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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第六章
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作戦開始3

 

 互いに顔を見合わせ、一瞬のうちに思考を共有した二人が荷馬車の前に躍り出る。腰を低く下げ、荷馬車の上に乗っている男を睨み付けた。


「そこの男、白髪のシグルドだな!? 聞け、我が名はデュール——」

「そして、我が名はグリムスだ!! 貴様の首、我らが頂くぞ!!」


 戦士としての名乗り。それは正々堂々と戦いを行うという宣誓だ。相手が犯罪者である場合は名乗りを返してこないのが殆どなので稀だが——。

 戦士にとって戦いとは己を高めるための儀式だ。故にその儀式を汚すことは戦士を名乗るのならば絶対にするはずがなかった。


 二人が犯罪者に名乗ったのは直感だ。

 二人が見てきた犯罪者というものはどれも目が濁っていた。犯罪に手を染め、騎士などの強い者は相手にせず、弱い者だけを狙う。そういった者達の目を二人は見てきた。

 しかし、目の前の男はどうだ。

 卑怯な奴かもしれないと考えていたが、犯罪者とは思えない真っ直ぐとした瞳に二人は射抜かれ、それは木端微塵に打ち砕かれた。

 この男は名乗り返してくれる。何の根拠もない感覚に釣られて自らの名を名乗っていた。


 ほんの少し遅れて、それは正しかったのだと証明される。


「我が名はシグルド・レイ!! お相手仕る!!」


 夜の街に男の名乗りが響く。

 ガシャン!!と荷車がひっくり返るのではないかと思う程の音が響くと次の瞬間には二人の目の前に人影が現れる。


「いざ——」

「「「尋常に勝負!!」」」


 既に剣はお互いの剣は抜かれていた。

 ギラリと互いが最も信頼する得物を手にした三人は同時にそれを振りかぶる。傭兵の二人は自身よりも低い位置にあった頭目掛けて——。シグルドはそれを迎え撃つように斬り上げる。


 刃がぶつかり合った瞬間に赤い火花を散らす剣。

 拮抗は一瞬。勝敗が付くのも一瞬だった。

 刃を触れ合わせた瞬間に二人の腕には凄まじい衝撃が掛かり、振りかぶった剣も破壊される。

 集中状態である脳は全ての光景を遅くした。長年愛用してきた得物が砕け散る姿。黒く光る剣。そして、身体から飛び散る血飛沫。

 自分は敗北したのだと後ろに倒れながら理解する。先程までは嫉妬や逆恨みに似た感情が胸を支配していたが、今はもうそんな感情はない。

 二人の胸の内にあるのは腕の立つ戦士と真っ向から戦うことができたこと。そんな相手に最後まで戦い抜けたことだけだった。


「戦士デュール。戦士グリムス。久しぶりに戦った戦士がお前達で良かったよ」


 一瞬で勝敗はついた。だが、久しぶりに名乗りのある戦いをしたシグルドにとっては充実したものだった。

 後ろから迫って来た荷馬車に飛び乗り、手綱を握り締める。


「ハッ!!」


 鞭を打たれた馬が嘶き、減速し始めていた荷馬車が加速する。

 決闘の時間は終わった。後に残るのはミーシャから託された仕事のみ。意識を切り替えて、もう一度馬に鞭を入れて加速を促す。

 予定とは違い、拠点が襲撃されることになってしまったが、そのおかげで貴族区画の北門に行くまでの遠回りな経路を省略することができた。

 当初は居場所を特定されないためにも複雑に経路を通る予定であったが、拠点である酒場は騎士に突撃されてしまい、急造の避難場所しかないので隠密行動をする必要がなくなったのだ。

