2 早々に結婚
今日は両家の顔合わせである。
ちなみに私は今までセスト様とは夜会などで何度も顔を合わせてはいるが、きちんとお話ししたことは一度もない。もちろんダンスに誘われたことも一度もない。つまりセスト様ご本人が私に興味をお持ちだとは思えないのだ。あちらのご両親が、悪評高い妹のせいで一向に縁談がまとまらない跡取り息子を心配して、お金を必要としている我が家に目をつけた、ということだろう。早い話が、私は金で買われた嫁である。それでいい。どうせマティアス様に振られたのだ。私の恋は終わった。
マティアス様に恋していた4年間。ずっと片想いだったけれど、楽しかった。マティアス様はしょっちゅう我が家に遊びにいらした。お兄様とマティアス様と一緒に私もたくさんお話しして笑って……キラキラした日々……ずっと忘れない。私の誕生日には毎年プレゼントもくださったマティアス様。親友の妹へのプレゼントは、もちろん高価な物ではなかったけれど、私にとってはどれも一生の宝物だ。
顔合わせの席では、主に両家の親どうしが結婚についての具体的な話を進め、当の私とセスト様は少しお話ししただけだった。
ベルクール伯爵家は相当嫁探しに苦労していたとみえ、あちらのご両親は我が家の気が変わらないうちに、とにかく早く結婚式を挙げたいようであった。そうして、あちらからの強い希望で、なんと婚約から僅か3ヶ月後に私とセスト様は結婚式を挙げることになった。ベルクール家ってば、どんだけ焦ってるの!?
婚約してから、もちろん何度かセスト様と二人でお会いしたけれど、当たり障りのない上辺の会話しかしていない。
セスト様は私に対して常に紳士的で優しかった。ただ、夜会などで遠目に見ていた限りでは華やかなイケメンだと思っていたのに、実際にお話ししてみると、外見とは裏腹に人見知りで内気な方のようだった。これには少し驚いた。イケメンは皆、自信満々で社交的、というのは私の偏った思い込みだったようである。セスト様は一生懸命、私に気を遣って下さるのだが、その様子がお世辞にもスマートとは言えずオタオタされる場面も多い。これまた意外なことに、どうやら女性の扱いにあまり慣れていらっしゃらないようだ。イケメンなのに……。やっぱり重度のブラコン妹に邪魔されて、女性と親しくなる機会があまりなかったのだわ。残念な方。
でもまぁ、この感じだと結婚してからもセスト様が愛人を作ったりする心配はなさそうである。とてもそんな器用なマネは出来そうにない方だ。いくら政略結婚とは言っても私だって女ですもの。夫が愛人なんか作ったら、きっと人並みにムキ―ッ! となってしまいますわ。うん、合格。女慣れしていないイケメン。アリですわよ!
そして瞬く間に3ヶ月が経ち、私たちは結婚した。
厳かな式と、(ベルクール伯爵家の)気合の入った披露パーティーを終えた、その夜。無事に初夜を全うし、私とセスト様は本物の夫婦になった。
婚約中、女性に慣れていない様子のセスト様を見て、もしや……とは思っていたのだが、セスト様は初夜を迎えるまでソチラの経験が無かったようである。セスト様は19歳。成人してもう4年経つのに経験無いのか……う~ん、イケメンなのに。私はもちろん純潔だったので、お互い初めてという実に心許ない初夜だった。が、何とか無事にコトを終え、私たちは安堵した。行為の後、協力して成し遂げた達成感(?)のような気持ちを共有した私たちは、二人で笑い合って抱きしめ合った。そして抱き合ったまま寝台の上をゴロゴロと転がって、はしゃいだ。まるっきりバカップルである。二人とも高揚していたのだ。
そんな初夜をともにして、私とセスト様の距離は一気に縮まった。やはり身体のカンケイを持つと親密度が全然違ってくるのですわね。まして私たちはお互い初めてで他の異性を知らないのだ。セスト様は毎晩のように私を求めるようになり、私もまたセスト様に抱かれる悦びを覚えた。
私とセスト様は、あっという間に大層仲睦まじい夫婦になった。セスト様はお仕事の時以外は、ほぼ私にくっついている状態だ。
セスト様はベルクール伯爵家の次期当主なので、お義父様の領地経営を手伝っていらっしゃる。領地の名産品を各地で広く販売できるよう、販売ルートを確立されたのはセスト様だとか。内気で人見知りだけど、やる時はやる殿方なのね。見直しましたわ。キャッ!
同じ屋敷で暮らしているセスト様のご両親は、執務中以外、常にイチャイチャしている息子夫婦を見て、最初は驚いていらしたが、今ではとても喜んでくださっている。
「内気なセストがこんなに心を許すなんて! ロザリーにお嫁に来てもらって本当に良かったわ!」
お義母様は感激したようにおっしゃるし、お義父様もニコニコしながら、
「セスト! 本当に良かったな!」
とセスト様の肩をバシバシ叩いたりなんかなさって……
そんな家族の中で約一名、
「ふん! お金目当てで嫁入りしたくせに、何よ! お兄様は騙されてるのよ!」
私を睨みつけて悪態をつくセスト様の妹コリンヌ。
コリンヌは私と同じ17歳である。とっとと嫁に行けやー! だが、この性格の悪い重度ブラコンのコリンヌは、社交界でとにかく評判が悪い。これでもかと言う程の悪評が立っているのだ。縁談なんて来ないだろうなー。あー、ウザい! コイツさえ居なければハッピーライフなのに!
私は何も言い返さずにセスト様の背中にしがみつく。「あざとい」と言いたければ言え! 結局、男はこういうのに弱いんだってば!
「コリンヌ! 私の妻に何てことを言うんだ! 謝れ!」
「なっ……お兄様は、その女に騙されてるのよ!」
「黙れ! 私のロザリーを悪く言うのなら、この屋敷から出て行け!」
えーっ!? 私は驚いた。内気で優しいセスト様が、そこまでおっしゃるとは思っていなかったからだ。コリンヌも驚いたようである。
「出て行くのは、その女の方よ! 何よ! お兄様のバカ! その女、絶対追い出してやるわ!」
「コリンヌ! いい加減にしろ!」
ついにお義父様がコリンヌを怒鳴りつける。
「な、何よ! みんなして、その女の肩を持つの!? もう知らないわー!」
コリンヌはそう叫ぶと部屋を出て行った。
う~ん、本当に17歳なの? 何だか我が儘な幼女の台詞みたい。精神年齢がお子ちゃまなのね、きっと。
「ロザリー、すまない。イヤな思いをさせて」
そう言って私を抱きしめるセスト様。いや、ちょっと、お義父様もお義母様もいらっしゃいますのよ。恥ずかしいですわ。
「コリンヌにも困ったものだわ。あの調子では本当にあの子、結婚できないかも……」
お義母様が溜息まじりにおっしゃる。
「まったく……縁談を打診しても、家格が相応しい家には断られてばかりだ。いよいよ格下の家に嫁がせるしかないかもしれん」
お義父様も諦め顔である。
私の時のようにお金を積んだらどうでしょう? 心の中で思ったけれど、言えないわ。でもきっと、ご両親は考えていらっしゃるわよね。同格かそれ以上の家格を望むなら、困窮している家を狙ってお金を積む(私のケースはこれ)。そうでなければ、イヤと言えない立場の格下の家に無理やり押し付ける。もうこの2択しかなさそうである。どっちでもいいから、ハヨ、嫁に行けー!