何時かの日の話
勢いで書き殴る。
◇◆◇
どこまでも続く青い空。
まだらに浮かぶ白い雲。
そのただ中に、絡み合うように飛び交わる2つの色。
一つは芽吹いたばかりの新緑のような翠。
もう一つは空よりも深い蒼。
2つの色は、竜の形をしていた。
長い首に、長い尾。そして一対の大きな翼。折り畳まれた手足には鋭い爪。
全身を覆う鱗は、ときおり陽の光を弾いてきらきらと宝石のように輝く。
遠目から見れば、それは空を舞う翠と蒼の十字架のよう。
その二匹の竜は、それだけではない。
その背には鞍があり、鞍には人がまたがっていた。
その二匹の竜は、ただの竜ではない。
人を乗せ、人と共に生き、人と共に戦う。
その二匹の竜は、竜騎兵の竜であった。
竜と、竜を駆る人。2つが揃うことで、それは一つの竜騎兵となる。
二匹と二人、2つの竜騎兵は空の中で、幾度となく交差する。時に正面から、時に互いの背後から、時に互いの側面から。
交差するたび、竜が朱に染まる。
騎手が振るう、人の背の数倍はゆうにある長槍が、互いの竜に赤い線を引く。
軽々と振るわれる長槍の穂先から、赤い雫が飛ぶ。
赤い線が引かれるたび、竜が吠える。
幾重にも重なる交差。
何時までも続くかに思われた交差は、突如として終わりを迎える。
ここまでとは違い、交わった点から2つは離れない。
騎手の持つ長槍が、お互いに、お互いを捉えていた。
しかし、その朱色の穂先は相手を貫いてはいない。
穂先を避け、柄を掴んでいる。
押す力、引く力。ほんの数瞬、自らの槍と相手の槍を介し て、突き崩す為の力の応酬が起こる。
制したのは翠の騎手。
込めていた力を突然抜き、絶妙のタイミングで再び押し込む。
このフェイントにより、蒼の騎手はバランスを崩す。
咄嗟に、槍を手放して両の手で鞍に掴まろうとする。
翠の騎手はこの隙を見逃さない。
自由になった自らの槍、その穂先の根元には、鍵爪が生えている。
のけぞり、後ろに倒れそうな姿勢を立て直す蒼の騎手。
その勢いを加勢するように、鍵爪を上体に引っ掛けて、引く。
この助勢により、振り戻した上体の勢いは強すぎた。
今度は堪えることが出来ず、そのまま前のめりに倒れ、蒼の騎手は落ちる。
落馬……いや、落竜を感じ取った蒼の竜は、すぐさま自らの騎手を追いかけて急降下する。
◇◆◇
ぐんぐんと近づく大地。眼下に見えるのは広がる草原の緑。
草原は、いくつかの仕切りに囲われ、区切られている。山と、川と、森によって。
囲いのなか、ふと目に付いたのは、白亜の城。
落ちるにつれ、城と、城を囲む町に、それらを内包する城壁を認識する。
蒼の騎手は、自分の住む町の賑やかさを、自分の仕える王の城の悠大さを知っている。
知っていてなお、こう思わずにはいられなかった。
ちっぽけだな、と。
その思いは、王に対する不敬であることは理解している。
しかし、こうして空から見たそれらは、それら以外の中に埋もれてしまってみえる。
大地と空の果てしなさの中に。
空を駆けるようになって幾度も抱いた感慨を、また、今更のように思う。
そのようなことを考えている間にも、高度は下がり続けている。
速度は増し、轟々と鳴る風切り音が、それ以外の音を消し去ってしまった。
それでも、蒼の騎手に不安はない。何故ならば……
不快な浮遊感が、風切り音とともに、消える。
身を切るような冷たい風が、暖かく慈しむ風に変わる。
見上げれば、見知った竜の顔が。
唯一無二の相棒の、やや咎めるような視線に、蒼の騎手は苦笑いで返す。
ふわりと竜が下に滑り込み、再び鞍へとまたがった蒼の騎手。
本来あるべき槍を失い、手持ち無沙汰を感じつつも、ふと見上げる。
上には、二本の長槍を持った翠の竜騎兵。
これまで繰り広げた戦闘が嘘のように、2つはゆっくりと降下していく。
◇◆◇
草原に降り立った蒼の竜は、身をかがめて騎手を下ろす。
本来ならばこの動作は必要ない。
何故なら、竜騎兵の長槍……竜騎槍は、その長さを生かして梯子の代わりに使うことで、騎竜への乗り降りを行うことが出来る。
その他、鍵爪を使って手綱がわりに騎竜に指示を出すためにも使われるそれは、実用面でも、精神面でも、竜騎兵には無くてはならない象徴である。
しかし、この騎手は先ほどの攻防の最後、その槍を手放した上に、落下していた。
落とされるのは仕方ないにしても、咄嗟のこととはいえ槍を離したのは失敗だ。何より、あんな槍が空から降って来たら危ないだろうが。下に人がいたらどうするんだ。
と、このように竜は思う。
「えへへ、ごめん」
蒼の騎手は、言うほど悪びれた様子もなく、頭を掻く仕草のついでに被っていた兜を脱ぐ。
