8 二人で暮らそう
その後、2時間ほど眠った私が自室を出て居間に行くと、お兄様がいらした。
「起きたのか? ロザリー、少しは落ち着いたか?」
「はい」
「ロザリー。セスト殿から事情は聞いたよ。あの妹に髪飾りを壊されたんだって? それは、もしかしてマティアスにプレゼントされた、あの髪飾りか?」
「はい」
お兄様は私をじっと見つめる。
「やはりな……。気の強いお前が、髪飾りを壊されたくらいで泣き腫らすなんてオカシイと思ったんだ。そうか、マティアスからの……。けれどロザリー、そのことはセスト殿には決して言ってはダメだぞ」
「はい……」
「ロザリー。男というのは、お前が思っているよりもずっと嫉妬深い生き物だ。お前が結婚前に好きだった男から贈られた物を壊されて泣き腫らしたのだと知ったら、セスト殿は心中穏やかでいられないと思うぞ」
「……」
「先程、セスト殿は父上、母上と私に何度も謝罪の言葉を繰り返した。そして、どうしてもお前と話をさせて欲しいと、泣き出さんばかりに懇願したんだよ」
セスト様……。
「セスト殿がロザリーのことを大切に想っていることは良く分かった。彼はお前を愛してるんだな」
「……私もセスト様をお慕いしています」
「そうか。だったら、マティアスに贈られた物は全て実家に置いて行くんだ。セスト殿に嫁いだのに、あの髪飾りを身に着けていたお前も良くないと思うぞ。セスト殿に失礼だろう? マティアスから貰った他の物も全てこの家に置いて行け」
「はい、お兄様」
……そうよね。考えてみればセスト様に対して不誠実だったわ。あちらの家の誰にも分らないのだから構わないだろうって思っていたけれど、きちんとケジメをつけないとダメよね。私は反省した。セスト様に誠実であろう。私はセスト様の妻なのだから。マティアス様を想って涙するのは、もうこれで最後にしよう。私は心に決めた。
「お兄様、ありがとうございます。私、目が醒めましたわ」
「ロザリー。私は、女性は想ってくれる男と一緒にいるのが一番幸せだと思うんだ。マティアスは、お前を想うことはなかった。けれど、セスト殿は政略結婚にもかかわらず、どうやら本気でお前に惚れてるようだ。どうせあのコリンヌとかいう妹は近いうちに侯爵家に嫁に行くんだろ? それまで無視しておけばいい。お前はセスト殿のもとへ戻るべきだよ」
「はい。そういたします」
私の返事を聞くと、お兄様は安心したように微笑んだ。
翌日、セスト様は再び私の実家を訪れた。
私は客間でセスト様をお迎えした。セスト様は私の姿を見ると一瞬目を瞠り、次の瞬間に思い切り私を抱きしめた。
「ロザリー! すまなかった。本当にすまなかった。もう会ってくれないかと……」
私を抱きしめたまま、涙声になるセスト様。
「セスト様、勝手なことをして申し訳ありませんでした」
「ロザリーは悪くない。コリンヌが乱暴な事をしてすまなかった。貴女を傷付けてしまって、本当に……」
セスト様の言葉が途切れる。
「セスト様、泣かないで下さいませ」
「ロザリー、ロザリー。頼むから私の側を離れないでくれ。ロザリーが居ないとダメなんだ」
「セスト様……」
しばらくして落ち着いたセスト様と話し合いをした。私の両親とお兄様も同席している。セスト様は思いがけない提案をされた。
「ロザリー、ベルクール家の別邸を知っているだろう? 王都の郊外にある、あの別邸で私と二人で暮らそう」
「えっ? 本邸を出るということですか?」
「ああ。本当ならコリンヌを出すのが筋だが、アイツは両親の監視下に置いた方がいい。私たち夫婦が別邸に移り住もうと思う。半年後にはコリンヌはビョルルンド侯爵家に嫁ぐ。私たちはその後に本邸に戻る、ということでどうかな?」
「ご両親は承諾されているのですか?」
「もちろんだ。父も母もコリンヌには腹を立てているし、『ロザリーに申し訳ない』と言っている。とにかく、これ以上ロザリーが嫌な思いをしないよう、二人とも、私たち夫婦が別邸に移ることに賛成してくれたんだ」
驚いた。ベルクール伯爵家の跡取りであるセスト様が本邸を出るなんて、考えてもみなかったから。
「私の為に、そこまでして頂いてよろしいのでしょうか?」
「ロザリー、私は貴女が大切なんだ。何よりも誰よりも貴女が一番大切なんだよ」
セスト様のその言葉を聞いて、私は胸がいっぱいになった。セスト様は続ける。
「明日、別邸に移ろう。現在別邸に常駐している使用人だけでは足りないから、本邸から何人か使用人も連れて行く。ロザリーに不自由な思いはさせないから安心して」
「はい、ありがとうございます」
「今日中に準備を整えて、明日、ロザリーを迎えに来る」
「はい、セスト様」
あのコリンヌと離れることが出来る。私は正直ホッとしていた。そして、私の為にそこまでしてくださるセスト様の気持ちが、本当に嬉しかった。
セスト様の話を聞いていた私の両親も、安堵したようだ。
「セスト殿、ロザリーの為にそこまで考えてくださって感謝いたしますぞ」
「セスト様、お気遣い本当にありがとうございます。ロザリーをよろしくお願い致します」
お父様とお母様がお礼を述べると、セスト様は、
「もう二度とロザリーに辛い思いはさせません。この度のことは本当に申し訳ありませんでした」
と、頭を下げた。
お兄様だけは、少し険しい顔をして、セスト様に釘を刺した。
「今度ロザリーが泣いて帰って来たら、もうセスト殿には返さない。そのつもりでいてくれ」
お兄様の言葉に、セスト様は緊張した表情で、
「はい。本当に申し訳ありませんでした。誓ってロザリーを守ります」
と言ってくださった。
帰り際、セスト様はその両手で私の両手を包み込んだ。
「ロザリー、じゃあね。明日、迎えに来るからね」
「はい、セスト様」
私の額に優しくキスするセスト様。
両親とお兄様から、生温かい視線を向けられたのは言うまでもない。