たった一度の転生を!
異世界転生の時間だオラァ!
思い立ったが吉日。故に、今まで特に書く気のなかった主人公が異世界転生ものを書きました。
一話完結です。
設定は作ったけど、本文があんまり長くならないようにそんなに埋めてないです。
あ、それとあらすじから既に始まってるので、そっちにを先に読んでください。
では、どうぞ。
「さっきは危ないところをありがとう!もう少しでゴブリンの巣に連れてかれて、あいつらの苗床にされるところだったんだ!
ところでアルファ君、すっごく強いね!もし良かったらわたしとパーティ組まない??」
ところ変わって近くにあった街・スタダに着いた俺たち。
そこにある【喫茶・お茶茶お茶】という変な名前の店でさっき助けた少女・スライとテーブルを囲んでいた。
上は胸元が大きく開いた手首のあたりまで一体化している鎧、下はレオタードらしき白のインナーパンツに膝まである銀のブーツと黒いニーソックスを履いている。そして、さっきまではめていた白金の籠手を腰に巻かれている革製のベルトに長剣と一緒に携えた彼女の姿を見て、改めて異世界に転生したんだという実感が湧く。
「うん。スライが嫌じゃないなら。
それに俺、こっちのことあんまり詳しくないから、いろいろ教えて欲しいな」
そう返すとスライは目を輝かせて手を握ってきた。
「ホント!?やったー!そろそろソロだときつくなってきてたから君みたいに腕の立つ人が仲間になってもらえて助かるよ~!
けど、この辺のこと知らないなんて珍しいね。スタダは数ある町の中でも特に栄えてて有名な場所なのに」
「へぇそうなんだ。全然知らなかった。ここに来るのは初めてだし、スタダって名前すら初めて聞いた」
「うっそでしょ!?どんな田舎に住んでたの???」
オーバーに驚くスライは、何を思い立ったのか俺の手をもう一度強く握ると、勢いよく俺を引っ張って立ち上がらせる。
「よーし、私がこの街を案内してあげる!」
と、それ以上張る必要のない大きな胸を張って喫茶店から俺を連れ出した。
「あれが武器屋さんで、その向かい側にあるのが防具屋さん。両方とも品揃えが良くて質も高いんだけど、代わりにお金をたくさん持ってかれちゃうから稼ぎが少ないうちはやめた方がいいよ」
街中をスライに手を握られたまま歩くこと十数分。
【ザム】と呼ばれる元の世界でいうところジムの案内から始まり、お菓子屋や玩具屋、魔道具屋や宿屋、今案内された武器屋と防具屋、挙句に。
「…そ、それと…ここが、その、男の人女の人関係なくその、った!楽しめる!ぇ…ぇっちなとこです…」
路地裏からいけるピンクワールドのことまで教えてくれるんだから、スライは真面目な子なんだろうと思った。
「…行く?」
「行かないよ!!バカ!変態!」
顔を真っ赤にして汗を飛ばすスライ。
そんなに恥ずかしいなら紹介しなきゃいいのに。
なんて、話ししてていいのかな?
ここがそういうあれな場所の入り口ってことは、もたもたしてると…
『あなたったらあぁん♪さっきはいつもよりすごかったんじゃな・あ・い?』
『君に比べたら大したことないさっ!まさかン僕の方が先にダウンしちゃうなんてねっ!』
『イヤン!バカァン♪』
今出てきた、すでに出し終えた二人組みたいなのがたくさん来るんじゃない?
「あわ、あわわわわ…!」
言わんこっちゃない。
そうこうしてるうちに次から次へとカップルや夫婦が現れてきて、その人たちが近くを通るたびにスライは両手で顔を覆って小さな悲鳴を上げている。
何で見たくないものがあるところに連れてきたんだ?
