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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第六章
118/124

代償


 時刻を少し遡る。

 まだ北門には住民達が到達しておらず、ミーシャが皇帝と対峙していた頃——。


「痛ったぁ、あのクソ女共。今に見てなさいよ」


 ディギルとある路地裏。そこには鎧を脱ぎ捨て身軽な姿になったガンドライドの姿があった。怒りの表情を浮かべており、頬には大きな痣があり、彼女の美貌を台無しにしている。何故、そうなったのか。理由は勿論ある。

 帝国の騎士団を壊滅させ、目立つように進軍していたガンドライドの元に現れた一人の老婆。そして、その老婆を倒した後に現れた全身真っ黒の魔術師が原因だ。


「絶対に倍返ししてやる」


 ギリッと歯を喰い閉め、手古摺らせてくれた老婆と頬に一撃を喰らわせてきた女に復讐を決意するガンドライド。その時、後ろに影が現れる。


「よぉ、無事だ——じゃないな。うん、分かったからその槍を下ろせ」

「後ろに立つな。喋りかけるな。息をするな」

「辛辣すぎる」


 現れたのは、ガンドライドとは別の方面で囮を務めていたシグルドだ。来ている衣服を所々焦がしてはいるものの外傷はない。

 自分とは違い無傷で生還したシグルドに舌打ちを打つと喉元に突き付けた騎乗槍を下げる。


「一緒にいた女は?」

「合図を見ただろう。アレが打ち上がったということは、暗殺が失敗したということだ。こっちに向かっている。と思いたいが、望みは薄いな」


 本来の作戦では、一定の時間囮が暴れて撤退のはずだった。シグルド、ガンドライド。二人が撤退する時間が経つ前に合図が打ち上がるということは暗殺の失敗を意味する。騎士をできるだけ惹きつけ、護衛を減らしたと言っても全員がいなくなる訳ではない。暗殺者の処遇など決まっている。包囲網を潜り抜けていて欲しいと思うが、それを許すほど帝国騎士は甘くないだろう。