現れたのは栗色の髪。髪留めで軽く結わえていた髪を解き、背中に流す。
その長い髪と顔立ちから、騎手は女性であるとわかる。
整ってはいるが、まだあどけなさの残る顔は、女性というよりは少女といったほうがしっくりくる。
はにかんだ表情を浮かべる少女は、相棒の竜からの冷めた視線を受け流しつつ、ちょうど、近くに降りてきた翠の竜を見やる。
体のそこここに赤い線。線の数はそのまま槍を当てた数である。
その数は、隣にいる相棒の体にある線の数と大差はないように見える。
今回の戦果を確認しつつ、少女は翠の騎手に頭を下げ、こう述べる。
「ありがとうございました!」
と、同時に、蒼の竜もまた
「グオォ」
野太い唸り声をあげながら、俯いて頭を下げる。
それを受けた翠の騎手は抑揚に頷き、竜の背を降りる。
少女の時とは違い、手に持つ二本の長槍のうち、一本を使い降りる。
槍を器用に伝い、するすると降りる。その様は、まるでお手本のように滑らかで、片手が余分な槍で塞がっているにも関わらず、淀みがない。
地に降り立ち、奪った槍を少女に差し出しながら、こう言う。
「うむ、まだまだ甘い。が、この短期間でずいぶんとやるようになった。」
兜を脱ぎ、少女と同じように髪を解く。
翠の騎手もまた、女性であった。
長い金色の髪に、透き通るような白い肌。
蒼の騎手よりも幾ばくか年を重ねた、妙齢といったところか。
彼女も、自らの竜と、蒼の竜に引かれた赤の線を見比べる。
「ここまで当てられるとはな。正直に言って、悔しい」
「い、いえ! これも先輩のご指導あっての賜物です! 感謝いたしております!」
そう言う彼女に対し、慌てて腰を折りながら感謝を述べる少女。
「なに、味方の質は高いに越したことはない。同じ竜騎兵ともなれば、なおさらだ」
女性は、当然のことをしているまで、と返す。
「では、本日はこれまで。戻って飯にしよう」
「はい! ありがとうございました!」
終わりを告げ、自らの騎竜へ踵を返す女性。合わせて、再び礼を述べつつ頭を下げる少女。
◇◆◇
「よっ……とっ!」
少女は槍を使い、竜へ登る。
隣に見える翠の騎手の、鮮やかな騎乗に比べると、かなり危うげである。
竜は、ハラハラしつつも決して手助けはしない。
一人前の竜騎兵は、竜への乗降の際にいちいち竜の手を煩わせたりはしない。
少女のために竜が出来ることは、微動だにせず、無事に鞍までたどり着けることを祈るだけ。
何時までも補助輪付き、ってのはカッコ悪いもんな。
登りきり、鞍に跨がった少女を見やり、そう思う竜。
一息ついた少女は首を傾げる。
「ホジョリンって、なぁに?」
んー…… ガキのオシメみたいなもんだ。
少女の問いに対して、内心で答える竜。
「うん、それはカッコ悪い。うん」
しきりに頷きながら、背嚢から革袋を取り出し、槍の穂先に被せる。
被せる際、その穂先に触れないよう、慎重に革袋を持つ。何故なら、
「あ」
少女の手が、赤く染まる。
「あーあ、ベトベトだぁ」
滴るそれは、血液ではない。
槍の穂先は鋭い刃ではなく、太く巻かれた布に赤い樹脂を染み込ませたものであった。
訓練用の槍が、これ以上自分を汚さぬよう革袋をしっかりと縛る少女。
手についた樹脂は、こっそり竜の鱗に擦り付けていた。
どうせ後で洗うの私だし、と一切悪びれる様子は無い。
「じゃ、ソラ。お願い」
少女にソラと呼ばれた竜は、その遠慮のない態度に、盛大なため息をつきながらも離陸を開始する。
気づけば、先輩の竜騎兵はとっくに飛び立っていた。
後を追うため、翼を広げて駆け出す。
りょーかいだ、ご主人様。
ソラは内心で答える。
「もうっ、ごめんってば。そんな言い方しないで」
少女は、ソラの生み出す柔らかな風に包まれながら言う。
少女にとって、竜騎兵の竜は、ペットではない。
共に並び立ち、互いを補い合うパートナーだと思っている。
故に、自分を卑下するソラの言を否定する。
当然、ソラにはそれが分かっている。
分かっている上で述べた皮肉により、不必要に汚された己の鱗の仇をとった、と溜飲を下げる。
飛ぶぞ、ニア。
ソラは背中を預ける相棒に、内心で呼びかける。
「うんっ!」
ニアと呼ばれた少女は答える。
四足で駆けるソラの、その速度に反比例して、吹きつける風が弱まっていく。
大きく羽ばたき、力強く大地を蹴る。
ふわり、と浮かんだのち、風が押し上げてくる。
風に押されるがまま、一人と一匹は舞い上がる。
先を行く先輩と、その先にある、帰るべき場所に向かう。
青い空の中に。
高く。
高く。
続きは何時ですか?