(7)
花束とペットボトルを置き、私は掌を合わせた。
ゆきひろが事故で死んで、一年が過ぎようとしていた。心穏やかに天国で過ごしてくれている事を願った。
私達の傷も癒えきってはいなかった。あまりに突然の事で、私達家族はその事で長く悲しみに暮れた。
「村田さん」
ふいに後ろから声を掛けられた。
「あ、京野さん」
そこには京野さんと京野さんの父親の姿があった。
彼女達は私達に一礼してから、私が置いた花束の横にドッグフードの缶を置き合掌した。
「少しずつですけど、だいぶと落ち着いてきました」
京野さんは缶づめを見つめながら呟いた。
「私達も、同じです」
横にいるコロの頭を撫でながら、私達も花束を眺めていた。
あの日、ゆきひろはコロと散歩に出掛けていた。同じ時間、京野さんとダッフルくんも散歩に出掛けていたそうだ。
そしてガードレールの前、ゆきひろ達を見つけたダッフル君は小走りでこちらに近寄ってきたそうだ。コロは散歩する時に一応リードをつけているが、ダッフル君は基本リードをつけていなかった。よく躾されており、人に迷惑をかけるような犬ではなかったし、人懐っこい性格で近所でも好かれていたので、周りもとやかく言う事は一切なかった。
そこに、ライトも一切付けずに一台の車が勢いよく突っ込んできた。
ガードレールを突き破る程の凄まじいスピードで、その時にゆきひろとダッフル君は巻き込まれてしまった。
轢かれる直前、コロはリードを持つゆきひろを助けようと、勢いよく駆け出したそうだ。それは普段のんびりとした足取りからは想像も出来ないほど機敏なものだったそうだ。だが残念ながら、ゆきひろは助からなかった。
即死だった。苦しまずに死ねた事はせめてもの救いかとも思えたが、あまりに突然の悲劇に、私達は泣き叫んだ。
運転手の男は過労による居眠り運転だった。眠っているうちに誤操作でライトも消してしまい、アクセルも踏み込んだまま、ゆきひろ達を轢いてしまった。
私達にとっては加害者だったが、彼もまた被害者だった。会社からの無理強いでひどい残業が続き、身体も心もぼろぼろだった。そんな状態が続いた中、さすがにこれ以上は身体がもたないと思い、その日は少し早めに帰る事にしたのだそうだ。しかし身体は限界を迎えていた。彼の意識は自分の意思とは関係なくとんでしまい、睡魔に誘われそのまま落ちてしまったのだ。
彼は私達と京野さんに真っ青な顔をして土下座した。彼が来るまでは怒りと悲しみで煮え滾っていたが、事情を知ってからは何も言う事は出来なかった。少なくとも、恨みの矛先を向ける相手ではなかった。
「一年、あっという間ですね」
気付けばそれだけの年数が過ぎていた。私達の中から悲しみが消えたわけではないが、いつまでも悲しみに暮れていては、ゆきひろにも申し訳ない。
「わん!」
「ん? どした、コロ」
コロが吠えた。それは敵意の者に向ける声ではなく、誰かに呼びかけような声に聞こえた。
「ゆきひろさん、ですかね」
私の気持ちを、京野さんはそのまま言葉にした。
ふいに、ぐっと涙が込み上げてきた。コロはゆきひろによく懐いていた。悔しいが、家族の中で一番懐いてたのはゆきひろだった。そしてゆきひろも、コロの事が大好きだった。
「……ゆきひろ」
もうすぐお盆だ。いつまでも悲しんでいてはいけない。でもあなたを想う気持ちは、皆忘れない。コロも、きっとそう言ってる。
「元気でやりなよ。私達も、元気でやるからさ」
そうだよと言わんばかりに、わん、ともう一度コロが吠えた。