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竜殺し、国盗りをしろと言われる。  作者: 大田シンヤ
第六章
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謁見

 

 ごくり——と口の中に溜まった唾液を飲み込む音が大きく聞こえた。額からは汗が流れ、手も汗をかいている。

 そう、緊張している。イリウスは緊張していたのだ。


「傅きなさい。陛下の御前よ」


 蜜のような声が響く。

 イリウス、そして、その前に立つコルドールがすぐさま跪いた。いつもは腹をたっぷんたっぷんと腹を揺らし、動きが遅いコルドールもこの時ばかりは動きにキレがあった。

 誰一人言葉を発せず、顔を上げず、主の言葉を待つ。


「面を上げよ」


 帝国の主たる皇帝が言葉を紡ぐ。二人は重くなった頭をゆっくりと上げた。

 老いても尚衰えぬ威厳、病魔に蝕まれているとは思えない覇気。戦場で華々しい戦果を挙げる英雄の武威とはまた違うただそこにいるだけで他を圧倒させる存在。

 帝国を象徴する白い竜を背に、帝国皇帝——ビルムベル・フォレス・ガルバルト・ラームスが黒い玉座に座っていた。


「お出迎えできずに申し訳ございません。この度はディギルにお越し頂き——」

「誰の許しを得て口を開く。命じた覚えはないぞ?」


 サッと血の気が引いていくのを感じる。皇帝が許したのは顔を上げることだけだ。重圧の中で焦ったのか、コルベールが失態をする。

 声を引き攣らせ身を震わす。枯れ木の如き老人だが、鋭い眼差しは迫る槍よりも恐怖を感じさせる。

 向けられていない自分でも体の内から凍える様な恐怖が湧き上がるのだ。あの直接向けられたならそう考えて、イリウスは守るように身を縮める。先程まで嘲笑っていた男をイリウスは笑えなかった。

 皇帝と共に部屋に入ってきた全身黒ずくめの宮廷魔導士が二人を見下ろし、口を開く。


「陛下がここに訪れたのは他でもない。毎年行っている主要都市の視察のためだ。ここは遊牧国家(ヴァルガ)攻略に不可欠な要所だ。それは陛下が直接訪れることを考えれば、分かることだろう」

「…………」

「————だからこそ、分からないことがあるわ」


 ごくり、と唾を飲んだのはどちらか。

 やけに響いた音を気にしたのは自分だけだろうか。恐怖と焦りからそんなことを考えてしまう。頭の中でそんなことは今関係ないと自分の顔をひっぱたくと全神経を耳に集中させた。

 あの宮廷魔術師の言いたいことは分かる。何故なら、先程までそれで都市長と議論をしていたのだ。


「何故、この街で犯罪者がのさばっている?」


 もう血の気が引きすぎて青を通り過ぎて白くなりかけたコルベールとイリウス。

 何故のさばっているのか。それを答えるのは簡単だ。しかし、それを答えるのは自分達が無能だと証明しているようなもの。

 今の帝国は実力主義。弱い者は淘汰され、使えぬ者は切り捨てられる。証拠に少なくない貴族が処理された。逆に有能であれば、どんな人間でも上にのし上がれる。イリウスもそうやってのし上がっていった。だが、必ずのし上がったからといって優遇してくれるとは限らない。登った先が絶壁の崖だった何てことはよくあることだ。


「黙していては分からないわ。都市長——」


 イリウスよりも一歩前にいたコルベールに声がかかる。声色から問われても答えがすぐに返ってこない状況に不満を覚えているのが分かった。ビクンッと体を大きく震わせたコルベールは恐る恐る言葉を紡いだ。


「そ、それは——今回の事件は……突発的なものでして」

「突発的? 貴方の執務室にあった資料ではシグルドという傭兵が主犯格であり、計画されたものだと書いてあるが。よもやこれが間違いだと?」

「い、いいえ!! 決して——決してそんなことはありません!! その通りでございます!!」」


 頭を地面に擦り付け、平伏するコルドール。言っていることがコロコロと変わり、論理的ではないコルベールに呆れた視線を向ける宮廷魔術師。コルベールに見切りをつけて今度はイリウスに視線を向ける。


