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ひと夏の恋、七年越しの約束  作者: 紫 陽花
1/3

The unvocal story

ねぇ、この前本屋で見つけたんだけどさ、

――――この本、覚えてる?」

「お、懐かしいな。これで運命変わったよなぁ、俺ら。忘れるわけないだろ」


本好きだ、と自負していた。好きな作家の著書は全巻読破、せりふを覚えるまで読み返す。当然、周りの人に勧めたい衝動が芽生えるが、私はその芽を摘み取る習慣があった。

以前、彼氏におすすめの本を勧めて「面白かった」・・・となんとも無味乾燥な感想しか返ってこなかったために、多いに幻滅した経験からである。(ほどなくして別れたきっかけの1つでもある。)

本好きが高じて文芸部に入り浸り、勉学は疎かになった。高校卒業後、予備校行きが決定したのは当然の帰決だった。


浪人した友人もほとんどおらず、独りで出席した予備校の入学式。私に、声がかかった。

「久し振りね、元気?」

驚いて振り向くと、小学校の時に同級生だった男子の母親だった。

ただし、その男子は中学、高校と地元を離れていたため、幼なじみ、といえる関係ではないが。

・・・なるほど、浪人して、地元に帰ってきたのか。

よろしくね、と笑いかけられた私は、こちらこそ、と曖昧な笑顔で応えるほかなかった。


4月15日。俺の暗黒の始まり。屈辱の最高峰ともいえる予備校の入学式に、母親と2人で参加した。

もしかしたら昔の知り合いがいないとも限らないこの空間で、隣同士で座ることなど論外だ。2、3列前の座席に座ることにした。・・・気にするまい、と携帯電話を見つめても、どうしてか母親の声というものは聞こえてくるものだ。

「久しぶりね!」・・・ああ、やっぱりいたか。なんて奴かな、と思いつつわざわざ振り返って確認するのも煩わしく、会話に聞き取ろうと耳だけ傾けた。

何が「よろしく」だ、と悪態をついた直後の声に凍りついた。

「こちらこそ!」

――――それは、俺が本を読むようになったきっかけの人だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ねぇねぇ、あの入学式の時さ、私に気付いてた?」

「声でわかったよ、ってか名前で呼ばれてただろ」

「そっか、私はあなたを見つけられなかったんだけどな」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



学力至上主義の予備校で、私と彼が顔を合わせて話をすることはほぼなかった。

教室移動で忙しい休憩時間、廊下ですれ違う一瞬にあいさつをするくらい。

何の進展があるはずもなく、春は一気に過ぎ去った。


「厳しい」が売りの、この予備校。夏休みは1週間しかないが、その分、練りに練られた計画を立てる友人は多かった。そんな中、「自習」という予定をみっちりと入れていた寂しい私に、彼は声を掛けてきた。


「映画、行かない?」


いきなりのデート感が私を戸惑わせたが、たぶんひとりで行きにくい映画であったのだろう、だから近くにいた私を誘っただけなのだ、と言い聞かせた。

私が勘違いを起こさないように、私のために言い聞かせた。




映画館に着くと上映まで1時間以上あった。彼はどうだったか知らないが、少なくとも私は“カップルに見える"役得を楽しもうと決めていた。とするならば、ただ隣に座っている映画より、話せて一緒に歩ける時間の方が貴重だ。暇潰しに彼が提案したのは本屋で、好感度は一気に上がる。

読書が好きだと話した記憶はない。すると彼は意図なく私にクリーンヒットを決めたのか。

「本、好きなの?」

「そうだね、かなり読むよ。この人の本なんか特にね」

取り出してきたのは――――私が一番好きな作家のデビュー作。

う、落ちる。真っ逆さまに。

「私もこの人の本大好き、全部持ってるよ」

「俺も結構持ってる、この人いいよな」

楽しかった。静的な趣味の代表ともいえる読書、これを共有できる男子は初めてで、時間を忘れた。


「もうそろそろ入場だな、行くか」

      ・・・少し残念だったのは、今も残るヒミツの1つだ。



件の映画は、見ていて恥ずかしくなるほどの純愛アニメーション映画だった。

          

