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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第六章
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花火

 

 ガツン!!と大きな物音が響く。

 帝国の騎士達の手には丸太があり、固く閉ざされた扉に向かってそれを叩き付けている。一定の間隔で鳴り響く、物音はそれが原因だ。

 狭い通路には鎧を纏った騎士が狭苦しくも整った隊列で整列しており、全身から殺気を迸らせている。彼らの目線の先にあるのは一つの酒場だ。

 住宅街に鳴り響く騒音に、家の中にいた人々も窓から顔を出したり、外に出て何事か確認するが、ひりついた空気や夜道に並ぶ騎士達の鋭い眼光に射抜かれて直ぐに中へと戻って行く。


「やれぇ!! もう一息だ!!」


 全身鎧(フルプレート)に包まれた帝国騎士の中で、兜に羽を付けた隊長格が吠える。

 男の言葉通り、何度も丸太をぶつけられた木製の扉はへし折られる寸前だ。これまで扉のを物で抑えていたのだろう。丸太を持つ帝国の騎士達の耳には扉の奥から大きな物音が聞こえていた。


「各々剣を持て!! これより、この街を恐怖に陥れようとした犯罪者を捕縛する!! 敵は手練れだ。抵抗するのならば、腕や脚の一本は切り落として構わない!!」


 威勢のよい返事が空気を震わせる。同時に全員が腰に帯びた剣や戦斧、槍を取り出し、今か今かとその時を待つ。

 そして、遂にその時はやってくる。


 最後の一押し。丸太を持った騎士達がより強く扉に丸太を叩き付けることで、扉は真っ二つに割れる。それを目にした男が剣を掲げて声を張り上げた。


「今だ。突撃ぃい!!」


 その言葉を耳にした騎士達が一斉に扉の中へとなだれ込んでいく。例え、扉の奥に敵が何十人いようとも、どんな卑劣な罠が待っていようとも彼らは怯えることはない。前が倒れるのならば、その屍を超えて、帝国の威を示さんと前に進んで行くだろう。

 ちょっとばかり罠を仕掛けて進行を遅らせようと無意味だ。味方をも踏み越えて行く覚悟をした騎士の脚を遅らせることはできない。


「ばーか」


 紅い火花が散った。

 一番最初にそれを目にしたのは先頭にいた騎士だ。暗く、視界が悪い螺旋階段を下りていた彼は地下に到達した所で、妙な匂いを嗅ぎ取る。

 鼻の奥にツンとくる独特な匂い。一体何だと疑問に思いつつ、首を向けた底にあったのは、樽一杯に詰まった赤い砂だ。それが部屋にぎっしりと詰め込まれている。


 それから先は口を開くこともできなかった。

 後ろへの警告も、悲鳴も上げることができず、衝撃と炎に飲み込まれる。先頭にいた男だけではない。その後ろに続いた騎士も、そのまた後ろも。螺旋階段を下りていた騎士も。上の酒場で待機していた騎士もまとめて吹き飛んだ。





「…………派手にやったな」


 その様子を向かいにある建物の中から見ていたシグルドとレティーが冷や汗を流す。

 自分が予想していたよりも大きな爆発。火薬の量でどれだけの爆発になるかは勿論知っている。だからこそ間違えたつもりはない。

 上の酒場まで吹き飛ばすつもりはなかったレティーが、ミスをしてしまったのかと狼狽える。


「大丈夫、でしょうか」

「安心しろ。運が良いことに周りの街に出た被害は少ない。店のあった場所が幸いしたな」


 窓から顔を覗かせ、街の被害を確認する。

 騎士達には甚大な被害が出ているが、街への——そして、住んでいる人々への被害は少ない。岩や木材の破片も街の石壁に突き刺さるだけに収まっている。


「そうですか。しかし、火薬の量を間違えたつもりはなかったのですが」


 記憶を思い返しても樽一杯分の火薬しか使っていない。何故こうなったのだろうと首を傾げていると、答えは後ろからやって来た。


「あぁ、それなら私が火薬を増やしておいた。派手な花火になっただろ?」


 二階へと続く梯子に脚をかけて、シグルドとレティーの後ろにミーシャが立つ。


「殿下……」

「どれだけの火薬使ったんだ?」

「使わなかった分の量全部」

「……マジか」


 想像以上に使われていた火薬の量にシグルドが頭を抱える。

 全ての火薬を使ったとなるとかなりの爆発になる。それでも上にあった酒場だけが吹き飛んだのは恐らく爆発地点が深い地下だったからだろう。やるのならば、せめて相談して欲しいものだ。


