(2)
コロと何度も歩いた道を僕は今日も辿る。
想い出に縛られているなんてネガティブなものでは決してなく、自然と身体が動くのだ。
「ん?」
ふと、暗い夜道の先に何かがいる事に気付いた。少し離れた道の真ん中に白っぽい何かがいる。いや、落ちているのか。遠くからではそれが物なのか、生きている何かなのか、瞬時には判断出来なかった。
僕は自然と歩を速めそれに近付いていった。近付くにつれ、まずそれが物ではない事が分かった。何故ならそれは自発的に動いていたからだ。そして更に近付く事でその正体は判明した。こじんまりとした体躯と、ひょこひょこと四足で歩く姿。
それは、一匹のパグだった。パグは向こうから僕の方に向かって歩いていた。しかし不思議だったのは、パグは赤い首輪を着けていたが、周りには飼い主の姿が一切見当たらない事だった。
――……捨て犬か?
途端怒りが込み上げてきた。愛着を持って接する者もいるが、無責任な飼い主が少ない事も事実だ。
――かわいそうに。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、特段辛さも悲しさも感じさせないよちよちとした可愛らしい足取りを見せるパグと僕との距離はどんどん縮まった。
やがてパグの顔がちゃんと見える距離まで僕らは近付いた。口角を上げ、だらしなく舌を垂らしながら、つぶらな瞳でパグは僕の事を見つめた。僕は触れる距離にまで近寄りパグの前に屈んだ。これだけ近付いても逃げる素振りを見せないあたり、人懐っこい性格のようだった。
「お前どうしたんんだ。帰る所ないのか?」
通じるはずもない言葉を僕はパグに投げかけた。変わらぬ表情で僕を見つめる顔は、不細工ではあるが思わず笑顔になってしまう程の可愛さがあった。
「ちげーよ。散歩だよ」
「ああ、そうなんだ」
パグはおっさんのようなダミ声で答えた。僕は彼が捨てられたわけではない事に安心した。
――……ん?
いや、待て。
何だ。僕は今、すごく自然に流してはいけないものを鮮やかに流してしまったような気がする。
「あんたも散歩か?」
「ん? ああ、うん。そう、だよ」
一つ遅れてようやく感じるべき違和感が一気に襲ってきた。
「あの、さ……」
「ん? 何だ? ……っていうか、あれだな」
絶対におかしな事が今起きている。猛烈におかしな事が。
「喋れてるよな、俺とあんた」
パグの方に先に言われてしまった。