10 お手柄?
「レストランにディナーの予約をしてあるんだ。そろそろ行こう」
セスト様の言葉に頷き、公園を後にした。
レストランに向かってセスト様と二人、街を歩いていると、
「ロザリー!」
と私を呼ぶ声がした。ん? なぜお兄様の声が? 振り返ると、第一騎士団の制服に身を包んだお兄様とマティアス様がいらした。どうやら街を警ら中らしい。
「マティアス様、お兄様。お仕事中ですのね。お疲れ様でございます」
「最近、街で強盗事件が頻発しているんだ。おかげで休日返上さ」
と、お兄様が顔をしかめる。まぁ、そうでしたの? お兄様はセスト様に向かって、
「というわけなので、セスト殿。そろそろ暗くなってきたし、なるべく明るい人通りの多い道を歩いてほしい」
と言い、セスト様は、
「はい、わかりました。気を付けます」
と頷いた。お兄様は次に私に向かって真面目な顔をして、
「ロザリーはセスト殿の側を決して離れないこと。いいね。絶対だぞ」
と少し強い口調で念を押した。
「はい。わかりましたわ。お兄様」
私はセスト様の腕にギュッと摑まる。私のその姿を見て、マティアス様がどこかホッとした表情で、
「ロザリー。セスト殿とすっかり仲睦まじい夫婦になったんだね。安心したよ」
と、おっしゃった。マティアス様の声には、確かに安堵の色が滲んでいた。ああ、この人は本当に私のことを〖女〗として見ていない……でも、妹のように心配してくれるのね。
「うふふ、マティアス様。私とセスト様はラブラブですのよ」
私がそう言うと、マティアス様は笑って、
「じゃあ、私たちは、これ以上邪魔をしないように退散するかな」
と、お兄様の顔を見て促した。お兄様は最後にもう一度、
「ロザリー、ホントに気を付けるんだぞ。セスト殿、ロザリーを頼みます」
と言って、マティアス様と共に去って行った。
セスト様が予約して下さっていたレストランは、海鮮料理がおいしいと評判の店だった。私は魚介類が大好きなのだ。海鮮のコース料理は大変美味だった。大満足である。
「セスト様、ありがとうございました。とっても美味しゅうございました。特に5品目のあの海老料理、最高でしたわ~」
「ロザリーは海老が大好物だものね。喜んでもらえて良かったよ」
ニコニコなさるセスト様。ふふふ、幸せ~。
デザートを食べ終わってレストランを出ると、外はもう真っ暗だった。
「さあ、そろそろ帰ろう」
「はい、セスト様」
私たちが腕を絡めて通りを歩いていると、突然、警笛の音が鳴り響き、「待てー!!」という怒鳴り声が聞こえた。え? 今の声はお兄様の声? すると――人相の悪い男が3人、こちらに向かって必死に走って来るではないか!? んん? その後ろから男達を追っているのはお兄様とマティアス様だわ! もしかして逃げてる男達は例の強盗なのかしら?
「ロザリー! 危ないからこっちに!」
セスト様が慌てて私を引っ張り、二人で通りの端に寄る。私は昼間使った日傘を畳んで手に持っていた。そうだ! 良いことを思いつきましたわ!
追われている男達がすぐ近くまで走って来て、私たちの横を全速力ですり抜けようとしたその時、私は先頭を走る男の足元に素早く日傘を差し出した。
「えいっ!」
天誅ですわ!
「うわぁー!?」
先頭の男が日傘に躓いて勢い良く転んだ。続いて走って来た男2人も転んだ男に躓いて次々に転ぶ。やりましたわ! まさかここまで上手くいくとは!
警笛の音を聴いたのだろう。他の騎士達がお兄様とマティアス様とは反対方向から駆け付けて来て、3人の男達はあっという間に多数の騎士に取り囲まれた。これにて一件落着ですわね。と思ったら……
「ロザリー! 何てことをするんだ! 危ないだろう!」
セスト様に怒られた。
「あんな場面で女性が手を出すなんて! 危険だとわからないの? 下手をしたら逆上した犯人にやり返されたかもしれないんだよ!」
せっかく悪いヤツラを捕まえましたのにー! 何で怒られるのー!?
私が不満そうな顔をしてセスト様のお説教を聞いていると、ものすごく怖い顔をしたお兄様が近付いて来た。あ、これ、ヤバい展開ですわ。
「ロザリー! このバカ野郎!」
私は「野郎」ではございませんわよ!
「何、考えてんだ! お前ってヤツはまったく!」
お兄様! 私、手柄を立てましたのよ! 騎士団から表彰モノではございませんの?
ああ、それなのに――私はセスト様とお兄様から怒られている。二人で私を挟んで両側から責めないでくださいませ。この二人「しつこい」という共通点がありますのね。今、気付きましたわ。そろそろ白眼になりそう……と思っていたら、マティアス様が助けに来て下さった。
「もう、それくらいでいいだろう? ロザリーも反省したよね?」
「はい! ものすごーく反省しました!」
「ウソつけ!」
お兄様が睨む。うぅ……。マティアス様は苦笑いしながら、
「ほら。これから犯人の尋問だ。行くぞ」
と言って、お兄様を連れて行って下さった。ありがとうございます! マティアス様!
その場に残された私とセスト様。ムッとした表情のままのセスト様に、
「あの、セスト様。申し訳ありませんでした」
と私が頭を下げると、セスト様はギュッと私を抱きしめた。ここは往来ですわよ。
「ロザリー。もう危ないことはしないと約束してくれ」
「……はい。お約束します」
「絶対だからね」
「はい」
「まったく、貴女という女性は……」
呆れられちゃった?
「ロザリー、もっと自分を大事にしてくれ。私の心臓が持たないよ」
セスト様はそのまま長いこと私を抱きしめていた。セスト様の胸の鼓動が速い。とても心配をかけてしまったのだと、ようやく私は気が付いた。