はぁ、仕方ない。
「…えっ?」
今にも恥ずか死しそうなスライの前に移動して身体を後ろに半回転させてあげる。
「恥ずかしくって身動き取れなくなってたんだよね?だからはい。これでもう大丈夫」
「う、うん!あ、ありが…とう…
…!」
俯きながらもお礼を言ってくれるなんて、どれだけ真面目な子なんだろう…
思わず頭を撫でてしまった。
「も、もう!子供じゃないんだから!」
「あ、ごめんごめん。つい」
「…でも、時々なら…」
「ん?」
「な、なんでもない!ほら、行こ!」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
そう言うと速足でどこかに行ってしまうスライ。
女心と秋の空、なんて言うけど恥ずかしがったり喜んだりどれだけ忙しいんだろ。せめて、怒るか笑うかどっちかにしてほしい。
なんてことを考えながら急いで後を追った。
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「あ、あの。ごめんね?俺のせいでこんな時間に…」
「ううん。そんなことないよ!仲間なんだもん。
それに私も持ち合わせ少なかったから大丈夫!」
茜空が大地を照らし、肌寒い風が草木で音楽を奏でる頃。
俺の宿代を稼ぐためにクエストに赴いていた。
「けど、まさかこんなに早くあいつらに仕返しできるなんて思わなかった」
白金の籠手をはめた手をキュッと握り嬉しそうな顔するスライ。
俺たちが向かうのは、転生先で初めて見た魔物・ゴブリンの巣の殲滅。
何でも、今日スライが失敗したやつのリベンジらしい。
「それで、場所はこの辺でいいの?
記憶を頼りに俺たちが出会った場所まで来たけど…」
辺りを見渡してみる。
少し潰れた雑草やかき分けられた跡のある茂みなど、それらしい痕跡があることから見ても多分ここで間違いない。
仮に間違っていたとしても動物か魔物かが最近ここで何かをしたことに違いない。
「うん。多分この辺。
…あった」
いきなり屈んだスライは何かを拾い上げる。
「なにそれ」
「これはね、【魔物呼びの笛】って言って、この付近にいる一番弱い魔物を呼び寄せる魔道具なの。今回みたいな比較的弱い魔物の討伐には必須級のアイテムなの。
今日吹いた時は思ったよりたくさん来ちゃって、あと一歩のところで捕まっちゃったんだよね…」
遠い目をして語るスライは手にした笛の汚れを払うと口に咥えて。
「ピュィィィィィィィ」
と目一杯吹いた。
「ん、よし。これで後は」
そう言って半分暮れかけている夕日の方を睨んでいる。
その視界の先には…
『ウケー!』『ウケケーー!!』『ウケケケーーーー!!!!』
奇声を発し、アリの軍団のように群れを成している大量のゴブリンたちがいた。
とんでもない量が一目散にこっちに向かってくるせいで、あり得ない量の土煙を巻き上げている。
「い、いやぁ…?まさかこんなにいるとは…」
後退りしながらもしっかり敵を見据えている。
「ねぇ、アルファ君…?あれ、どうしよっか」
泣きそうな顔でこっちを見てくるスライ。
自分の後始末くらい自分でしてほしいけど、そもそも俺のせいでクエストに行くことになったんだ。どうにかしよう。
そう思った途端に脳に何か呪文のようなものが流れ込んできた。
「…走れ」
「え?」
隣でハテナを投げてくるスライを無視して俺は更に続ける。
「地を走れ。森を走れ」
上空に歪みが発生する。
それは俺の言葉に呼応して少しずつ形を成し、創造を続ける。
「その身は万物を焦がすものなれば、この空さえも支配できぬ筈は無し」
「詠唱…?
