(3)
「こんな事もあるもんなんだな」
「いや、そんな軽くすんなり受け入れていいのかな。とんでもない事だよ、これって」
「いいじゃねえか。悪い事じゃねえよ」
「そうかもしれないけど」
「何だよ、何の文句があるってんだよ。犬の俺と人間のあんたが話せるなんてファンタジーで素敵じゃねえかよ」
「ファンタジーって言葉知ってるんだ。っていうかすらすら流暢に喋りすぎだろ!」
「お前な、犬だって喋ってるんだぞ。あんたらにはがうがう吠えてるだけに聞こえてるのかもしれねえけど
何がなんだかよく分からないが、僕はパグと普通に言葉を交わせている。そしてこのパグなかなかよく喋る。見た目はパグだが、まるで親戚のおじさんと喋っているような感覚だ。
「そういや、あんた……」
「ん? 何?」
パグは僕の顔を見て、何やら考えこんでいるようだった。
だがすぐに、「まあいいか」と言葉を切り、代わりの言葉を繋いだ。
「それで、あんたこんな夜中に一人で散歩か」
「うん、そうだよ。君も散歩?」
「まあそんな所だ。っていうか君って呼ばれ方はなんかむずがゆいから名前で呼んでくれ。ダッフルだ」
「ダッフル? どういう意味なの?」
「知らねえけど、あの人はそう呼ぶ」
「飼い主さんか? あ、そうだ。その飼い主さんとやらはどこにいるんだよ」
流れで僕は気になっていた疑問を口に出す事が出来た。
しかし、その質問を投げかけた途端、今まで流暢だったダッフルの言葉が止まった。
何かまずい事でも言ってしまったか。その瞬間、自分がダッフルを見た時に思った事が再び頭を過った。
まさか、本当に――。
「さあな。わからねえ」
「分からないって……」
分からないのか。言いたくないのか。その先にある答えは、僕にはどうしても暗いものしか考えつかなかった。
「そっか」
ならこれ以上の追及はやめておこう。ダッフルの言う通り、犬と喋れるファンタジーを優先してポジティブに捉えた方がいい。
「散歩は好きなの?」
「ん? ああ。家の中も快適だが、散歩は好きだぞ。あんたはどうなんだ? まあ、こんな夜中にわざわざ歩くぐらいだから好きなんだろうが」
「まあ、そうだね。正確に言うと、違うんだけど」
「どういう事だ?」
「僕の家にも犬がいてね。コロっていう秋田犬」
「ほう、そうか。じゃあそいつとよく歩いてたわけか」
「そう。この道をよく一緒に歩いてたんだ」
「定番の散歩コースってやつか」
自然と頭の中にコロと歩いている姿が映しだされる。
身体は大きいのに、性格は穏やかでおっとりしていた。ゆったりとした足取りで、散歩をしていてリードがピンと張るような事は滅多になかった。
「いいよな。俺もよく連れてってもらったもんだ」
ダッフルがしみじみといった感じで呟いた。
流れ的にきっと違和感はあったはずだ。でもおそらく、ダッフルはあえてそこに触れなかった。触れようとしなかった。
「なあ」
「ん?」
聞かれてその都度悲しさに落ちていく、なんて事はない。それでもダッフルにとっては分からない事だ。そこに踏み入るとどの程度の刃になるかは、想像するしかない。
「せっかくだからよ、意見交換でもしないか?」
「何それ」
僕が今、一人で歩いている訳。
「考えた事はなかったか? あんたのとこにいた犬がよ、本当は何を考えてたんだろうかってな事をよ」
「ああ、それはあるね」
コロはもう、この世にいなかった。
だから僕は、一人でしか歩けない。
「いろいろ話そうじゃねえか。えっと、あんた名前は?」
「ユキヒロだよ」
「そうかユキヒロ。これも何かの縁ってやつだな」
コロは、僕達の事をどう思っていたんだろう。