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吾輩は猫であるが、魔王に任命された

作者: りんじゅん

 吾輩は猫であるが、魔王に任命された。



 ご主人様は魔王であった。

 魔物に追われ、傷つき倒れていた吾輩をご主人様は救ってくれた。

 以来、約十年間ご主人様と吾輩は共にあった。


 ある日突然、ご主人様は床に伏せた。

 いかに強大な魔力を持つご主人様でも歳には勝てなかった。

 旅立つ直前にご主人様は吾輩を魔王に任命した。




 そして数年の時が過ぎた。

 場所は魔王城、魔王の玉座の上に吾輩はいた。

 そこからご主人様から受け継いた魔力を使って、城内の様子を窺っていた。

 吾輩をも凌駕する魔力の持ち主が近づいていたからだ。


 一つ、また一つと命が消えていくのを感じる。

 城内のどの魔物も、その侵入者の歩みを止められないらしい。

 気づけば、その気配は吾輩のいる謁見の間の前にあった。


 そして、謁見の間にかけられた強力な結界さえも破られた。


 現れたのは美しい人間の女性であった。

 端正な顔立ちに光り輝く金色の髪、そして全身から溢れ出る比類なき魔力。

 いつの日かご主人様が語っていた『勇者』なのだろう。


 魔王と勇者は必ず出会う運命にある。

 吾輩を膝に乗せたご主人様は言い聞かせるように語っていた。

 ついに、その運命の時が来たのだ。


 吾輩は勇者と対峙する。

 そして、戦うために魔力を高めようとして、


「か……、可愛いぃ!!」

「にゃあああぁぁっ!?」


 突然、勇者に抱きしめられた。


「なんで猫!? でも可愛すぎてやばいぃぃ!!」

「ふにゃっ! にゃあぁぁあ!!」


 暴れる吾輩を勇者は力づくで抱きしめ、頬を擦りつけてきた。

 魔力だけでなく、力も桁外れのようであり、さすがに苦しかった。

 勇者を引き離すために、吾輩は魔力を放出し、それを勇者にぶつけた。


 勇者は吹き飛ばされ、壁に激突した。

 衝撃で壁は崩れ、その体を瓦礫が埋め尽くした。

 おそらく死んではいないが、無事ではないだろう。


 暫くの間、謁見の間が静寂に包まれた。

 戦いは終わってしまったのだろうか。

 そう思って、何故か苦しさを感じた瞬間、瓦礫が宙に舞った。


 勇者が立ち上がっていた。

 額から血を流し、だらんと垂れ下がる左腕を抱えながら。

 満身創痍でありながら、吾輩を見つめるその目は輝きを失っていなかった。


「……おかしいと、思っていたの」


 そう呟きながら、勇者は足を引きずるように動かす。

 ゆっくりと近づいてくる勇者に恐怖し、吾輩はまた魔力を込め始める。


「好き勝手に暴れる魔物や、我こそが魔王と威張っていた魔物はいたけど」


 一歩、また一歩と近づいてくる。

 次こそは確実に仕留めるために、ありったけの魔力を込める。


「君のことを想っている魔物は一体もいなかった」


 あと少しで勇者が射程圏内に入る。

 胸の苦しさをごまかすように魔力放出の準備に集中する。


「……そして、ここに辿り着いてやっとでわかった」


 勇者が吾輩の目の前に辿り着く。

 もうとっくに射程圏内なのに、何故か攻撃が出来なくて。


「もう、大丈夫だよ」


 そして、勇者にまた抱きしめられた。


「結界なんてなくても、私が守ってあげるから……」


 そう言って吾輩を抱きしめる勇者の温もりは、どこか懐かしくて。

 吾輩はご主人様との日々を思い出していた。


 傷だらけの吾輩を魔法で癒やしてくれたご主人様。

 毎日、美味しいご飯をくれたご主人様。

 寒い夜に暖かい腕で包んでくれたご主人様。

 そして、一人になる吾輩を守るために最後の力で結界を張ってくれたご主人様。


「にゃあぁ……、にゃあぁぁ……!」


 気づけば、吾輩は泣いていた。

 胸の苦しさが止まらなくて、迷子の子猫のように泣き続けた。

 そんな吾輩を勇者は泣き止むまで抱きしめてくれた。






 それから、また時は過ぎ。

 場所は勇者の邸宅、勇者の膝の上に吾輩はいた。


 あの時、勇者は吾輩との戦いを放棄した。

 王様には魔王を滅ぼしたと嘘をつき、吾輩を内密に引き取った。

 つまり、勇者が新しいご主人様となったのだ。


 大怪我をさせたにも関わらず、勇者は吾輩に優しかった。

 毎日美味しいご飯をくれ、冷える夜には温もりを与えてくれた。

 それはまるで、前のご主人様のように。


 魔王と勇者は必ず出会う運命にある。

 吾輩にそう言い聞かせたご主人様は、わかっていたのかも知れない。

 勇者がご主人様と同じ温もりを与えてくれることを。


 勇者の膝の上で、吾輩は頭を撫でられている。

 そこには魔王の威厳なんて欠片もない。

 だが、それでも良いと最近は思えるようになった。



 だって、吾輩は魔王である前に、猫であるから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短い中にも十分な背景と物語性、そしてキャラクターの心情も描かれていて、満足しました。ハッピーエンドであるところも良かったです。 [一言] いくら魔王でも、それが猫じゃ勇者も戦えない。納得で…
[良い点] 猫魔王の可愛さや、良し。勇者の寛大なところも良し。物語を楽しませて頂きました。
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