その日を境に、少しだけ、私の中で彼の立ち位置が変わっていた、と思う。



中学、高校と地元を離れていた俺に、夏休みにわざわざ連絡を取って遊ぼうと思えるダチはほぼいない。

うわ、さみしー、俺。と思いながらいつもの本屋へ足を運んだ。昔から通っている本屋で、レジで新刊情報を話し込んでしまうことも度々あるくらいだ。

その日、最も目を引くポップがつけられていたのは、

「話題の映画、監督自らの書き下ろし小説!」――――だった。

映画は嫌いじゃない、1回観に行こうかな、と思ったとき、思いついたのが君だった。


映画はもちろん良かった。 が、一番印象に残ったのは、普段見ることのできない君の涙だった。



「今思えば、映画より本屋の方が嬉しかったんだよね」

「当時言われなくて良かった、ヘコむわ。結構勇気要ったんだぞ、君を誘うの」

「もちろん映画はとても嬉しかったけど、あなたが本を読む、ってことが私には格別に嬉しかったの」



私が完全に彼に“落ちた(```)"のは、1冊の本を彼に貸したことに起因する。

「どうだった?」その日の夜に送ったざっくりとしたメールに、彼は長文の返事をくれた。



――――――読みながら、急速に惹かれていた。

私よりも私の好きな感想を持ち、なおかつ文字に起こすことができる人。しかも、私が勧めた本で。私に言わせると、「好きにならないわけがない」。

夜中に特有のハイテンションで、思わず「好きです」とメールをしそうになったが、送信する前に理性が止めた。

こんなに真面目に感想をくれた彼に、私はなんて返せばいいのだろうか。

どう返しても彼の真摯さに応えられないように思えて、結局ありきたりな返事でお茶を濁した。




打ち上げ花火のように、楽しい時間は一瞬で終わる。夏が終わり、涼しくなってくると、一気に受験モードがのしかかってきた。

今までの時間は夢だったのかと思うほど交流がなくなったが、そのたびにお揃いにした携帯の待受画面を見て夢じゃなかったと思い直した。


秋の日は釣瓶落とし、とはよく言ったもので、予備校の授業をこなしているだけで月日が過ぎ去った。特に何ということもなく、である。




秋が過ぎ、12月も走り去って行った。

1月の始めに、私達、ひいては全国50万人の国内最大級一斉デスレースが無機質なチャイムで始まった。




まだ桜の蕾すら見えない2月、至るところでサクラが咲き、また、散っていく。



季節は巡って、暦の上では春がくる。

新たな1歩を踏み出した彼を前に、言いたい言葉は1つだった。

「一年間ありがとう、楽しかったよ。向こうでも頑張ってね」

好きでした、なんて言いたくない。叶わないことを口にするほど悲しいことはない。

だが彼は――――お見通しだ、という笑顔で言った。


迎えにくるから。


早く行け、と泣き笑いで彼を改札口に押し込み、その後、家で思いっきり泣いた。



「あの時は、ホントに格好つけてたよね」

「いいじゃん、実際迎えに来ただろ。・・・ちょっと、感動の別れをしてみたかったんだよな。君が待っててくれて嬉しかったよ」



彼は自分の夢を叶え、私は途中で挫折した。







月が沈み、季節が巡って、また春がきた。

もう何年も会っていない友人――――でも月に一度くらいは思い出すその名前―――の、メールの着信を携帯が告げた。

件名は「久しぶり」で、本文は続いた。


俺のことを、まだ覚えているでしょうか。

あのときの約束を果たしにきました。

もし、君がまだ待ってくれているなら、

今夜9時、××前で会ってくれますか。

待ってます。



七年目となる一人の部屋で、声をあげて泣くのは初めてだった。



時間は遡る。

合格が決まった瞬間、最初に思ったことは、「これで君に告白できる」だった。

両親、予備校への感謝はすべて二の次だった。


迎えに行くから。


生まれてはじめての告白で、最高に格好つけた。

――――――君が俺のことを好きだなんて、とっくの昔に気付いてたよ。


大学に入ってからは、さらにがむしゃらに勉強した。まるで、見えない何かに追いたてられるように。



君と離れてから七年目となる春、俺はようやく“学生"の身分から脱した。

もちろん、これからが本当に忙しい日々になるのはわかっている。


・・・が、その前に。

あのときの約束を、果たしに行かなければならない。


君はまだ、待ってくれているだろうか。



指定された場所は、私が今住んでいる町からひと駅の、小さな本屋だった。それにしても夜の9時に待ち合わせとは、何の意味があるのだろう。そんな時間では、その本屋で暇潰しをするわけにもいかない。

