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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第六章
112/124

暗殺者の覚悟

 

 まずは街の平民区画にある南と東にある食糧庫をガンドライドが襲い、火をつけて騎士を貴族区画から誘い出し、シグルドが北から攻めて残った騎士を引き付け、レティーが暗殺を行う。それがミーシャが考えた作戦だ。

 東の食糧庫に行った騎士達にシグルドが挟撃される可能性もあったが、誰もシグルドが破れるということは想像しなかった。

 何故なら彼は竜殺し。人外の怪物を討伐した英雄だ。それは正に人の形をした災害と言っていい。握力は人の頭蓋骨を簡単に握り潰せるぐらいあり、腕力は丸太を片手で振り回せる程。地面を蹴れば、数十メートルの跳躍が可能であり、剣術は帝国の騎士の上を言っている。加えて魔力操作や魔術もミーシャから学び始めたおかげで多少扱えるようになってきている。

 そして、ガンドライドが敗北することも考えなかった。彼女はあの幻影の騎士(ワイルドハント)だ。混じり合った妖精が水妖精(ウンディーネ)なこともあって水妖精が扱う魔術やスキルも受け継いでおり、体を液化すれば物理攻撃は通じなくなり、シグルドに匹敵する腕力はどんな相手だって叩き潰すことができるだろう。


 当初は無謀だと思ったレティーでも、二人の戦歴、出自を聞くと、例え帝国騎士団長が出てきたとしてもやられるはずがないと判断した。

 二人が中から騎士を誘き出し、皇帝の近くにいる騎士を削れるだけ削る。それができれば後はレティーの役目だ。

 故郷を離れ、異国の地で敵に正体がバレないように接してきたレティー。暗殺は彼女の本職ではないものの、身に着けていた技は本職の者達に劣らない。

 帝国騎士達の警備の隙をつき、確実に皇帝の暗殺を成功させる——はずだった。


「ごほっ——っ」


 背中から地面に叩き付けられ、肺にあった空気を吐き出す。生々しい切傷が付けられ、体中から出血していた。

 そう、今まさにレティーは追われる立場にあった。

 騎士の護衛をすり抜け、侵入者を知らせるために用意された魔術結界。両方をすり抜けたと思った矢先に警戒音(アラーム)が鳴り響いたことでレティーの暗殺は失敗に終わってしまった。

 警備にも結界にも最大限の注意を払い、完璧にすり抜けたと思ったのに何故——。疑問が頭に過るが、今はそれどころではない。

 受け身も取れず、二階から窓硝子を突き破って落下したレティーの損害は大きかった。額には殴られた痕があり、脳震盪で視界はグラグラと揺れる。それでも立ち上がったのは、次に繋げるためだ。口を割るつもりはないが、捕まっては魔術で情報を抜き取られる可能性がある。そうならないためにも、まずは隠れることが優先だった。

 遠くから男達の声が耳に届く。恐らくは皇帝直下の騎士達だろう。


「——クソッ」


 暗殺者は様々なパターンを考えなければならない。まず一つの暗殺手段。それが失敗してしまった時の予備の暗殺手段。更に予備の予備の暗殺手段。逃走経路。身を隠す場所。そして、万が一に捕まってしまった際の脱出手段に最終手段。

 勿論捕まらないことが最も良いのだが、自身の足の速度を考えると用意していた隠れ場所まで到達するよりも騎士達の包囲網の方が速く、捕まる可能性が大きかった。

 だが、今はまだ柄回る訳にはいかない。まだ、シグルドとガンドライドに送る合図を出してはいないのだ。


「いたぞ!! 捉えろ!!」

「——ッ。優秀ですね帝国の騎士はッ。もう少し遅く来てくれてもいいですのに」


 迅速に動き、逃げ道を塞いでくる騎士に歯噛みする。

 合図に必要な道具もこの先の茂みに隠してあるため、シグルドとガンドライドに合図を送るにはこの包囲網を突破するしかない。


「投降せよ。さもなくば、ここで斬り捨てる」

「お断りしますッ」


 降伏勧告をしてくるがそれに取り合わずにレティーは腰鞄に手を突っ込む。

 レティーにシグルドやガンドライドのような桁外れな戦闘能力はない。精々帝国騎士を一人二人倒せれば良い方だ。だからこそ、複数に囲まれている時点で取る手段は一つだ。


「失礼致します!!」


 取り出したのは茶色く、丸い物体。暗記の類かと騎士達が身構えるなか、レティーはそれを大きく振りかぶり、地面に叩き付ける。


「——な!?」

「これは一体」

「め、目がッ」


 叩き付けられた瞬間に噴き出た瞬間に目に鋭い痛みを感じた騎士達が悶える。暗器ならば全身鎧(フルプレート)で身を固めていた騎士達には通じなかった。レティーの細腕で剣を持ったとしても真正面からでは本職には敵わない。

