冬の季節、春に恋して。
冬の夜。
私には迎えが来る。誰にも秘密の私だけの時間。
ベッドの脇にある窓から、寝る前の空を見つめると、
少し遠くには電車が走る。
ウチから電車の走る線路までは、一面が雪景色で
遮る物はないため、電車に乗っている人が一人ひとり見えそうで怖くなる。
実際はそんなことはないけど。
しばらくすると、するするとどこからともなく
触り心地のよい“猫のしっぽ”のような綱が現れる。
3回ちょんちょんちょんとひっぱると、イエス。
1回大きくひっぱって、ぱっと離すと、ノー。
ノーの時はきまって、私の機嫌がすこぶる悪い日で
それを知っているかのように、“しっぽ”を伝って
キラキラひかるキャンディーが私のもとに届く。
その日は散歩には行かない。
もらったキャンディーは、麗らかな日に咲く桜のような
不思議なくらい甘い味がしてとっても悔しい。
イエスの時は、“しっぽ”がJの字になってくれる。
そこに腰掛けるだけ。
あとは“しっぽ”の気が向くままに散歩に連れて行ってくれる。
冬だけど、別に寒くない。
“しっぽ”はとてもあたたかい。私が触れた事のないあたたかさで
それはたぶん優しさとか痛みなんだと思う。
この前は、どこか知らない国の時計台の横を通り過ぎたし
すごく高くで飛行機とすれ違った時もあった。
どこに行くかは“しっぽ”の気まぐれ。
その間、私は嫌なこと、未来が見えないこととか
言いようのない不安とか、ざわざわした気持ちを
すっと忘れられる。“しっぽ”は夜の散歩中、
私が泣いていることをきっと知っている。
そうやって2月を過ぎて、3月になり突然暖かくなった日。
“しっぽ”が初めて私にメッセージをくれた。
「今日で最後だよ。冬が終わると僕はもう君のもとには来れないんだ。」
「うん、知ってた。わかってたよ。今までありがとうね。」
そっと“しっぽ”を抱きしめて、また泣いた。
月がキレイな夜で、世界中のみんなが月を見上げて
心を震わせることができるような平和な時間が
一瞬でも訪れてほしいと思った。
誰かの幸せを願うのは、
自分の幸せを願うことから逃げているからなのかな。
そうしているうちに、
“しっぽ”は初めて家ではないところで止まり、私をそっと降ろした。
私にはここがどこかもわからなかったけど、
ふわふわとした雲の上のような場所なのだと思う。
「いままで僕に付き合ってくれてありがとう。
君が泣き止めばと思ったけど、それは僕にはできなかったね。
ごめん。」
「いいの。私の誰にも受け止めれもらえなかった哀しみを
受け止めてくれてありがとう。訳もなく泣いていた私のそばに
ずっと居てくれてありがとう。
また、まってるね。来年も、再来年も、ずっとずっと。」
彼は“しっぽ”と同じくらいあたたかかった。
ぎゅっと抱きしめられて、
ああ、春のあたたかさはここにあったんだな、と思った。
-冬の季節、春に恋して。fin