「都市長補佐、貴方の口から説明しなさい」

「はっ。この度の事件は数ヶ月前から起こった蜥蜴の怪物の出現が関連しております」


 喉を唾液で湿らせ、口を開く。

 帝国では無能は切り捨てられる。だが、この場で嘘偽りをすれば、それこそもっとひどい結果になることは間違いない。


「続けよ」


 イリウスの言葉を耳にし、反応を示したのは皇帝。

 何に興味を示したのか知る由もないイリウスは、皇帝の言葉に頭を下げて従う。

 数ヶ月前から起きている怪物が起こした事件。街の人々への被害、討伐隊、依頼を受けた傭兵達の壊滅。その依頼を受けた最後の傭兵がシグルドであること。そして、二日前に起きた事件のこと。


「……怪物が何処から来たかは置いておくとして、普通に考えればこの男が自分の失態を隠そうとして失敗した。って所かしらね」


 話を聞き、理解した宮廷魔術師が呟く。

 状況的にはそう考えても可笑しくない。依頼を受けて怪物を全滅させたという言葉を嘘にしないために……自分の傭兵としての信用を失わせないために秘密裏に処理しようとした。そう考えるのが普通だろう。

 しかし、シグルドは任務を失敗したと言ったのだ。依頼は怪物の討伐、そして研究のための死体の確保だ。

 怪物を討伐したものの、死体を綺麗に保たせる余裕はなかった。全て、自分が持っていた魔術道具で消した。とあの男は口にし、依頼は失敗扱いにして報酬も断っていた。それどころか街の下水道を壊してしまったのは自分だとも。全て怪物のせいにできたにも関わらず、馬鹿正直に答えたのだ。

 そんな男が、自分の失態を隠すために裏でコソコソと動くだろうか。


「まぁ、別に興味はないんだけど」

「——え」


 シグルドに何があったのか。それを知るために部隊をこれから動かすことを伝えようとしていた矢先に、気の抜けた声がイリウスの耳に入った。

 先程の威圧が籠もった声色とは違い、本当に同一人物なのかと思ってしまう。


「そ、それは一体……どういう」

「ンンッ————そのままの意味よ。私達はこの事件に対して興味はない。どんな事情があろうと犯罪を犯したことは事実。ならば、捕まえるだけだろう」


 一瞬、一瞬だけ態度を崩した宮廷魔術師だが、すぐに雰囲気は戻る。


「そうですが……彼にはあらぬ罪も被せられている可能性が」

「それがどうした? 私は言ったはずだぞ。興味がないと……。そんなことは貴方達が解決するべきだろう。それとも、私達にも手伝えと?」

「そんなことはありません!! 我々で、我々のみで解決してみせまする!!」


 イリウスが答えようとする前にコルベールが頭を上げて必死の形相で答える。皇帝の前で勝手に口を開くことは万死に値するのだが、そんなことも彼の頭にはないようだった。


「そうか。では、早く戻り、役目を果たしなさい」

「ははぁっ」


 地面に頭をぶつける勢いで下げたコルベールが、イリウスの腕を掴み部屋の外へと退室する。

 部屋に残ったのは三人。皇帝、宮廷魔術師、そして、護衛としてついた騎士団長のみ。

 二人の姿が見えなくなると同時にその空間からは失笑が漏れた。


「——ククッ」


 失笑を漏らしたのは騎士団長であるレギンだ。

 余程、宮廷魔術師であるウルの態度が可笑しかったのか、騎士が忠義を捧げるべき相手の前だと言うのに笑いを止めない。


「クククッ。さっきまでのアンタの態度、かなり面白かったよ。あんなに偉ぶったのは初めてじゃないのか?」


 面白いものを見たと挑発するように全身黒ずくめの魔女に目を向けるレギン。対してウルは不快そうに顔をゆがめると皇帝を顎でしゃくった。


「慣れないことをしたのはこの人のせいよ。全部ね。——はぁ、何でこんなこと引き受けたのかしら」

「やれやれ、皇帝陛下に責任を擦り付けるとは。宮廷魔術師も恐ろしいことをする」


 不満をありありと浮かべた表情でジト~と皇帝を睨み付けるウル。そんなウルにレギンが言葉を投げるが、どちらも敬うべき相手を敬っていないということは同じだった。

 皇帝であるビルムベルも口を出さないため、二人は止まらない。


「そもそも、何故引き受けたんだ? 慣れないのならやらなければいいものを……最後何て陛下じゃなくて、アンタ自身のことを言ってただろ。最後……イリウスだっけ? アイツは何か感づいてたぞ」