・・・どうしようか。

結局、駅構内の喫茶店に寄って時間を過ごすことに決め、本を一つ用意した。


家を出る前、ふと玄関から部屋の中を見回した。

必要最低限の机と椅子、そしてベッド。テレビ一つすらない、味気ない生活を送ってきていたことに初めて気がついた。


―――――――明日にでも、家電量販店に行ってみようかな。

そんなことを思いながら、殺風景な家をあとにした。

               

・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんばんは。8時のニュースをお伝えします。

まずはこちら、今晩最接近の彗星の話題です。

100年に一度のスーパーショーで、もっとも綺麗に観測されるのは今夜9時頃と――――――――

・・・・・・・・・・・・・・・・・


歩いていくと、どうやら閑静な住宅地が近くにあるらしく、高い建物があまりなくて、視界が開けていた。

街灯も点々としかなくて、星がたくさん見える。

「結構キレイな空なんだな、このあたりは」

待ち合わせまで、あと20分ほどだった。





唐突に、物語は終わる。




俺は今、なぜこんな風景をみているのだろう。

どうして、平和なこの町に規制線があるんだろう。

どうして、赤い光がこの静かな町の闇を壊しているんだろう。



一人のキャスターが、カメラに向かって話し始めた。


今日午後8時40分頃、この××町で殺人事件が発生しました。容疑者は殺人の容疑を認めており、「誰でもよかった」と供述しているとのことです。被害者の女性(26)は背後から首のあたりを数ヶ所刃物で刺され、病院に搬送されましたが、その後、死亡が確認され―――――




ふいに、空が煌めいた。 君とみるはずの、そのはずだった彗星だ。

もちろん、俺にはもう何の意味もなさない。


突然、俺は暴力的な感情に支配された。

威圧的なKEEPOUTをものともせずに警察官に詰め寄る。


返せ。あいつの未来を返してくれ。お前らなんかもう何の意味もないんだよ。

どうしてくれるんだ、俺は、やっと・・・!!


そんなことを大声で怒鳴った気がする。

気がついたら俺は、病院のベッドの上にいた。



「気がついたようですね」

「警察・・・の方、ですか」

「そうです。あなたは昨晩、事件現場で気を失ってしまったんです。少し、事情を聞かせていただけますか」


昨夜。

君と待ち合わせをした日。

なんで君は隣にいない?


“事件現場"


ああそうか、君はもう・・・



いないのか。




「・・・彼女とは幼なじみで、昨日の夜、あの場所で会う約束をしていたんです」

「あんな遅い時間に、女性と外で待ち合わせですか」

「一緒に星をみて、その後、大事な話をしようと思っていたんです。彗星を・・・もちろん、僕は犯人とな何の接点もありません」

「犯人は単独での犯行を認めており、あなたを疑っていたわけではありません。・・・実は、女性が持っていたバックの中身、そのうち財布や携帯電話などはなくなっていたのですが、これだけが残っていたんです。あなたに渡すべきもののようです」

そう言って、一冊の本が手渡された。

瞬間、感情のスイッチが「慟哭」に入った。認めたくない現実がどうしようもなく迫ってくる。



――――それは、いつか君に借りた本だった。

大好きで大好きで大好きな君の、好きだった本。

自分でもよくわからない激情に駆られ、ただ、涙が枯れるまで泣いた。



彼女の最期の顔は見ることが出来なかった。こういう類の事件の際はよくあることだ、と説明されたが、納得がいかなかった。

――――君は、本当にそこにいるのか?そんな狭い箱の中に入って、何をしているんだい?

それども最後のお別れの時がきて、俺は、あの日渡すつもりだった小箱を入れた。


――――――俺を待っていて、君は死んだ。

だから、君が死んだのは俺のせいだ。

そっちで待っていてくれ、なんて言う資格はないけど、どうか受け取ってくれないか。


そして君は、とうとう全く姿を見せることなく逝ってしまった。




私と君との約束は、果たされることはなかった。





「・・・君さ、いくらなんでもこのラストはどうかと思うよ? 後味悪くない? 他の場面もさ、俺以外だと分かんないとこあると思うんだけど」


それでいい。私は、あなたが読んでくれることだけを望んで書いたのだから。



<あとがき>

どこまでが「現実」で、どこからが「物語」でしょうか。

・・・もしかしたら、その考えは逆かもしれませんよ?

すべての糸が組み合わさった(′′′′′′′′′)時、

――――私は、ここで待っていますから。



fin.

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