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7 大切な想い出

 




 その日、午後の一時ひとときを、私はお義母様と一緒に過ごしていた。庭のテーブルでお茶を飲みながら二人でお喋りしていると――

「ちょっと貴女! お母様に取り入って、この家を乗っ取る気? お金で買われた嫁のくせに生意気なのよ!」

 出たな! コリンヌ! もうウンザリである。

 お義母様が、顔をしかめておっしゃる。

「コリンヌ! いい加減にしなさい! ロザリーは我がベルクール伯爵家の跡取りの嫁なのよ。ロザリーを貶めることは、ベルクール家を貶めることと同じだと分かっているの? 貴女はもうすぐこの家を出て行く身でしょう? 立場を弁えなさい。これからのベルクール伯爵家を担っていくのはセストとロザリーなの。貴女ではないわ」

「お母様! 酷い! 私はこの女を認めないわ! この女がお父様やお母様に余計なことを吹き込んで、私を追い出すように仕向けたのでしょう? 全てこの女の企みなのだわ!」

 何、言ってんだ、コイツ! 自分の悪行を振り返ってみやがれ! 私は何も言わずに、コリンヌへ嘲りの視線を向けた。彼女の顔が怒りに染まる。コリンヌは、いきなり手を伸ばし、私が着けている髪飾りを乱暴に奪い取ると地面に叩きつけ、そのまま足で踏みつけた。鼈甲の髪飾りは割れてしまった。それは一瞬の出来事だった。

「な、なんてことを……」


 その髪飾りは、私の15歳の誕生日にマティアス様が贈ってくださった物だった。私は地面にしゃがみ込み、震える手で割れた髪飾りを拾った。マティアス様からのプレゼントなのに……私の大切な想い出の……。堪えようとするのに涙が溢れ出す。ボロボロと涙を流し始めた私を見て、コリンヌはバカにしたように言う。

「ふん! そんな安っぽい髪飾りを壊されたくらいで泣くなんて、どれだけ貧しい家の出なのかしら? やっぱり貴女なんか、お兄様に相応しくないのよ!」

 うるさい! うるさい! うるさい! 

 私の大事な髪飾り。2年前の15歳の誕生日、マティアス様は、

「ロザリー、誕生日おめでとう。もう成人だね。立派なレディーだ」

 と言って、手づから私の髪に、この鼈甲の髪飾りを着けてくださったのだ。嬉しくて嬉しくて舞い上がった、あの日の私。コリンヌに叩きつけられ、踏みつけられ、壊されてしまった、私の大切な想い出の髪飾り。涙が止まらない。庭にしゃがみ込んで泣いている私を見下ろして、コリンヌは勝ち誇ったように笑うと、その場を去って行った。

「コリンヌ! 待ちなさい! ロザリーに謝りなさい!」

 お義母様は憤怒の形相でコリンヌの後を追って行かれた。

 私は、割れた髪飾りをハンカチに包むと自室に戻った。


 自室で一人、無残に割られた髪飾りを見ながら泣いていた。どれくらい、そうしていたのだろう? 扉をノックする音がして、我に返った。私は部屋の内側からカギを掛けていた。

「ロザリー、私だ。開けてくれ」

 セスト様だ。

「嫌です」

「ロザリー、母上から話は聞いた。すまない。またコリンヌが貴女を傷つけて……本当にすまない。ロザリー、話がしたいんだ。開けてくれ」

「嫌です」

「ロザリー?」

「一人にしてください」

「ロザリー、お願いだ。ちゃんと話をしよう」

「『一人にして』って、言ってるでしょう!!」 

 私は、ほとんど叫ぶように言った。

「ロザリー……」


 その日、私は誰も部屋に入れず、夕食も取らなかった。セスト様もお義母様も何度も呼びかけてくださったけれど、誰とも話す気になれなかった。その夜は夫婦の寝室には行かず、自室のソファーで眠った。

 そして翌朝、日の出とともに私はこっそり屋敷を抜け出して、辻馬車を拾って実家に戻った。自室に〈 しばらく実家で過ごします 〉と書き置きを残して。



 泣き腫らした顔で突然、早朝に戻って来た私を見て、実家の両親は大層驚いたが受け入れてくれた。お兄様も起きてきて私の酷い顔を見ると、険しい表情で、

「あの妹が原因か?」

 と尋ねた。

「はい……」

 私は短く答えて唇を噛んだ。お母様が私の肩を抱く。

「とにかく、少し休みなさい」

 お母様に促されて、湯浴みをして朝食を食べ、嫁ぐ前そのままにしてある私の部屋の寝台で横になった。昨夜、ソファーで寝たせいで身体が痛い。ウトウトしていると、ノックが聞こえ、お母様の声がした。

「ロザリー、起きてる?」

「はい、お母様」


 扉が開き、お母様が困ったような表情で部屋に入っていらした。

「ロザリー。セスト様がみえたの」

「えっ?」

 思ったよりも随分と早い登場ですわね、セスト様。

「どうしても貴女と話がしたいと、おっしゃってるわ」

「お母様。私、こんな酷い顔でセスト様にお会いしたくありません。今日は帰っていただいて下さい。いずれ落ち着いたら必ず話し合いに応じます、とお伝えくださいませ」

「……わかったわ。そうね。確かにそんな状態で無理して会うことはないわね」

 

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