天然と人造
食糧庫の炎、北門の爆発による炎とは別に街の通路に深紅の炎が燃え上がる。黄金亭へ向かおうとする騎士達を塞ぐように壁になり、熱波が騎士達を襲う。
騎士達の身を守っている全身鎧も物理的な脅威には強いものの炎という現象には弱い。むしろ炎の熱で鉄が熱くなり、身に着ける騎士達に被害を出している。
時折、覚悟を決めた騎士が炎の壁の向こう側に行こうと近づくも炎が皮膚を焼いて悲鳴を上げて焼け死んでしまう。
本来ならば炎を燃え上がらせるための材質すらない街のど真ん中で炎が燃え続けるという奇怪な光景。魔術か魔術道具か——。普通の炎ではないことはハッキリと誰もが理解し、皇帝を逃がすために炎を出したであろう元凶を探し出そうとするのに時間はかからなかった。
そして、数ある街の通路の一つで男達は向かい合う。
「よう、アンタが侵入者か?」
「あぁ、そういうお前は何だ?」
軽く、挨拶をするような感じで確認を取る。
「俺は一応帝国で騎士団長の役割を担っているものだ。と言っても、最近その席にはついたばかりだけどな」
「なるほど。お前が噂にあった闘技大会の優勝者か」
就いたばかりで苦労しているのか溜息をつくレギンを見てシグルドは耳にした噂を思い出す。
曰く——農村出身。
曰く——貴族の隠し子。
曰く——騎士の鏡。
などと言われており、他にも——出身は恐らく農村だろうと言われているが、農民らしくない礼儀作法と整った顔立ちが令嬢達に気に入られているとも噂されている人物だ。
「随分早いお出ましだな。もっと後ろに控えてるもんだと思ったよ」
「俺もそうしたかったよ。だけど、ここは帝国の重要な拠点だ。そんな場所で何時までも暴れられると帝国そのものが舐められるらしいからな」
渋々と言った態度をレギンは隠さない。その様子にシグルドは少しばかり眉を顰める。
「流石は帝国騎士団長。傭兵ごときには目もくれないか」
「はぁ? 何勘違いしてるんだよ。俺はできるだけ楽になりたいだけだ。腕の立つ輩の相手なんか嫌だよ」
皮肉げに放った言葉にレギンは肩を竦ませる。それを目にしたシグルドは僅かに魔剣を握る力を強くした。
実力者だということは分かっている。しかし、それを加味してもお前に興味はない。そう言われている気がしたのだ。
「剣を抜け、帝国騎士団長。その澄まし面——直ぐにできなくしてやる」
「はぁ、やだやだ」
油断なく剣を構えるシグルド。対してレギンは、剣を抜いたものの片手でダランとした状態を保つ。
「傭兵、シグルド・レイ」
「……はぁ、帝国騎士第三団長、レギン・へグス」
名乗りを終え、静寂が辺りを支配する。
名高い帝国騎士団長が目の前にいるという事実にシグルドは高揚する。軽んじられているのは事実だ。しかし、この場合挑戦者はシグルドの方だ。噂の帝国騎士団長に選ばれる程の実力者であるのならば、その傲慢も当然と思っていい。
戦士ならば口ではなく力で、行動で証明し、勝利を得るしかない。
性格は噂とは違い、良いとは言えないだろうが実力はあるはず。証拠に腕をダランと下げているように見えるが、いつでも動き出せるようにこちらを伺っており、隙は見当たらない。
「いざ、尋常に————勝負!!」
互いの距離は約十メートル。二歩で距離を詰め、魔剣を上から振り下ろした。
いつも通りならばもう就寝していた時間帯。騒がしい音に目を覚ました皇帝ビルムベルは長椅子にゆったりと座りながら酒を飲む。
夜中に酒を飲むなんてとバレれば医者が泣き叫ぶようなことをしているが、気にせずに飲み続ける。
別に喉が渇いていた訳ではない。
では、何故こんな時間になって酒を飲んでいるかと言うと、ビルムベルの目の前にいる黒い魔女のせいである。
「あぁ~~。やっぱ夜に飲むお酒は特別感あるわぁ~」