ッ!熱ッ!!」
ゴブリンの集団が歪む。
空間を蜃気楼が支配する。
既に暮れたはずの世界において、今この時だけ二度目の太陽が昇る。
「ここに万雷の叫びを」
その一言で強大に膨れ上がった歪みは解き放たれる。
「ちょ、ちょっと!!ここここれヤバいって!!」
スライの声は俺の耳に届かない。
聞こえるのは歪みが生んだ巨大な火球の落ちる音のみ。
轟々と響き、地を割かんばかりに揺らすそれは、周囲の異常な気温上昇に疑問を覚えてその場に留まることを選んだ緑の化け物たちの上で、静かに確実に周囲の酸素を奪っていく。
『ゲ、ウゲ…ゲ…』
どこからか断末魔が上がる。
その音を皮切りに、辺りに鎮魂歌が木霊した。
「…うぅ!」
隣では聴くことをやめたスライがその場でうずくまり耳を抑えている。
この位置の酸素濃度まで薄まるほどの大焼却。
地に茂る草花は例外なく焼き消え、連なる木々を焦がす。
やがて、焼けた鉄に水をかけたような小さな音が響いた。
それは演奏の終わりを示していた。
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「すっごい!凄い凄い凄い!アルファ君凄いよ!なんだったのあれ!?今時詠唱なんてするからどうしたのかと思っけど、あんなにとんでもない威力の炎の呪文を使うなんて!!!!
あれ、王様お抱えの賢者たちが百人集まってもできないよ!?」
「そうなの?
なんか、思いついたのを口に出しただけなんだけど」
スタダの街に戻り、報酬を受け取った俺たちは宿屋に泊れることになった。
で、今いるのはその【宿・ねんねん】に借りた一角。
「だとしたらなおさら凄いよ!
詠唱なんて、長い修行を積んで魔法使いから賢者に昇格した人たちだってそうそうできないのに、あんな簡単にやってのけるなんて!」
「ありがと。でもまだいけそうな気がするよ」
帰り道、真剣な顔をして考え事をしていたと思ったら、宿で落ち着いた途端にこのハイテンション。
褒めてくれるのはうれしいけど、ちょっと怖い。
「ホントに!?じゃあ、今度とっておきのクエストに連れてってあげるから、その時見せて!」
「う、うん。任せて」
囲んでいるテーブルに身を乗り出して何故か俺に抱き着いてくるスライ。
女の子に、しかもこんなかわいい子に抱きしめられるなんて初めてだ。
なんて良い匂いがするんだ…
「ご、ごめんね!ちょっと疲れてるからスキンシップはまた今度で…」
スライの優しい香りと体温が俺を包んでなんだかとてもいけない気持ちになってきたところギリギリで引き離す。
「あ、ごめん!私ったらつい」
慌てて謝ってくるスライ。
何度も頭を下げるその姿を見ていると、なんだか自分が悪い事をした気になってくる。
「ご、ごめんね!別に言うほど疲れてないからもう少しなら大丈夫かな~なんて思ったり」
なんて思わず言ってしまった。
するとスライはピタリと謝るのをやめて、少しの硬直の後、肩を震わせながら下げていた頭を持ち上げて。
「ふふっ、やっぱりアルファ君は優しいね」
笑いながら言われた。
もしかして、からかわれてたのかな俺。
「さて!今日はもう遅いしそろそろ寝よっか!」
「そ、そうだね」
スライは「えへへ」と笑い部屋のドアに手を掛ける。
「それじゃあおやすみ!アルファ君!明日からもよろしくです!
なんてね!」
今日一番の笑顔を見せたあと、静かにドアを閉めた。
「…そんなにパーティ組めたことが嬉しかったのかな?」
ぼそりと呟いてから、俺も眠ることにした。
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「これが昨日言ってたとっておきのクエストだよ!」
「…魔王軍幹部・ドスガルスの討伐?」
「そう!」
翌朝。
朝の早い時間に部屋に訪れたスライに叩き起こされた俺は寝癖もそのままにギルドへと連れてこられた。
人はほとんどいない。
見えるのは受付の美人なお姉さんが三人だけ。
しかし…眠い。
まだうすらぼんやりと夢が見えてるこの状況で依頼書が読めたのは奇跡と言ってもいい。
せめて顔くらい洗いたかった。
「…ねえ聞いてる?」
「え?
