食うだけなら犬でも食う
ただ食べるだけなら犬でもしている。それでは人としての価値がない。
それから戸籍の手続きやら転入手続きやらで忙しかったが、なんとかネコを古賀の人間にすることができた。
しかし、「ネコ」という名前は明らかにおかしいので別の名前にしようとしたのだが、あろうことか本人がネコと呼ばれたがっているから随分と骨が折れた。
それでも「ネ“コ”」は女性名に近いので、間をとって「猫助」と名付けることにしたら、ネコも渋々了承してくれた。
「「「いただきます」」」
三人手を合わせ食卓に座る。
箸を持っているのは僕とあかりだけ。ネコは箸どころかスプーンすら持たない。何故なら。
「フリード」
フリードという白い獣を召喚し、食器を床に置いて食べさせる。僕も最初は行儀が悪いと思ったが、そこで起きた奇妙な現象のせいで口を挟む気も起こらなくなった。
「今日の卵焼きにはチーズが入っているようだ」
「あ、わかりました?」
「うん。チーズの独特の香りと塩気がある。非常に美味い」
「まぁ、ありがとうございます」
食べているのはフリードなのに、何故かネコにもその味覚情報が伝わっているのだ。
いや、伝わっているのは味覚情報だけじゃない。食感や香りといったものも、まるで直接食べているかのように伝達されているようだった。
フリードに食べさせるようになってから、骨と皮だけだったネコの体にも肉付きがよくなってきた。まだ人並みよりかは痩せているが、前の病的な姿と比べたらまだ健康体に近い。
ーーん?
「おいネコ、今おかずから目をそらさなかったか?」
ビクッと、わかりやすく肩を跳ね上がらせる。
「だっ、断じてそんなことはしておらぬ!」
最近発見したこと。こいつは嘘が下手だ。
「……ちょっと見せろ」
いったん席を立ち、床に並べられた皿をよくよく見る。
と、案の定。
「……きゅうりの浅漬けだけ見事に残していやがる……」
「き、きゅうりはどうしてもダメなのだ! なんか青臭くて」
「ベタに餓鬼みたいなこと言ってんじゃねぇよ。いいから食え」
助けを求めるようにあかりを見たが、あかりは母のような眼差しで見つめてくるだけである。
要するに彼女も「食え」と言っているのだ。
ようやく諦めがついたのか、ネコはフリードと目を合わせて頷く。フリードが呆れたような声でグゥと鳴いたのは何を意味するんだろう?
仕方ないというように、浅漬けのひとかけらをぱくりと咥え、むしゃむしゃと食らう。しかめっ面で一部始終を見ていたネコだったが、伝わってきたものに拍子抜けしたかのように目を丸くした。
「あれ……美味い?」
フリードがペースを上げて食べ始めたところを見ると、どうやらこいつもこの味が気に入ったようである。
「青臭さが全くない……塩気だけではなく甘味もある……!」
「調味料を工夫すると、漬物もいろんな味になるんですよ」
あかりは料理が上手い。
それはこの漬物事件でもわかることだろう。彼女は僕の自慢の妹だ。
気づいた頃には、フリードは全ての皿をピカピカに輝かせていた。
「美味かった。ご馳走様」
「はい、お粗末様でした」
定例の儀式を終えると、フリードが光って姿を消す。これもまたいつもの光景だ。
僕らにとっての箸やスプーンが、ネコにとってのフリードのようだ。
「ネコ、行く前にコンタクトとアレつけてけよ~?」
食べ終わったネコに外出準備を促す。
前日から用意してあった、浅葱色の髪と金色の瞳を隠すための黒い変身セット。学校側にはちゃんと話してあるから教師にバレても問題はない。
我ながら完璧ーーと思ったら。
「ああ、カラコンとかいうのとカツラのことか?」
そこから僕の記憶が大幅に飛んだ。