 シグルドやガンドライドにとっては撫でれば吹き飛ぶようなものでもレティーにとっては巨大な壁なのだ。


「ふーん。あっそ」


 自分から聞いたにも関わらず、ガンドライドの反応は淡泊だった。シグルドも反応を予想できていたため何も言わない。何より、気になることが一つあった。


「その頬、大丈夫か?」

「あぁ?」


 ガンドライドの大きく腫れあがっている頬。一体何があったのか。先程は流してしまったが、痛がる様子から心配してしまう。


「ふん。何だその顔は? お前に心配される筋合いはない」

「そうだろうが…………お前程の実力者に傷をつける何て只者じゃないだろ? 少し情報共有をして欲しいと思っただけだよ」

「してくださいと言え。そうすれば教えてやる」

「お願いします。ガンドライド様。どうかこの私に情報をお聞かせ下さい」

「…………」


 こう言えばシグルドは怒るだろうと考えたガンドライドだが、あっさりと頭を下げ、ふざけることなく真摯な態度を取ったシグルドに言葉が詰まる。

 思い通りにならず、不機嫌になる。けれども、自分からやれと言ったのにやっぱり教えない。都合が悪くなったから逃げる様な感じであまり良い気分ではない。

 戦いで卑怯な手を使うことも厭わないガンドライドだが、逃げることだけはしたくないのだ。


「この頬に、一撃くれやがったのは何か真っ黒い魔術師だった。その前にも不死者(アンデッド)みたいな雰囲気のババアには出会ったけどな」

「魔術師? それに不死者に似た雰囲気だと?」

「そうだよ。どっちも女。魔術師の方は後から来てババアを回収しに来ただけとか言ってた」

「それで挑んだら負けた、と——」

「負けてねぇよっ。一撃くれてやろうと思ったら撤退の時間になったから撤退しただけだ!!」

「す、すまん。悪かった」


 般若のような形相で詰め寄って来たガンドライドにシグルドもたじろぐ。


「……それで、他に何か分かったことは?」

「チッ——ババアの方の力は私よりは下だったから特に問題はなかったよ。水妖精(ウンディーネ)のスキルを発動していた私に触れてきたけどな。気持ちの悪い」

「触れるって……水に触れたとかじゃないよな?」

「当たり前だろ。アレは、何というか……肉体に触れられたというよりも、その内側、魂に触れられたような」

「魂って……」

「あ? 馬鹿にしてんのか?」

「いや、違う。そうじゃない。そうじゃないから槍を下げてくれ!? 実感がないだけだから!!」


 再び詰め寄られる形になるシグルド。何とか喉元に突き付けられる騎乗槍を下げさせると周りに人影がいないかを確認する。

 本気の目をしていたガンドライドを止めるためとは言え、騒ぎ過ぎてしまった。幸いなことに誰もいないようだが、今後は気を付けようと心に固く誓う。


「取り合えず、そいつについては置いておこう。実力はお前よりも下だったなら、問題ないだろう。それよりも後から来た魔術師については?」

「さぁな。分かってることなんてあのババア以上にないよ。意味不明な力で吹き飛ばされただけだしな。まぁ何ともなかったけどな!!」


 何ともないのならばそんなに痛そうに頬を抑えないだろうという言葉を飲み込む。

 明らかな強がり。単純な打撃であるならばガンドライドの体を捉えることはできないだろう。捕らえることができたのは、触れてきたと言う老婆の力か、それともその魔術師の力か。あるいは、その両方か。


「(今はそういう奴らがいるってことだけ頭に入れておくか)」


 今はゆっくり考える時間はないため、思考を中断し、シグルドは視線を前へとやる。そして、しばらく二人は無言で歩き、目的地へと足を動かす。


「ん? 馬?」

「あぁ、俺達が使っていた馬だ。レティーの言っていた通り、賢い馬だな」

「へぇ。それじゃあ、ここが合流地点?」

「そうだ。っていうか、知ってるだろ? 俺達の話を聞いていなかったのか?」

「アンタ達はともかくお姉様の話を私が聞き逃す訳ないでしょ」

「……そですか」


 二人が辿り着いたのは予定していた集合地点である二階建ての馬小屋だ。表向きは商人が使っているように偽造しており、レティーと結びつかないようになっている安全な避難場所の一つ。

 入り口付近にはシグルドとレティーが使用していた馬が静かに佇んでおり、シグルドが柵を開けると自分から中に入っていく。


「お姉様―? 只今戻りましたぁ!!」

「静かにしろ。近くに騎士がいる可能性だって」

「お姉様―!!」

「……聞いちゃいねぇ」


 馬に続き、ガンドライドが中へと入り、ミーシャの姿を探す。


「お姉様~!?」

「上にいるんじゃないのか?」

「そうかっ」


 キョロキョロと一階を探し回るガンドライドに声を掛ければ、すぐさま梯子を駆け上がっていく。

 それを見た後、シグルドは入口の柱に身を隠して外を窺う。遠くからは騒音が響いており、まだ騎士達が冷静さを取り戻していないことが分かった。これならば、レティーが逃げ延びている可能性に賭けて待っても良いかもしれない。

 ここから先は逃げるだけ。正面を自分が、後方をガンドライドで固めれば、薄い警備の一つは超えられるだろう。だから、早く来てくれと願っていると上から降りてくる気配を感じる。


「いない」


 振り返ればそこにいたのは意気消沈したガンドライドが一人。

 何故彼女が意気消沈しているか。何故一人なのか。『いない』という言葉は誰を指しているのか。それを察したシグルドはガンドライドを連れて直ぐに馬小屋を飛び出した。

 屋根へと上り、目立つことも構わずに街中を走る。捕虜として捕まったのか、別の隠れ家にいるのか。小さな可能性でも最悪を防ぐために脚を動かす。

 そして、謎の魔力の爆発によって混乱を極める中、もう探す所などないと思い始めた頃——頭の中に声が響いた。

 ——あそこに行けと。標的(てき)がいるぞと久しく聞こえた声が向かうべき場所をシグルドに教える。

 その声に従うべきだと本能が悟った。

 記憶が曖昧になり、体が思考を無視して動き出そうとする。これは一体何だ。何が自分の体に起こっている。そんな疑問すら浮かぶことすらも可笑しいと思ってしまう。


 これは正しいことだ。

 そう信じて脚を踏み出そうとした時、視界の端で血反吐を吐いたガンドライドの姿を見た。


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