あ、あぁ!ごめん、聞いてなかった」
「も~!しっかりしてよ?」
夢に誘われている間にスライは説明か何かをしていたらしく、「今度はちゃんと来ててよ?」と前置きしてからもう一度話してくれた。
「ここから結構離れたところにある【安らぎの洞窟】って場所にドスガルスっていう魔王軍幹部の拠点があるんだ。そこから定期的に魔物が現れて来るせいで近隣住民に甚大な被害が出てて大変なの。
で、その幹部を倒すと、一生使っても使い切れない…まではいかないけど、ちょっとした贅沢なら毎日してても一生過ごせるくらいのお金が王様からもらえるんだって」
「へぇー。すごいね」
「どうかな?アルファ君の力があればどんなに強い敵にも負けないと思うんだけど…」
そう言ったスライの顔には何故か影が落ちている。
「どうしたの?なんか元気ないけど」
ピクンと身体を震わせたスライは左肩を強く握る。
肩を覆う滑らかな特殊合金に深い指の形ができてる。
昨日触らせてもらったからわかるけど、そんなに柔らかい感じじゃなかった。そんな硬さのものを歪ませるんだから、悲しいとか悔しいとかっていう弱い感情じゃなさそうだ。
「…実は、私の家族がさ、こいつらに、殺されちゃったんだよね」
「え?」
予想もしなかった返答に間抜けな声が出る。
スライはいま、家族を殺されたって言ったのか?
彼女の告白で、俺はこの世界がどれだけ残酷なのかをようやく理解した。
科学では至れない神秘になにもかも総てをゆだねた世界。
それはつまり、科学の力では害となる敵に死を与えられないということ。或いは、科学では準備が間に合わないということだ。
銃を使うためにはそれなりの訓練が必要だ。射出時の反動に負けない筋力、精確な射撃を支える安定した立ち方、銃弾や銃そのもののメンテナンスだって必須だ。
けれど、呪文の行使に必要なのは分別のある精神と才能だけ。当然才能のない人だっているだろうけれど、その人のために魔道具と呼ばれるものがある。その使用に必要なものなんて米粒程度の魔力だけ。後は自分に当たらないようにさえすれば大抵の魔物は死ぬ。
そんな物が普及している世界にもかかわらずスライのような人が多くいる。
俺はそんな世界に転生した時、なんて考えていた?
少しだって【嬉しい】と考えていただろ?
この世界なら俺みたいな日陰者でもたくさんのかわいい子たちと一つ屋根の下、楽しく過ごせるんじゃないかって少しでも思ってたんじゃないか?
途方もない力で富も名声も思いのままだって。
俺は、そんな浅はかな気持ちで俺は…!
「ごめんね、変なこと言っちゃって!
そんなに怖い顔しないでよ。理由なんて単純なんだからさ。
ただ運が悪かっただけ。アルファ君の知り合いにも一人くらいいるでしょ?」
よほど怖かったんだろう。俺の気持ちが落ち着くようにスライが無理して笑顔を作っている。
知っているはずない。
だって俺の元いた世界は、人がすべからく支配していた世界なんだ。
森にさえ、海にさえ、裏道にさえ近づかなければ一生を安心して暮らせるような世界だ。
だから、スライやその他の人たちが常にそんな危険に晒されているなんて思いもしなかった。
「…いっそのこと言っちゃうとね。
私が旅人になったのはあいつらを殺すためなんだ。アルファ君を誘ったのもホントのところはそれが目的なの。
だから、大量にゴブリンを呼んで、君の力を試すようなことしてさ。
ごめんね、私、最低なんだ」
笑顔を崩すことなくスライは言葉を紡ぎ終える。
肩の握る力をさらに強めて。
最低?この子は何を言っているんだろう。
仇討ちでしか果たせない願いなんて向こうの世界ですら腐るほど蔓延してた。当然俺にだって憎しみだけで殺せるような強い恨みがある。
けれど俺にはそれをいさめるための勇気がなかった。
その結果、俺は今日この日まで後悔し続けてる。
だったら、彼女を救うしかないだろ。
