5 嫁の務め
およそ2時間後、セスト様とご両親が帰宅された。
私は泣きそうな表情を作りながら、3人を出迎えた。
「セスト様の『愛人』を名乗る女性がお待ちですわ。セスト様の子供を身籠っていると……大きなお腹をした女性が……うぅ」
「えーっ!?」「何ですって?」「そんなバカな!」
3人とも、ものすごく大きなリアクションである。
そして修羅場が始まった――と言いたいところだが、お義父様お義母様そしてセスト様と私を前にして、男爵家令嬢アンナはあっさり嘘を認めて謝り始めた。ちっ、もうちょっと粘れよ! つまんない女! ちなみに大きなお腹は詰め物をしているだけらしい。アホか!?
お義父様は怒りを通り越されたのか、呆れ顔で問われた。
「それで……一体、何の為にそんなウソをついた? 何が目的だ? 金か? 我が家をゆする気だったのか?」
「ち、違います! そんなつもりは!」
いつもは優しいセスト様が、声を荒げる。
「だったら何のつもりだ!? 私の愛人だと!? 私の子を身籠っただと!? ふざけるな!」
「も、申し訳ございません。でも私、コリンヌ様に脅されて仕方なく引き受けただけなんです」
「「「コリンヌ~!?」」」
セスト様とご両親、3人の声がそろった。
「はい。コリンヌ様が兄嫁を追い出したいから協力しろと、おっしゃったのです。夫に愛人がいると知ればロザリー様がショックを受けて実家に帰るだろうから、私に愛人のフリをしろと。言うことを聞かなければ私の悪い噂を社交界に流すと脅されて……本当です! 私はこんな事をしたくはなかったのです!」
涙ながらに訴えるアンナ。沈黙が流れる。アンナの言っている事は、きっと事実なのだろう。おそらく、この場に居る全員がそう思っている。あのブラコンめー!
そして、アンナは泣きながら帰って行った。
その日、コリンヌが、セスト様とご両親から長時間に及ぶ厳しい叱責を受けたのは当然だろう。
そしてこの騒動の1ヶ月後、お義父様はイヤがるコリンヌの意思を無視する形で、コリンヌとビョルルンド侯爵との縁談をまとめられた。ビョルルンド侯爵は、コリンヌより20歳年上で2度の離婚歴のある方だ。お義父様は「家格は高いが訳あり物件」を選択されたのですわね。半年後には結婚式を挙げるそうだ。
ちなみに私は「婚約、おめでとう! コリンヌ!」と言ったらキレられそうなので、コリンヌにはこの婚約について何も声はかけていない。
婚約が決まってからというもの、コリンヌは目に見えて機嫌が悪い。
けれど、貴族の世界では20歳くらい年上の男性に嫁ぐなんて、よくある話なのだ。私の友人もつい先日、父親より年上の方に嫁いだもの。年の差婚なんてありふれている。ビョルルンド侯爵は2度の離婚歴があるとは言ってもお子様がいらっしゃらないから、嫁いでもそう苦労はないんじゃないの? コリンヌの社交界での評判は散々なのだ。むしろビョルルンド侯爵がよくこの縁談を受けられたな~と思うくらい。コリンヌ自身が、兄に近付く令嬢達に酷い事をしてきたツケが回ってきているのだから自業自得なのに、諦めが悪い女ね~。観念すれば楽なのに。侯爵夫人の立場を得られて贅沢出来るのだから、考えようによっては良縁なのにね。ずーっと年上の旦那様に甘えればいいじゃない。こういう事は、気持ちの持ちよう一つなのである。
ベルクール伯爵家に嫁いで来てから、私はずっと自分が婚家の為に何が出来るかを考えていた。屋敷の女主人はお義母様である。私の仕事は少ない。しかし、私は多額の支援金と引き換えに嫁入りしたのだ。漫然としていることは出来ない。
ベルクール家の領地は温暖な気候で豊かな農地が広がり、観光地としても人気が高い。名産品も種類が多く、特に柑橘系フルーツは有名である。私は名産品の一つオリーブから作る化粧品に目をつけた。食用のオリーブオイルとは別に、美容オイルと化粧石鹸をオリーブから作っているのだが、一番搾りのオイルのみを使っているので大量生産が出来ず、値段が高い。これこそ、貴族夫人や令嬢への一推し商品だわ。
私はせっせとお茶会に参加し、このオリーブの美容オイルと化粧石鹸の宣伝をした。あまり商売っ気を出してやり過ぎると「伯爵家の嫁が商人のマネ事などして」という陰口を叩かれかねないので、あくまで、さり気な~く宣伝しなければならない。貴族というのは実に面倒くさいのである。
自慢ではないが(と言いつつ自慢)私は肌のキメがとても細かくて、他人様から「綺麗なお肌ですわね~」と褒められることが多い。これを取っ掛かりにして自然に美容方法や化粧品の話に持って行く。
「どんなお手入れをしていらっしゃるの?」
と、問われればシメたもの。
「オリーブオイルから作られている化粧石鹸でしっかり洗顔した後、美容オイルを塗るだけですの。簡単なお手入れで、ほら、こんなにスベスベになりますのよ」
「まぁ、それだけでよろしいの?」
相手が食いついてきたら畳みかける。
「ええ、それだけですわ。そう言えば、私、今日たまたま、その美容オイルを持っておりますの。ご覧になります? 手の甲に塗ってお試しになってみて」
たいていの女性は試してみたくなるようだ。
「お気に召しましたかしら? そうそう、王都ではブラン商会がこれを取り扱っておりますのよ~。おほほほ」
先日、お義母様といっしょに参加したお茶会でもこれをやったら、帰宅後、お義母様がお義父様とセスト様に私の活躍(?)を報告してくださった。お義父様は、
「ロザリーは何もしなくていいんだよ」
と優しくおっしゃり、セスト様も、
「ロザリー。私はロザリーに支えてもらってる。これからも私の側に居てくれるだけでいいんだよ。だから、そんなに気を遣わないで」
と言ってくださる。私は、
「私の出来ることなど知れていますわ。単なる自己満足でございます。それに、美容や化粧品についてお話しするのは楽しいですわ」
と言った。その私の顔を、お義母様がマジマジとご覧になる。
「それにしてもロザリーの肌は本当にキメが細かいわよね~。綺麗な肌のロザリーが『この化粧品を使っています』って話し始めると、皆さん身を乗り出してきて熱心に質問なさったりするのよ」
すると、セスト様が自慢気に、トンデモナイ事を言い始めた。
「ロザリーは身体中どこもかしこもスベスベなんだよ。どこを触っても全身シルクのような手触りなんだ。初めて触った時はびっくりしたな~。本当にキメが細かくて綺麗な肌だよね」
セスト様ったら、何ということを!? お義父様もお義母様もリアクション出来ずに固まっていらっしゃるわ。イヤ~ん、何、この羞恥プレイ!?