「分かってるわよ。でも、しょうがないじゃない。出発前に急にやれ何て言われたのよ? こんなの大臣か侍女にでもやらせれば良いのに」

「大臣は知らないけど、侍女はこんなことやらないだろ」


 それはここではなくてはならない会話なのか。皇帝を挟んで軽口を叩き合う姿はどう見ても国の中枢を担う人物とは思えない。


「——はぁ」

「ん? 何? 溜息なんかついて、言っとくけどさっきの私の態度は」

「そのことではない」


 肺にある空気を重く吐いたビルムベルにウルが噛み付く。ゆっくりと頬杖をついたビルムベルは片方の手で都市長が持っていた羊皮紙を掲げる。


「この街に出た怪物——恐らく失敗作だろうな」

「何だ、そんなこと。多分そうよ。最近、無くなったと思ったらこんな所にいたのね」


 国の秘密事項である怪物をそんなことで済ませるウルに流石のビルムベルも視線が一瞬鋭くなるが、当の本人はどこ吹く風といったように受け流す。その様子にレギンも呆れてしまう。


「まぁ、良い。だが、これはお前の失態だ。故に、お前の手で泥を拭え」

「えぇ~って言いたい所だけど、私が気付かなかった時点で犯人はだいぶ絞り込めるしねぇ。それなら()()()()()()()()。分かったわよ。やるわ。その代わり、その時が来たら私の騎士は動かせて貰うわよ」

「好きにするがよい」


 承諾したウルが首を縦に振る。懐から煙管を取り出し、火をつけてたっぷり時間をかけて煙を吸い込み、吐き出す。紫色の煙が、ぷかりと浮かび、綺麗な輪っかを作り出す。


「それで、この後は? ゆっくりして良いの?」

「構わん。が、貴様は余に何か言うことはないのか?」

「…………何かあったっけ?」

「…………」


 暫しの沈黙。嘘をついている様子はなく、本当に思い出せない様子にビルムベルは溜息をついた。


「以前、余の部屋で口にしたことだ」

「………………あ、あれか」


 口に出され、ようやく思い出すウル。太々しさここに極まれり。流石にレギンもここまでではないので苦笑いを浮かべる。


「残念だけど、それは教えられないわ」

「——何?」


 かつてウルが指輪を持ってこずに帰ってきた時。首を長くして待っていろと言った。それはつまり、再び指輪を手に入れる機会が現れると言うこと。

 しかし、あの時は詳細を語らずに早々と部屋をウルは退室した。そのため、今度こそ詳細を聞こうとしたにも関わらず、ウルははぐらかした。

 ビルムベルがウルを睨み付けるが、ウルはニコリと笑い、言ってのける。


「と言うよりも、言えないが正解かしら? 可能性は多岐に渡り、どんな方向にだって転びやすい。ここで言葉にすれば全く別のものになることだってあるの。だから安易に言葉にしてはいけないの」

「……座して待て。そういうことか」

「えぇ、それでお願い。逸れたら修正可能であれば修正するわ」


 子供に教えるように優しく、語りかけるように説明する。不満な表情を見せていたビルムベルは少しだけ考え込んだ後、納得し、次の議題へと移っていく。

 椅子に腰かけ、レギンと話すビルムベルを見ながらウルは一度見た可能性を思い出す。


「(望みの物を手に入れることは間違いない。けれど、全てを見通すことはできなかった。何かが干渉してる? まさか、あの魔剣が近くにある何てないわよね?)」


 望みの物を手にすることは間違いない。それは確定事項だ。しかし、いつもならば鮮明に見えるものが見えなくなっている。そこに何かしらのアクシデントがあるのではとウルは考えていた。

 鮮明に見えない原因の一つである黒塗りの魔剣。アレが近くにあるのならば、存在を感知して邪魔してくることもあるだろう。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。近づくだけでも嫌な……酷い気分になる気配。

 思い出すと鳥肌が立ちそうになるため、早々に意識を切り替える。


「(なら、この調子の悪さは何が原因なのかしらねぇ。もしかして、病気——な訳ないか。はぁ、神代が終わってからこの力も減衰しているからなぁ。何があっても可笑しくはないのだけど……もう少しだけもって欲しいわね)」


 願う。など自分には似合わないなと思いながら、ウルは会話の中に入っていくのだった。


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