こんなくだらない感情、少しだって持ってちゃいけない。
「…いいよ。やろう」
そう言うとスライの笑顔がゆっくりと崩れていく。
「…いいの?」
伏せ気味な顔で俺を覗き込んでくるスライ。
その頭を撫でてあげる。
「だって、悲しみも憎しみも一緒に背負うのが仲間だしさ。
それに、スライの悲しい顔は見たくない」
「ありがとう…」
「泣かないでよ」
「うん、ごめんね。ごめんね…」
人生において意味のない出来事なんてない。
誰かがそんなことを言っていたけど、俺の異世界転生した理由が今初めて分かった。
俺は、スライのためにこの力を使おう。
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「じゃあ今から、ゴミの処理をしたいと思いまーす!」
ここは陰鬱とした空気が漂う場所。
スライを悲しませたゴミのたまり場・安らぎの洞窟。
この名前からは想像も出来ない程に闇を侍らせる洞窟の入り口に向かって、生まれて初めて啖呵を切った。
「創造の前に破壊あり。
轟雷は大地を砕き、幕雷は空を覆い、迅雷が空間を裂く。
あらゆるものは砕け、焼け、形を失う。
天より招来せし紫電は鉄槌が如く世界に振り落とされる」
詠唱によって辺りに魔力が満ちていく。
素人の俺でもわかる程の魔力の高まりは、洞窟の中で悠々と過ごしているゴミ共に混乱も届けていることだろう。
「ここに神々の黄昏を」
空気が激しく振動する。
大地が鳴き、木々が悲鳴を上げ、動物たちが命抱えて彼方へと姿を隠す。
帯電の鉄槌と化した魔力の塊は、光速で洞窟へと駆ける。
眼で追えているのは、ただの名残。影法師にも似た目の錯覚。
空気の炸裂した音と同時に耳に届いたのは、困惑と絶望に作り上げられたおぞましい悲鳴。
その声が止んだのは、十秒も経たない時だった。
「…ほんとに、やったの?」
念のため背後にある岩に隠れてもらっていたスライが俺の肩越しに洞窟の中を覗く。
焦げ臭い黒煙が広い場所を求めて段々と現れる。
煙が出てるということは間違いなく何かを燃やしたということ。
中にいるのは情報通りならドスガルス含む魔物軍の魔物たち。
「多分、やった」
肩で震えていた手が離れる。同時にペタンという座る音がした。
「なんだかあっけないなぁ」
そう口にしたスライの顔は笑顔ではなかった。
彼女にしてみれば、今日までの人生を全部あいつらを殺すために使ってきたんだ。なのにいきなり現れた俺のお陰で大した苦労もなく復讐劇に幕だ。
脱力して放心状態になるのも仕方ない。
「…でも、良かった。
私一人じゃ…ううん。他のどんな強い旅人と組んでもあいつらを殺せはしなかったと思う。
だから、ありがとう」
座り込んだままお礼を口にしたスライの顔は悲痛なまでに優しい笑顔だ。
…俺はこれで本当に良かったのかな?
彼女と共に本拠地に乗り込んで暴れた末に事切れた方が彼女にしてみれば幸せだったんじゃないか?
無視しちゃいけない気持ちが溢れてきた時だった。
『オ、オオオオ!オオオオオオオオ!!!!!
よくも、よくも!!!』
「…ドスガルス!!」
煙と共に洞窟から這い出てきたのは、全身の皮膚が焼け焦げ、部位によっては黒ずんだ骨すら露わになった、馬と鰐と鷲が合わさったような顔をした化け物・ドスガルス。
必死に土を削りながら俺たちの足元へ近寄ろうと全力を尽くしている。
「…やっと、やっとお前を…!!!!!」
座り込んでいたスライが弾けたようにその場から飛び出す。
頭を落とし長剣に手を掛けてドスガルスへと土埃を巻き上げる。
『オオオ…こんな、ところで…私が…!!!』
「覚悟ッ!」
言葉は刃となってドスガルスの身体を斜めに切り裂く。
血液らしき液体は飛び散らない。
さっきの雷でとっくに蒸発したんだろう。
『ゴォォォオア!!許さん…許さん許さん許さん!
