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「俺、この缶詰好きだったんだよな」


 そう言いながらダッフルは缶詰を鼻先で小突いた。

 死んだのはコロではなく、僕達の方だった。

 ここが現世ではないどこかなら、確かにダッフルの言う通り、人間と犬が会話出来るなんて不思議な事も起き得るのかもしれない。


「とんだ、勘違いだったんだね。死んでるのは、僕の方だったんだね」

「と、俺な」

「そっか。……そっか」


 なんだろう。こんな時なんて言えばいいんだろう。


「でも良かったろ」

「何が?」

「俺と話せて」

「まあね」


 僕らは愛情を持ってコロに接した。京野さんもそれは同じだ。

 でもどこかで、犬を飼うという事、コロと一緒にいる事に、人間のエゴがないかどうかを考える事があった。

 首輪をつけて、リードを付けて、まるで縛るようにコロに家族を強いているような、そんな事はないだろうかと思う事があった。

 人間のエゴが完全にないかと言われれば、そうは言いきれないかもしれない。でも。


“言葉じゃなくたって、心が向き合ってたら、たいがいうまくいくもんなんだよ”


 そう信じたい。そうであってほしい。


「ん?」

「お? どした?」

「あ、いや……」


 どこかで、コロの鳴き声が聞こえたような気がした。


「さて、行くか」

「行くって、どこへ?」

「どこって、俺らは死んでんだ。こんな所にずっといちゃいけないんだよ」

「そうだね、でもどこに行けばいいんだ?」

「多分あれだろ」


 ダッフルの視線の先にぽうっと光っている場所があった。それは街灯のような人工的なものではなく、何かを導くような光だった。

 さっきまでそんなものはなかった。僕らがちゃんと自分達の事に気付いたから、行くべき道が開いたという事なのだろうか。


「早くいかねえと、閉じちまうかもしんねえぞ」

「そうだね」


 僕はダッフルと歩き始めた。光のもとへ。

 死んでしまった僕達が、その事を一時忘れて出会い、言葉を交わしたこの時間はある種の神のイタズラ的なものなのか。はたまた心の奥底で抱えていた、コロに対しての僕らのエゴによる不安。ダッフルが京野さんに思っていた事。自分の恩人に対して、感謝していた気持ち。そういった僕らの想いが重なって引き起こされた事なのか。

 いまや理由なんてどうでもいい。ダッフルと話せて良かった。それでとりあえずは十分だ。

 

“元気でやりなよ”


 そんな姉の声が聞こえた気がして、僕は後ろを振り向いた。もちろんそこには誰もいなかった。

 ふと横を見るとダッフルも同じように後ろを振り向いていた。


「いや、振り向いてちゃいけねえな」

「だから、セリフがいちいちクサイって」

「うるせえ。ほら、行くぞ」


 ――そっちこそ。皆と元気にね。


 僕がそう願うと、返事をするかのように、遠くでわんっと鳴き声が一つ聞こえた。


 僕はもう、振り返る事はしなかった。


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