「ミーシャ、今度からはちゃんと言ってくれよ?」

「ふん、私にいつも事後報告をする奴が言っていい言葉じゃないな」

「グッ——それを言われたら何も言えなくなるが…………もしかして、一人で運んだのか?」

「唐突な話題変換ですね」


 ばつが悪そうに頬を掻いた後、シグルドがミーシャに質問をする。隣でレティーが何か言っていた気がするが、気にしない。気にしたら負けのような気がする。


「私がそんなことするはずないだろう。アイツにやらせた」


 何を馬鹿なことを言ってるんだとミーシャが肩を竦める。

 満杯まで火薬が詰まった樽など細腕の自分には持つことなどできはしない。魔術を使えば持つことは可能だろうがわざわざ荷物運びなどに使うことはない。それに、自分が魔術を使わずとももっと速く動け、荷物運びにぴったりな人員がいる。

 人差し指を二階へと向けるミーシャ。その指が指し示すのは一人しかいない。


「ガンドライドにやらせたのか?」

「あぁ。私達が戦っている間ずっと楽しい夢を見て寝てたんだ。働かせても問題ないだろう」


 酒場での襲撃の後、怪物とシグルドを追ったミーシャとガンドライドはそこで敵の魔術——自身の望んでいた光景を見せる幻覚魔術に罹った。無詠唱、しかも腕を振るうという動作一つを見せただけで幻術に嵌めるその技にミーシャもガンドライドも対策をすることはできなかった。そして、僅かに残った理性がミーシャを攫うことを優先し、攫って行っき、ガンドライドはそのまま放置される形となった。


「ガンドライド殿は……静かなのですね」

「私が臭いって言ったからな。今凄い勢いで自分の身体を水洗いしてる」

「そ、そうですか」


 レティーが苦笑いを浮かべ、ガンドライドを憐れむ。女性としては好ましくはないものを体から匂わせていたのには理由がある。

 自身の望む光景を見せる魔術はガンドライドに効果的だったのか、それが偽物だと気付くことなく夢を見続けたガンドライド。彼女は下水道に浸かりながらも幸せそうな顔をしていた。


 全身どっぷりと下水に長時間浸っていたガンドライドの身体は正直言って臭い。控えめに言っても臭かった。それをミーシャが鼻を摘まみ、嫌悪する表情を浮かべられ指摘されたのだ。ガンドライドの心情は測るまでもない。

 幸せの絶頂から奈落に突き落とされたような絶望を浮かべて、布と水の入った桶を持って三人から距離を取り数時間。まだやっているらしい。


「……後で、香水でも持って行ってやるか」

「そうですね。今人気の香水が手元にあるので、後で持って……いや、目の付く場所に置いておきましょう」

「? 何でだ?」

「何でって…………普通に持って行けばあの方は怒るでしょう」


 短い付き合いでもガンドライドの性格を把握したレティーが溜息をつく。何というか、人との距離感が分からない人なのかと呆れてしまう。


「はいはい、雑談はそこまでにしておけ」


 少しばかり人との、特に女性との付き合い方を解かねばならないとレティーが口を開こうとするが、その前にミーシャが空気を切り替える。


「拠点は使えなくなったのは惜しいが、仕方がない。目標は街に入った。装備はまだある。準備は万全。後は、それを使う者達の心意気だけだと私は思ってる」


 一呼吸、間を開けてミーシャが二人に問いかける。


「お前らは、この作戦を実行するだけの度胸があるか?」


 試すように、見定めるようにミーシャが二人に問いかける。

 少女とは思えない鋭利な目つき。それだけで、本気で皇帝を殺そうとしていることが分かった。もし、ここで二人が反対してもそれを押し切って行くだろう。例え、一人だけでも成し遂げようとするだろう。その後のことなど考えず。


「命を懸けるのには慣れている。今更臆したりはしないさ。それに戦士としての誓いを破るつもりはない」

「王家の旗に忠誠を捧げた日から、我が一族の忠誠は揺るいでおりません。ただ、一言。そうせよ、とお命じ下さい。そうすれば、私はどんな任務もこなしてみせます」


 一人は笑みを持って、もう一人は膝を付き、忠誠を現して答える。その二人の答えに、ミーシャは瞳に何の感情も現さないまま告げた。


「ならば、準備しろ。二刻後には行動を開始する」


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