過去(1α) 見た目は子供、頭脳はロリコン。
――ここは男女比率が3:7で、みんな同じ教室で数少ない先生。少なくとも賑やかな、とある幼稚園。今は自由時間。
青いスモックを着た園児達が遊戯ではしゃいでいる。その中に一人……うつ伏せになったまま動かない子がいた――
「痛ってぇぇ……!」
顔や膝やらが、物凄く痛い。取り敢えず体を起こそうとする。
えーと? なんか暗闇の中に光があって? 懐かしい感じがしたから手を伸ばして……? どうなったんだっけ?
頭を掻いて周りを見渡す。さっきから体に違和感が……。
「は? なんだこりゃ?」
体が小さくなっている!? それに周りには何処かで見た風景。小さな子供が元気に走り回っている。
「ここは……」
――確か……俺の……。
「もぉ~なつのめくん。あぶないって言ったのに~」
後ろから幼い声がした。二日前にも聞いたことがある声。今とは違ってトラウマが蘇りそうな高い声。
振り返ると見知った顔。いや見知っていた顔の面影が見えた。
「んな!? せいとッ「ほら!、手」
――あれ……? せいと……なんだっけ? ……? まぁいいか。
僕は、伸ばされた白く透き通った小さな手を取って立ち上がる。恥ずかしさで顔が熱い。赤くなっているのがよく分かる。
皆と鬼ごっこしていて逃げてる途中に余所見して転けただなんて……。いや違う、正確には見惚れていた、目の前の女の子に……。僕の顔が赤いのもそのせいだ。
彼女の髪は金色で、少し黒く見える所もある。透き通った白い肌に青い瞳。それに似合った低めに縛ったポニーテール。
初めて会った時、皆とは違う珍しい容姿に心を惹かれた。僕の好きな相手。
「あ~!! なつのめくんをひとりじめしてる~! コトハちゃん、ず~る~い!」
唐突にウェーブのかかった髪の子が腕を掴んでくる。
「うわッ! 離れろ! 近づくな!」
「「「わたしたちもぉ~!!」」」
「うわぁぁぁあ!!」
勢いのある突進に仰向けになる。そこに続くように体にしがみついてくる女の子達。振りほどこうとしても離れない。
下の組の子や上の組の子まで混じってしがみついてくる。
「は~な~せぇぇえッ!」
本気で振りほどこうとするが無理。男とはいえ一人、数人で掛かる女の子には勝てないのだ。
痛い、苦しい! 泣きそう……。
「コラ!! ダメでしょ! 夏之目くんが溺れてるわよ!」
「キャー!! えんちょーせんせーだー」
大きくて大人びた声に逃げるように皆が離れていく。
「ほら、離れなさい。もぉ~まったく……。夏之目くんも嫌ならイヤって言わなきゃダメだからね?」
「なつのめくん大丈夫?」
園長先生の服の襟をつかんでいる女の子。コトハちゃんだ……。きっといつものように呼びに行ってくれたのだろう。
園長は他の子の元へと行っていってはしゃいでる。
「おう! ありがとうな! いつも助けて貰っちゃって……」
「うん、いつものことだから大丈夫だ、よ?」
頭を傾げるコトハちゃん。
「あれ? はくぶちゃん? なにしてるの?」
コトハちゃんの言葉と同時に首もとに吐息がかかった。イヤな予感がしたので首を抑えながら後ろを振り向いてみると。
「ニヒヒッ! ニヒヒヒヒィイ! なつのめく~ん、好きぃい!」
片目を髪で隠したショート女の子、鼻息を荒くし両手をワキワキしながら近づいてくる。ギザギザ歯と目の下のクマが特徴的ですね。
げぇッ! 北十字 白舞!! この子は皆とは違ってしつこく僕を追いかけてくる。
「私のぉなつのめくぅ~ん」
「う……うわぁぁぁぁぁああああ!!!」
急に顔を近づけてきたのでびっくりして逃げる。
「にげないでぇぇええええ!!」
物凄い凄い形相で追いかけてくる白舞ちゃん。
速い! こ、怖いよぉぉぉおお!!!
「もう……なつのめくんったら。いつも追いかけられてるんだから」
クスクスと可愛らしく笑うコトハちゃんに気づかず大声で逃げ惑う僕がそこにいた……。
――皆嫌いだ! 女の子はすぐ追いかけてくるし! 男の子の友達はそのせいで離れていくし! なにが羨ましいだよぉぉぉぉ!!
今日一日中ずっと白舞ちゃんに追いかけられて涙目な僕がここにいた。
てか捕まっていた……。ホラー映画みたいに羽交い締めされて首もとにヨダレを垂らされた感触が今も……。
「それじゃあ皆さん……!」
「「「さよ~なら~~!!」」」
自由時間が終わり白舞ちゃんから解放され、やっと帰りのホームルームが終わって、お迎えが来る時間になった。
この時間が一番緊張する。親の迎えが遅いと泣き出す子もいるし、友達との遊びに熱中して良い所っという時に迎えに来て、ぐずる子だっている。
勿論僕は泣かないし、ぐずらない。ただ最近……迎えに来る人がちょっと怖いのだ……。
「夏之目……いくよ」
「あら? 《大花さん?》今日は早いのですね……?」
「……。いくよ」
無愛想な彼女……。名前は《大花 麻衣》。僕近所に住んでる従姉だ。容姿は僕と同じで茶髪。髪は肩まで伸びている。一番の特徴として……目が怖い。鋭く尖った目。
僕は黙って帰る支度をする。
「なつのめくんバイバイ~」
「じゃ~ねぇ~」
「ニヒッ、ニヒヒヒヒ! まぁ~たねぇ~」
ひっ!……あれ? なんか違和感が……。
皆の声になにか足りないものが――
幼稚園から出て少し歩いた所。歩道を歩く二人。
「まったく……こんなガキのなにがいいのか……」
ボソッと麻衣お姉さんに呟かれた。気にしてはいない、僕も本気でそう思う。だって僕は逃げてるだけ、そんなので皆から好感を得るなんてありえない。
――麻衣お姉さんの言葉に足りないものを思い出した……。
コトハちゃんだ……。コトハちゃんの親はいつもお迎えが遅い、なので僕が帰る時は絶対言葉をかけてくれる。
――そういえばホームルーム後、トイレに行くとか言って……。……? 嫌な予感がする……。
「ごめん! 麻衣ねぇ!! 忘れ物したかもしれん!!」
あれ? またもや違和感? ……まぁいいや。
僕は踵を返して走り出す。戻らなきゃ……。胸がざわざわする。
「麻衣ねぇ……ねぇ?」
口に手を当てて呟く彼女が歩道に一人残された。
失踪しました。