに固執している訳ではないよ」

「犯罪者として他の傭兵に狙われることになるかもしれませんよ」

「別に構わないよ。俺は基本的に一人だったからな。昨日親しくなった人間が次の日に敵として立ち塞がって来た。何てことはあったから慣れているよ」

「————意味が分かりません」


 シグルドの言葉に嘘はない。ありのままを心に思ったことを正直に告げていると分かってしまう。感情を見抜けば見抜く程相手のことが分かるはずなのに……シグルド相手ではそれは通じない。逆に感情は見抜けるのに訳が分からなくなっている。


「本当に何なのですか? 貴方は……」

「何なのって酷くないか。俺はミーシャについていくことを決めただけの傭兵何だが」

「それでは説明が付きません!!」


 珍しくレティーが声を荒げ、立ち上がる。。その表情は何か思い詰めており、どうすればいいのか迷う子供のようだった。


「裏切られたのですよ? 命の危機に晒されたのですよ? 仲間が死にかけたのですよ? なのに何で貴方は怒りも恨みもないような涼しい表情をしていられるのですか!?」

「別に何も感じないって訳じゃないよ。あの光景を見て俺も歯がゆい思いはした。でも、あの()が悪いとは俺は思えない」

「何故——」


 キッパリと言い切るシグルドにレティーは絶句する。迷いも戸惑いもない。あまりにも真っ直ぐな言葉と感情にレティーは数歩後退る。


「王族の名前を出してまで約束してくれたというのに殿下はそれを自身で破られた。忠誠を誓っていた部下を切り捨てた。関係のない者達まで巻き込んだ」


 王族の名前まで出して結ばれた約束。アレは簡単に破られた。誇りは何処へ行ったのか。何故王族の名を汚すようなことをしてしまったのか。これまで捧げた忠誠は無駄だった。街で生活していく内に親しみを覚えた人達すらもミーシャにとっては憎しみの対象だった。

 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。どうしようもない感情が胸の内を燻る。それが何なのか、レティーは理解してしまった。しかし、それは王族に忠誠を捧げた臣下は持ってはいけないもの。

 何をするべきだったのか。何をして欲しかったのか。何が、足りなかったのかを考え、その感情から必死に目を逸らそうとする。けれど、シグルドの裏のない言葉に、感情に充てられてしまった。


「あぁッどうすれば良いのですか。せめて、貴方が怒りを覚えてくれていたのなら——私は王族のために死ねたのにッ」

「……そんなことを考えていたのか」

「そんなこと? そんなことですか? 確かに貴方からすればくだらないことかもしれない。けれど!! 忠誠を尽くす者に…………」


 言葉が小さくなっていく。それを言葉にしてしまったら歯止めが利かなくなる。そんな雰囲気だった。

 両者の間を沈黙が支配する。そして、暫くしてレティーが顔を上げ、シグルドの目をしっかりと見つめた。


「教えて下さい。どうすればそのような極致に至れるのですか」

「極致って…………俺はそんな大層なものを持っている訳じゃないんだが」

「そんなはずはありません!! そうでなければ殿下を許せるはずがない!!」

「ホントだよ。しいて言うなら俺はミーシャが何かを隠していることは分かっていただけだ」

「え、えぇ!? そ、そうなのですか!? では、何故今まで一緒に? やっぱり——」

「違うぞ。多分今、アンタが考えていることとは違う。前も言った通り欲情とかじゃないから」

「…………」

「信じてないって目だな」


 シグルドの発言に対して疑わしい目を向けてくるレティー。本当の事なのに少しばかり悲しくなる。だが、それもこれも全てはシグルドが説明もなくミーシャの体を弄ろうとした結果である。

 溜息をつき、意識を切り替える。


「まぁ良いさ。それよりも、今は先に進もう。この話は俺達だけで進めていい話じゃない。続きは二人が目を覚ました後でだ」

「ま、待って下さい。殿下の前では話しづらいから今ここで私は——」

「だからこそだよ。多分、ミーシャはこういったコソコソ話を嫌ってる。なら正面から言ってやれば良い」

「そんなこと……できるはずが。何より、どう進めばいいか分からないではありませんか!?」

「そのことなんだが俺は今、いいことを思いついたんだ。乗るか?」

「真面ではないことは確かだと感じます」


 レティーの言葉に苦笑いを浮かべる。確かにこれは真面ではない。未知の土地で、圧倒的情報不足だというのに自分達の命を預けるものがコレなのだから。

 懐から金貨を一枚取り出し、親指で勢いよく弾く。

 キーンと心地よい音を鳴らしたコインは空中で回転しながら再び重力に従って落ちてくる。

 シグルドが何をしているのか。どんなに鈍い人間でももう分かっただろう。そう。コイントスである。

 パンッと乾いた音が響き、シグルドの手元にコインは収まる。


「こんな大事なことをこれで決めるのですか!? それに私の話は終わってません!!」


 手を開けようとした瞬間、それを阻止するために横からレティーの手が伸びてくる。彼女の言い分はもっともだ。どちらの道に行くかにしても、レティーにしても簡単に流していいものではない。——が。


「その通り、調べようにも人数が足りないのならこうするしかないだろ。運を天に任せてみるのも旅の醍醐味だ。それに、アンタにだって言えることだ」

「どういう、意味ですか?」

「何に悩んでいるかは分かっている。ミーシャと袂を分かつかどうかを悩んでいるんだろ? これを機に別の道に進むのも良い。だけど、これまでの教えがそれを許さない。そんな所か」

「……その通りです」

「なら、迷っているのなら勢いで決めて突っ走るのもありだ。コレみたいにな」

「——え?」

「裏が右で、表が左だ」


 それだけ言うとシグルドはコインを隠していた手をどける。そこには、表を示す帝国の初代皇帝が彫られた帝国金貨があった。


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