あの声で蜥蜴食らうか時鳥
外見と中身のギャップに驚くこと。
高校卒業後は、なんとなく大学に入って、なんとなく勉強して、自分が生活できる分だけバイトをして稼いで過ごしていた。学費は昔から俺を甘やかしてくれた両親が持ってくれたから、奨学金制度を利用せずに済んだ。
とりあえずキャンパスライフに支障のない程度に友達は作ったし、教授とも交流を持った。そうやってごく普通の学生として過ごしていくことにより、どこにでもいる大学生のイメージを保つことに成功した。
だけど、そんな中でも平穏をぶっ壊そうとする人間は少なからず存在していて、そんな人間は決まって周りの人間が逆らうことができないほどの絶大な力を持っている。それは時に金であったり、暴力であったり、権力であったりする。
そんな人間を見る度に、俺はこう思うのだ。
なんて可哀想な奴なんだーーーと。
俺はそういう弱い人間が大嫌いなのだ。一刻も早く消えて欲しいとさえ思っている。
本当に強くて賢い奴は力なんてなくとも人脈を築ける。力で繋いだ関係というのは、ごま粒程度のほんの些細なきっかけで簡単に崩落する。飼い犬に手を噛まれるのも時間の問題だ。頭の悪い人間には、到底理解できないのだろうけれど。
力で人脈広げていく人間は、この世界には不必要な存在である。少なくとも俺はそう解釈している。
「かーつら」
次の講議を受けに行こうとしていた俺を馴れ馴れしく呼び止めたのは、一年上の先輩。
いつも先輩風吹かせていて、髪の毛は金髪に染めるわピアスはつけてるわで明らかに大学デビューといった風貌の痛い人である。いつも目が痛くなるほどの真っ赤なシャツを着ているので、某小説にあやかって「赤シャツ」と呼ばれている。
赤シャツ先輩は女遊びが絶えず、決まった一人の相手と交際することはない。いつも違う女と一緒にいる。男からは嫌われているが、頭の悪い女はすぐに引っかかる。そういう人間だった。
「なあなあ、あの約束覚えてるよな?」
「あの約束?」
「お前が知ってる中でいっちばん可愛い子紹介してくれって言ったじゃーん! 忘れちゃったの?」
赤シャツ先輩はとにかくチャラい。
筋肉質で、親族が政治家やってるっていうんで誰も逆らうことができない。そんな大きなバックがあるから、赤シャツ先輩はいつも肩に風切って堂々と学内を闊歩していた。
面倒ごとが嫌いな俺は勿論、そんな奴に逆らわないいち学生として出来るだけ先輩に関わらないようにしていたのだけれどーー残念なことにバイト先のカフェでばったり先輩に出会ってしまい、大いに絡まれてここに至るわけで。
「ええ、勿論覚えてますよ。でも彼女ここの学生じゃないので、会えるかどうか……」
「そんなこと気にしなくていいんだよ。いいから見せろ、殺すぞ」
殺すぞって。本当に殺したいと思ったことない癖に。
仕方がない、という素振りをワザと見せ、携帯を出して彼女の画像を見せる。
目が大きな美女。髪はツヤツヤの茶髪で、頬は林檎のように真っ赤。顔に寄せられたピースサイン抜きでも、顔が小さいことが伺えるほどの上玉だ。ちなみにこの画像は一切加工されていない。正真正銘、俺が知ってる中では一番の美女である。
「へぇ〜可愛いじゃん! この子、名前は?」
「水島カンナさん。歳は22」
「年上! かーわうぃ〜♪ で、この子の連絡先は?」
子っていうけど、コイツお前より年上だからな?
俺は包み隠さず教えた。住所も、電話番号も、メアドも、通ってる学校も全て。
隠す必要はない。むしろ全て開示する。それが最善の選択肢だから。
「ありがとさん! じゃな♪」
「……はい。さようなら」
スキップして帰る先輩の後ろ姿を見送りながら、俺は。
……正直、笑いを堪えるのが大変だった。
それから数日後、先輩は学校を辞めた。
実はあの美女は男であり、バベルの塔の取り壊しもまだ済んでいない段階であった。
その上彼女……いや彼というべきか? でもやっぱりここは女扱いするべきなのだろうから、彼女としておこう。とにかく彼女は非常に執着深い。彼女の持つ性質がそうさせたのか、彼女を取り巻く環境によるものなのか定かではないが、一度食らいついたら離さない、所謂ストーカー体質なのだ。
絶世の美女かと思った相手がまさかの男で、しかもメンヘラだと気付かされた時、あの女好きの赤シャツ先輩はどう思っただろう?
余談であるが、水島カンナこと水島寒太郎は強制わいせつの前科がある。
赤シャツ先輩の身に何が起きたのかは……お察しください。
未必の故意だったことはまあ認めよう。だけど前科持ちの人間の前に立たせたからって100%襲われるとは限らない。ましてや更生したこと前提で出所した人間なら尚更である。よって俺は罪に問われることはない。
屁理屈かもしれないがこれは事実である。
こんな風に、もし自分が嫌だと思う人間に出くわしたら、罪を犯さずに粛清を下す。
俺はそうやって生きていくことにいつしか快感を覚え、少しレベルの低い大学に入り、数々の罠で悪人を嵌めては窮地に追いやって遊んでいただけだったのであった。
そう。全てははじめから俺の計算の上だったというだけの話。
やがてそこから自分には隠密行動が向いていることを知り、探偵になることを決意したわけだけど……それはまた別の話。