騒がしい音に目を覚まし、寝室から出てみるとそこにいたのは長椅子に横たわり、仕事終わりの一杯としゃれこんでいるウル。グラスなど使わず、ボトルごと一気飲みしている姿だった。
正直言って寝起きに何を見せられているのかとも思ったが、酒を飲むことだけならば他の部屋でもできることだ。ならば、話があるのだろうと思い、対面へに腰を下ろす。
「それで、何用だ?」
「ん~? あ、そうだった。今さっき襲撃があったって」
「だろうな」
酒に酔っているのか、ふざけているのか、ウルが体を起こしながらもう一度酒を飲み干す。
「まずは第三食糧庫に第四食糧庫。次に北門で襲撃。いやぁ、やっぱり有能な奴を頭に据えておくべきねぇ。都市長が焦って行動してドジ踏みまくってるわ」
都市長であるコルドールが慌てているであろう様子を想像し、ウルがケラケラと笑う。
この部屋に外の状況を伝える騎士は来ていない。当然ながらウルも事情を説明して貰った訳でもない。だが、まるで見ていたかのように面白そうにウルは語る。
「うんうん、襲撃者は今の所四人と一体。ここに向かってくる奴がと騎士達を足止めする奴。そして、戦場を更に混沌とさせようとする奴がいる」
「……そうか」
指を四つそれぞれ立てて敵がどんな動きをしているかをウルが説明する。
「貴様は何のためにここにいる?」
「一応貴方の配下って形になってるからね。許可を貰いに来たのよ。貴方を守るためにいたんだけど、相手に興味深い奴を見つけちゃってね。そっちに行っていいかしら?」
「そちらは騎士団長に任せよ」
「レギンなら足止めしてる方に行かせちゃったわよ」
「ならば、実験体を使えば良い」
そう言ってビルムベルはグラスに口付ける。
対してウルは、返事をするでもなく背凭れに体重をかけ、皇帝の言葉を聞いてニンマリと笑みを浮かべた。
「確保できるかちょっと心配だけど、その組み合わせは興味あるわね。そうなったらこれは私の実験体と原石との戦いになる訳だ」
どちらが勝つのだろうか。実験の成果などは目にしているが、天然物と比べたことはない。面白い実験になりそうだと部下に魔術による伝言で記録するように命令をする。
「いやぁ。人造魔剣のデータを取るいい機会だなぁ。アレには特別な素材も使ってるし、早く結果を見たかったんだよね。攻めてきてくれた犯罪者諸君に感謝感謝」
「暴走を止められるように現場に魔術師を配備させておけよ」
実験をするのは構わないが、ここは地下部屋ではなく地上で街の中だ。もし、アレが暴発でもしてしまったらどうなるかが分かっているビルムベルはウルに釘を刺す。
「分かってるわよ。でも、そんな必要ないかもね」
「ほう。そんなに上手く行っているのか」
「えぇ、勿論よ。私の調整は完璧よ」
想定以上の結果が出ていると嬉しそうにウルは語る。
あの地下部屋でレギンが魔剣を手にしてから数日、レギンはしばらく監禁状態にあった。理由は人造魔剣の適合を観察するため。
もし、そこで失敗すれば廃棄となり、成功しても表向きには遠征として、残り数ヶ月、数年かけて地下で調整を続けていき、完成させるはずだった。
しかし——。
「アイツ、元から適合率が高かったらしいわ。人体改造も行って更に適合率が上がったし……もうあの魔剣の力を限界まで引き出せる奴はアイツ以外にいないって思えるくらいに」
当時のことを思い出す。
本来ならば、数ヶ月、数年とゆっくりと時間をかけて辿り着くはずだった数値にたった数日で辿り着いた検体。
強い意思も、覚悟も軽かった男が見せた結果に軽く驚いてしまったのを覚えている。
「貴様がそこまで言うのか。現在の魔剣との適合率はどうなっているのだ?」
人を褒めるというよりも、巡りあわせというものを信じる気になったウルに尋ねる。その言葉に、ウルは待ってましたと笑みを浮かべる。
「驚きなさい。まさかまさかの適合率100%。その気になれば、簡単に街を吹き飛ばせるレベルよ」