我が無念よ…主人の元へと届け…!全て、全て全て全て!!』
地の獄で響く亡者の怨念が音を持ったような、身の毛もよだつ咆哮が樹木に亀裂を走らせる。
サンドウィッチのパンのように胴体を切り裂かれたというのに、未だ言葉を吐き続けるドスガルス。
あまりの狂気にスライは一瞬竦んでしまう。
『いずれ、貴様らを殺しに魔王軍が総力を挙げてやってくるだろう…
それまで、甘ったるい勝利に酔うんだな…劣悪種が…』
断末魔を最後に、ドスガルスはピクリともしなくなった。
やがてその残骸は一陣の風を合図に霧散する。残ったのは黒く焦げた地面だけ。
「…はは、ははは。
やったよ。父さん母さん、リユン。私ね私ね…!」
「スライ!」
糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちるスライ。
駆け寄っても間に合わないことはわかっていても身体が勝手に動く。
「…大丈夫。もう、平気」
そう口にしたスライの微笑みは空の果てに輝く一番星よりも美しく光っていた。
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「…俺は明日、魔王軍の拠点に乗り込もうと思う」
「うん」
空に夢が満ちている。
ひび割れた大地と恵まれた大地の境目。森の入り口で、星よりも強い光のように映る炎を囲む俺たち。
ドスガルスを倒してから二時間。スライの持つ地図に載っている立ち入り禁止区域の最も上に記されている土地、【魔獄享楽・ネザー】へと向かう途中で野宿することになった。
けれど、その地に到着する前にはっきりさせなきゃいけないことがある。
「スライは、どうしてついて来るの?」
「え?」
全く予想していなかったスライは質問に首を傾げる。
そりゃあそうだ。ついさっきまで仲良く家族の話をしていた相手からいきなり「どっかいけ」なんて言われれば誰だって驚く。
「だって、旅人を続ける理由はもうないでしょ?」
「あ…
で、でも!私とあなたはパーティで仲間だし…その…」
「そんな理由ならついてこない方がいいと思うよ。多分強いと思うし、魔王」
そう言うとスライは急に立ち上がって。
「バカ!アホ!知らない!」
小学生並みの悪口を言ったかと思うとすぐに魔道具の寝袋に包まってしまった。
心配で言ったのに何で怒ったんだろう。
しかし、まさかこっちの世界にも寝袋が存在するなんて思わなかった。
もっとこう、魔力で簡易テント的な物を作れると思ったんだけど、ごく普通の一軒家やお城級の物しか建てられないとは。
こっちの世界は比較的温暖とは言え、星空の下何も掛けずに寝れるほどじゃない。
…どうしよ。
魔物除けの魔法を使ったから、それこそ魔王レベルの魔物以外近づけないから身の心配はないけど、このままだと間違いなく風邪を引く。そうなれば声が出なくなって詠唱が出来なくなって敵が倒せなくなる。
困った。
「…何してるの?」
そんな絶体絶命のピンチの中、ひょっこり寝袋から顔を出したスライがジトっと見てくる。
「…それ何人用?」
「ウソでしょ?」
スライは短く沈黙したあと。
「…変な事、しないでよ」
ゆっくりと寝袋の入り口を広げ、中に入るように促してきた。
その日、産まれて初めて女の子と背中合わせで眠った。
いや、眠れなかった。
ギンギンに覚醒してた。
当たり前だ。年頃の男の子が年頃の女の子と身体を密着させたらいけない気持ちになるに決まってる。しかもそれが身動きの殆ど取れない空間ともなれば効果の程は説明するまでもない。
足先や背中に後頭部と、背後と称される身体においてはむしろ接していない部位を探す方が難しい。
そんな幸せな時間がたき火が消えるまで続いたころ。
「…寝た、かな」
世界の静寂を守るような声が耳に響く。
起きてる。
冴えに冴えてる。