 しかし、実体のない煙であるならば鎧では防ぎきれず、鍛えた筋力も意味はなさない。


「(効果はかなりありますね)」


 悶える騎士の横を全速力で顔に布を巻いたレティーが駆ける。手の中には先程地面に叩き付けた物と同じ物があった。

 催涙玉——カリプシン、オレジンといった激辛の食物から作ったもの。範囲を広げるために火薬もほんの少し使用している。まともに食らえば、目やの喉に痛み、呼吸困難、鼻水などを引き起こす効果を持っている。

 どうやって効果を調べたかは黙秘しよう。


「おのれッ——貴様何をしたぁ!!」

「——グッ」


 騎士の間を駆け抜ける——が、騎士の数が多かった。催涙玉の効果範囲外にいた騎士達が第一陣を抜けてきたレレティーに向けて動き出す。

 振り下ろされる刃を半身になって躱し、勢いを殺さずに騎士の脇から前に抜ける。だが、一人抜けてもまだ安心はできない。

 降伏勧告を無視したレティーに騎士達は容赦はしない。今度は左右から二つの刃が襲い掛かる。確実に殺すために頭部と首筋を狙う刃。

 力押しでは勝てないことを分かっているレティーは頭部を狙ってくる刃を短刀で、首筋を狙う刃を手の甲を添えてやり過ごす。


「ぐぅうっ!! この程度でぇ!!」


 手の甲で軌道を逸らすことに成功するが、変わりに手首から肘にかけて斬られる。しかし、脚を止める訳にはいかない。

 足を止めたら最後、抜き去った騎士にも追いつかれ、今度こそ袋叩きならぬ袋斬りにされてしまう。


「早く捕まえるんだ!! 全員で押さえ付ければ簡単に終わるだろう!!」


 視界の外で誰かが口にした指示が聞こえる。焦りと僅かな苛立ちを感じたのは気のせいではないだろう。人の声は本人が思っている以上に感情を表すものだ。

 ならば、もっと苛立たせてやろう。そうレティーはほくそ笑む。


「もうっ一発!!」


 催涙玉の範囲は包囲よりも狭い。例え二つある催涙玉を使っても全員の脚を止めることはできない。

 けれどもレティーの今の目的は合図を打ち上げることだ。それを達成するためにはどんな傷を負っても良いと覚悟する。

 最悪は、合図を上げることができずに捕まること。最善は合図を上げて死ぬことだ。

 最後の催涙玉を地面に叩き付け、周囲にいた騎士を行動不能に陥らせる。


 喉に焼けるような痛みが走る。鼻水が流れ、目が痛い。

 どうやら僅かに吸ってしまったらしい。それでも、来ると分かって準備していた分、騎士達よりは動けた。


「(火薬に火をつけて打ち上げるまで五秒。この間にっ)」


 煙の中から飛び出し、茂みの中に滑り込む。

 二つ目の催涙玉を使っても騎士全員の脚止めはかなわなかったが、距離はできた。茂みの中からボウガンを引っ張り出し、予め装填していた矢の刃先に花火玉を括りつける。

 催涙玉で周囲の騎士は動きを止めている。効果範囲外にいる騎士は間に合うことはない。しかし、一つだけ失念していたことがある。


「……あっ」


 それは、弓兵の存在だ。

 屋上にいる五人の弓兵。それを目にした瞬間には体に矢が突き刺さっていた、


「ぐっぞ——」

「よくやったぞ。弓兵部隊。今の内に確保するんだ」


 倒れ込んだレティーに騎士達が近づき、体を締め上げる。


「隊長。この者はどう致しましょう」

「決まっているだろう。街の牢屋に入れておけ。それと警戒は続けろ。まだ賊がいるかもしれん」


 血を流しすぎたのか、一向に体に力が入らない。これは本当に自分の体なのかを疑う。騎士達は傷などお構いなしにレティーの体を締め上げる。

 けれども、まだ終わる訳にはいかなかった。何故なら——


「おぉお!!」


 合図が無ければ、全てをミーシャは失ってしまうから。

 獣のような声を上げて腕を拘束する騎士に頭部を叩き付け、拘束を抜け出し、ボウガンを取り上げた騎士に飛び掛かる。

 動き出す瞬間に背中を斬りつけられるが、関係ない。体ごとぶち当たり、地面に転がりながらボウガンを奪い合う。


 ——もうこれ以上、失態を重ねる訳にはいかない。最悪を避けるために、戦力を残すためにも必ず二人を撤退させなければいけない。それが王国、そして殿下のためになるのだからと火事場の馬鹿力を発動させる。


 負傷した相手を捉え、もう抵抗できないだろうと思いこんでいた最初の時しかもうチャンスはなかった。

 騎士が加勢にやってくるが、最後の力を振り絞り、暴れる。


 そして、その夜一つの花火が上がることになる。

 七色に輝く花の形をした花火。それは街の様々な場所で確認することができた。衝撃と爆炎が止まない北の地区でも、幻影の騎士と一人魔女が対峙する南東の地区でも。————そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 この夜、忠義の暗殺者は任務を達成できずとも、覚悟を示したのだった。


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