 シグルドの仕事は脱出路の一つを塞ぎ、目立つことだ。

 今頃ガンドライドも自分に与えられた役割を熟している頃だろう。

 そう考えているうちに、再び火の手が上がる。


「どうやら、ガンドライド殿は上手くやれているようですね」


 呟いたのは荷馬車の後ろに隠れていたレティーだ。

 二つ目の立ち昇る煙に炎の赤い光を目にして、ガンドライドが仕事をしていることに案著した様子を見せる。


「良かったです。あの方、最後までごねられていたので……」

「俺達二人の言葉には従わないだけで、ミーシャには従うからな。そこら辺は安心して良いと思うぞ。それよりもあんまり頭を上げるなよ。見つかってしまうぞ」

「分かっております」


 相変わらずの無表情でレティーは頭を下げる。しかし、外の様子も気になるのか、僅かだけ顔を覗かせる。

 周りに騎士の姿はないが、万が一ということはあるので念のためだ。


「レイ殿。こんな時になのですが、脱出する際には馬を逃がすことはできますか?」

「ん? あぁ、馬か。安心しろ。元からそのつもりだ」

「そうですか。良かった。殿下の足になるものは残しておかねばなりませんから」

「確かに……そうだな」


 どういう意図があっての質問なのか最初は分からなかったシグルドだが、最後の言葉を聞いて理解する。

 レティーが懸念したのはミーシャの逃走方法だ。

 もし、負ける気も死ぬ気もさらさらないが、もし全員が死を迎えたとすれば、ミーシャを守る者はいなくなってしまう。そうなれば逃走の手助けをすることもできはしない。

 発見されてしまったら子供の足で逃げ切るのは至難だ。指輪で姿を視認できなくなったとしても見つける方法がない訳ではない。

 ならば、失敗した時のことを考えて一人だけでも早く街から逃げ出せるようにしておいた方が良い。

 荷馬車を引っ張っている馬は長年付き添ってくれていた大切な馬。賢く、大人しい馬で、帰り道も覚えている。開放すれば自然に出発地点まで帰って行くだろう。


「安心しろ。暴れるにしても巻き込むつもりはない。それに賢いからな。自分から脅威からは避けていくだろう。な?」


 シグルドの問いかけに答えるように馬が嘶く。まるで互いの言葉を分かっているかのようだ。

 完璧な意思疎通などできるはずがないのだが一人と一匹の様子に首を傾げる。


「(動物の言葉でも分かるのでしょうか? 確か、小鳥と会話をしていたこともあると殿下から聞いたような……)」


 二人の素性を尋ねた時にミーシャが答えたことを思い出す。正直言って人間の友達がいない人なのかと思ってしまったのは秘密だ。…………人間の友達がいるとは聞いていないが。


「そろそろ準備をしろ。見えて来たぞ」


 シグルドの言葉にレティーは我に返る。

 目の前には内側に続く門。鉄柵が降り、門の前には複数人の騎士が通らせまいと陣取っていた。


「覚悟はできてるか?」

「無論、レイ殿こそ私を殺さないで下さいよ?」


 向かってくる荷馬車に気付いた騎士達が騒ぎ始める。

 止まれ、射るぞ。と警告をする声が響く。しかし、そんな脅しで二人は止まるはずがなかった。

 ダメ押しとばかりに加速させ、簡単には止まらない程の速度となる。


「さて、最後の仕上げだ。死にたくなかったら道開けろよ!!」


 背中にある魔剣を引き抜き、荷馬車そのものを燃え上がらせた。


「行くぞ!!」

「はい」


 燃え上がった荷馬車を目にして騎士達が目を見開いている間にシグルドは馬を逃がし、レティーを抱えて飛び上がる。

 馬がいなくなっても加速しきった荷馬車は止まることはない。泊まることはないが、燃える荷馬車を鉄柵にぶつける程度では破壊できない。本来ならば、大型の破城槌でも持ってこなければ破壊できない代物だ。

 いくら荷馬車が凄まじい速度でぶつかっても破城槌の一撃には及ばない。

 それが分かっている騎士達は焦ったものの直ぐに落ち着きを取り戻していた。


「逃げろって警告はしたぞ?」


 だが、それはシグルドも分かっていた。

 そして、門を破壊するだけの用意もできていた。

 荷馬車にレティーと共に乗せいていた大きな樽が四つ。その中にはほんの少しの量で人の手足を吹き飛ばすことができるレティーオリジナルの火薬がたんまりと入っている。


 魔剣から放出された炎が火薬に引火する。

 大きな樽四つ分の火薬の量。破城槌の一撃すら超える爆発と衝撃が北門を破壊する。その威力は近くにあった家の窓硝子を割り、近くにいた騎士も爆炎に巻き込まれる。

 爆炎はシグルド達の所にも及んだがシグルドが身を挺してレティーを守ったおかげで、レティーは傷一つ付いていない。

 爆炎で赤くひしゃげた鉄柵の目の前に着地するとシグルドが抱えていたレティーを下ろす。


「大丈夫ですか?」

「まぁ、何とか……それよりも、早く行った方が良いぞ。直ぐに騎士達が来る」

「——はい。ご武運を」


 軽く頭を下げてレティーが貴族区画へと駆けていく。その後ろ姿を見送るとシグルドは魔剣を肩で担ぎながらゆっくりと貴族区画へと足を進める。


「さぁて……一国を背負う王様との戦いか。できれば、名高い騎士団長と手合わせ願いたいものだな」


 帝国にいる三人しかいない騎士団長。人間離れした実力の持ち主だという噂は大陸全土にまで広がっている。

 全員が来ているということはないだろうが、一人ぐらいはいるだろうと考えてシグルドは魔剣を肩に担いで暗い街並みを歩むのだった。


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