けどそんなこと言えない。
『キモイ』と言われて寝袋から追い出された日には死んでしまうから。
そんな俺の気も知らずにごそごそと寝袋の中で暴れるスライ。
こんなに動かれたら寝てても起きるだろ、そんなことを考えていると、今度はむしろ静寂を帯びた声で。
「私ね、一生あなたについていくから」
なんて、とんでもないことを言い始めた。
「命を救われて、願いを叶えてくれて、今はこうしているけど…私に街へ引き返すように提案してくれて。こんなにいっぱい優しくされて好きにならないわけないでしょ。ばか」
耳に響く声が増える度に熱量が増す。
それはスライ自身の気持ちが露わになっていくことだけが理由じゃなくて。
「今まで私の中にあったのは人に話せないような復讐心だけだった。でも、そんな日々にあなたが終わりをくれた。
今日あの時から私にもう一つの旅路が出来た。それは、道を教えてくれた人と共に進む旅。
…ね、だから、私に居させてよ。あなたの隣に」
こんなに恥ずかしいセリフを聞いてる俺の身体の火照りもある。
いや、多分半分以上が俺が原因だと思う。
だって、愛の告白されるのなんて初めてだから。
「…本番でもこのくらい言えるといいなぁ」
胸が切なくなる言葉を最後に、それっきり、時折吹く風の音しか聞こえなくなった。
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「…ここまで来てお別れ、なんて言わないよね?」
「まさか。むしろ見ていてほしい。俺のカッコいい姿を」
耳をつんざくのはおびただしい数の魔物の咆哮。或いは、志半ばで潰えた旅人たちの怨嗟の声。
その中でもなお隣にいることを望んでくれる彼女の鈴の音は耳に優しく響く。
そして、今からここに響き渡るのは彼らの幕引きのベル。
ネザーの総てを見渡せる高台で手を繋ぎ、溶岩の大地と人骨の城を見下ろす。
「生命の息吹、天の祈り」
魔力はゆっくりと下りていく。
「再生と崩壊を繰り返す大地。至るべき完成へと揺れ動く。
血は水。骨は木々。細胞は鉱石。
凄惨たる夜が明けた時、壮絶な朝が始まる」
二節、三節と紡がれ、更なる魔力が溶岩の大地へ降り注ぐ。
地面が揺れる。
激しい地鳴りと共に視界が少しずつ震えていく。
「…平気」
力強く握り直される右手。
安心する手の圧迫感は、俺を勇気付けた。
「変われ。変われ。変われ」
空間を震わせた声は大地を揺らす振動となる。
立つことすらままならない揺れが俺たちの立つ高台にも訪れる。
けれど、もっとも恐ろしいのは眼下に広がる世界。
ひび割れた溶岩の大地。立ち上がる赤き柱。
それらに触れればどんな栄光に守られた防具であっても一瞬で消し炭になる。
確認できるだけでも五十は下らない溶岩柱に巻き込まれていくのは、この世界で悪を尽くす生物たち。
死に際の言葉はない。
悲鳴すらあげる間もなく、事態に気付こうとする暇すら与えず、ありとあらゆる魔物が塵と消える。
それでもやはり、魔王だけは違かった。
『おのれぇぇぇええ!!!!!!
よくも!よくもよくもよくも!!!!この魔王ザールアに!!傷を!!!!』
星の鳴らす音よりも恐ろしく響くのはザールアと名乗った魔物。
『どこにいる!!!見つけ出して、貴様にもこの苦痛を受けさせてやる!!!』
絶望に音があれば。
そう思えてしまうほどに、その声は俺の心を圧する。
恐怖で膝が砕けそうになる。
でも、そうはならない。
「アルファ君…!」
隣でこの手を握ってくれる人がいる。
俺を好きと言ってくれた女性がいる。
ただそれだけの理由で、あらゆるものを破壊しようとする魔の王と対峙するための勇気が生まれる。
「大地を支えし竜よ、ここに創生を」
その一言で、溶岩の大地は文字通り二つに割れた。
『あ…あぁ…!あああああああああ!!!!!!
