(6)
「理由? 分かったって、どういう事?」
「このまま歩いていけば、自然と分かるさ」
僕はダッフルに合わせて歩き続ける。
さっきから小刻みに頭痛がするのが気になる。
「気のせいかと思ったけど、やっぱり俺とあんたは会った事がある」
「え? でも……」
「思い出せないんだろ。俺も最初はそうだった。でも、あれを見ればきっと思い出す」
「あれ?」
「あんたと会う前に、俺は向こうでそれを見た。最初は俺も勘違いしてた。でも、人と喋れるなんてこんな変な事が起きて、あんたと色々喋ったりして、そういう事かってちゃんと思い出したんだよ」
鼓動が妙に耳についた。ダッフルの言葉通りだとすれば、僕も何かを勘違いしていて、何かを思い出せないでいるという事だ。
ダッフルは何も言わず歩き続けた。
やがて視界の先に、ガードレールが見え始めた。
頭痛が強くなっていく。今見えている先にあるもの。そこは僕にとって痛みを伴う場所でもあった。
「ここだ」
ガードレールのある一か所で僕とダッフルは足を止めた。そこにあるのは花束とドッグフードの缶だった。
違和感と痛みが頭に走った。
そこは、コロが死んだ場所だった。
*
突然の事だった。いつもの散歩道。僕とコロはいつものように歩いていた。
暗い夜道を歩いていると、何かが目の前に歩いているのが見えた。小さな何か。なんだろうと思っていた時に、少し離れた所からエンジン音が聞こえた。音はこちらに向かって来ていた。
しかし夜道だというのに、その車はライトをつけていなかった。暗さのせいで車体の輪郭が曖昧だが、音は一直線にこちらに向かって来ていた。
危険信号が鳴り始めていた。けれど、信号が反応するのが少々遅かった。遠くで聞こえていたエンジン音は、今けたたましい獣の咆哮のような凄まじい音をたてながら、一向に速度を緩める事無く僕らの方に飛び込んできた。
あまりに突飛で、そして恐怖のせいで身動き一つとれなかった。リードを持つ手がぐいっと引っ張られた。そして――。
次に聞こえたのは静かな夜にそぐわない、強烈な衝撃音だった。
視界が真っ暗になった。目を開けるのが怖かった。でも、そのまま暗がりにいる事も怖かった。
僕はゆっくりと瞼を開けた。目の前にはガードレールを突き破った車が一台あった。
「……あ」
リードの先に居たはずの、目の前を歩いていたはずのコロの姿が、どこにもなかった。
「あ、ああ」
僕はがくがくと震える膝をなんとか立ち上げ、ガードレールの先に目を向けた。
そして、そこには――。
*
あの日、コロは死んでしまった。
突然の悲劇だった。奇跡的に自分は助かったが、コロは駄目だった。
それがあの夜の記憶だった。
「それ、好きなのか?」
「え?」
「その飲み物」
「あ、ああ。散歩に行く時は必ず」
代謝がいい僕はよく汗をかく。だから水分補給が人より多い。夏場は特にそうで、僕は外に出るとき、たいがいこの飲料水を持つようにしている。
「なんで、そんな事聞くんだよ」
「……」
ダッフルは無言で花束を見つめた。突き破られたガードレールは既に新調されている。でも壊れたガードレールと突っ込んだ車の車体は未だに記憶にこびりついている。
「優しいよな」
「え?」
「こうやって忘れずに、思ってくれる存在がいてくれるって」
花束は瑞々しくしっかりとしたものだった。
コロが死んで、僕達は度々ここにコロが好きだったドッグフードを供えた。でも今ここにあるのは、しっかりとした花束だ。
もちろん花を添える事もあった。でもこんな花束は僕も姉も、両親も供えた事はない。
僕はその場に屈んだ。
――え。
僕は置かれたドッグフードの缶を手に取った。
しかしそれは、全く家で見かけた事のない銘柄のものだった。
頭痛が激しくなった。
まるで記憶の殻を壊さんと、トンカチで頭の中を直接叩かれているような痛みだった。
「不思議な事には、ちゃんと理由があるってこったな」
僕はドッグフードの缶を置き、花束を手に取った。その花束の後ろに、一本のペットボトルが置かれていた。
それは、僕が今日も持参している、清涼飲料水だった。