覚えていろ…その目に、その鼓膜に、その脳に、その胸に!深く刻み込め!
我は死なぬ!貴様のその記憶に永劫響く憤怒と憎悪を!!!!』
骨の城が溶岩で溶けていく。
至る所に見えていた、生き残り魔物を全て飲み込んで消えていく。
魔王ですら例外じゃない。ゆっくりと閉じていく溶岩の大地にが閉じるまで、言葉にならない怨念を撒き散らしていた。
「…これで、もう二度と君から家族を奪うものは無くなった」
隣に立つスライに言葉を掛ける。
失敗しないように、言葉を間違えないように、限りなく注意を払って、その手を両手で握る。
「どうしたの?」
喜びのあまりに取った行動じゃないと分かったスライは首を傾げる。
そう、俺は別に魔王を倒して嬉しがってるわけじゃない。
なんなら、倒せないものに怯えてすらいる。
「…その、さ」
この敵はどんな魔法でも、多分倒せない。
「お、俺、俺と、つ、付き合ってください!」
誰の心にでもある、羞恥心だ。
ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー
魔王を倒してから一週間が経った。
未だに俺を転生させた神様にも、天使にも、ましてや悪魔にもあってない。
「ほら!さっさと行こうよ!」
「ちょ、まっ、まだ寝癖が…!」
「そんなの行きながら直せるって!ほらー!」
天真爛漫に町の出口の門まで駆けるのはスライで、その後を情けなく追いかけるのは俺。
「置いてっちゃうぞー?」
「はぁ、はぁ、はぁ。
ホント、体力だけは俺より上だよね」
「なにおう!?惚れた弱みっていうのがあるらしいけど…そんなこと言っていいの?」
そんなことを言ってイジワルな笑いをされる。
スライと付き合ってから一週間が経った。
当然といえば当然だけど、その間に俺の全然知らない彼女の一面を沢山見た。
虫が嫌いで、料理が上手で、頭が良くて、歌が下手で、お酒は匂いを嗅ぐだけでダメで、結構大食らいで。
だけど、まだ一度も見てないものがある。
「…ね、だから、私に居させてよ。あなたの隣に」
「…え?」
まだ俺は彼女から例の告白を受けてない。
実はまだ一度も『好き』とは言われていない。
俺の気持ちは受け入れてもらえたけれど、彼女の気持ちを聞こうとするといつもうまくはぐらかされてしまう。
「え、え、え?どうして、アルファが、私の気持ちを知って…
ま、まさか!」
みるみるうちに顔を紅くして汗を飛ばすスライ。
これも初めて見る彼女の一面だ。
「今日あの時から私にもう一つの旅路が出来た。それは、道を教えてくれた人と共に進む旅…」
「ま、ま、まさか。まさかまさかまさか!
あの時、起きてたの!?!?」
とうとうゆでダコのように顔を真っ赤にしたスライ。
これは二度目。
一昨日、いきなり抱きついてその時に告白を聞き出そうとした時に彼女が見せた顔。
そしてこの後の展開も知ってる。
「ば、ばかーーーー!!!!!」
「どっちが惚れた弱みなんだろうねー!」
子供みたいな悪口を言いながら追いかけてくるんだ。
「あほー!まぬけー!へんたーい!!!」
俺が異世界に転生した理由。
それは、長剣を振り上げて俺を追いかけてくる彼女の力になること。
これから先、俺とスライは魔王軍の残党を倒しながら世界を救い続けるんだ。
たった一度の転生を最愛の人と共に!
END
異世界転生チート無双系主人公、ここに極まれりと言った感じです。
御託はいいからさっさと魔王ぶっ殺しちゃおうぜ。そして好きなあの子と付き合っちゃおうぜっ★
って感じの話でした。
詠唱はやってみたかったんです。
あ、もしこれで私の作品に興味を持ったら、ぜひ連載の方も呼んでください。
そいでは、また機会があれば。