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パンの塊

猫の香箱座り。前足を折りたたむ座り方のこと。主に安心している時の座り方であるといわれている。

「フリード」




人目を盗んで外へ飛び出し、中庭の木々に隠れてフリードを呼ぶ。


私の胸元が光ったかと思えば、そこから真っ白な毛並みの子狼がひょっこりと姿を現した。



ふわふわとしたフリードの毛並みを指先で堪能すると、少しずつ心が穏やかになる。潰れぬ程度に抱き締め、木にもたれかかるように地面へと腰を下ろす。



日は沈み辺りは真っ暗だが、フリードの温もりのおかげでちっとも不安にならない。こうして静かにしていると、お互いの鼓動がよくわかる。


手のひらから伝わるフリードの体温が、今の私の唯一の栄養源であった。



あかりや霧雨きりさめは私を好いてくれているが、あかりの兄者は私を毛嫌いしている。あかりと共にいたいと思っていた私にとってそれは、酷く残酷な事実であった。



あかりは命の恩人である。これ以上、彼女に迷惑をかけるわけにはいかぬ。さっきだって、きっとあかりの触れてはならぬところに無意識的に触れてしまってああなったのだろうし。



でもあかりは、布切れ同然の衣服を纏っていた私に、シャツというものとカーゴというものを与えてくれた。霧雨きりさめは、死にかけていた私のためにぶどうジュースを買ってきてくれた。



もう十分だ。

十分、私は満たされた。



なのに何故、こんなに胸が苦しいのか。あかりに絞められた時とは違った息苦しさを、何故今感じなければならぬのか。

目から生温かい雫が零れ落ちて一向に止まらぬ。フリードの毛は雫を弾いて、地面へと流し落とす。



私の異変に気付いたらしいフリードは、私を見上げ、雫が流れるその頬を、ぬるりとした舌でペロペロ舐めた。




「……少し、塩っぱいな」




舐めているのはフリードだが、その味覚が直に私に伝わってくる。別段驚きもしないのは、記憶を失う前からそのような現象を日常的に目の当たりにしていたからなのだろう。


私は一人ではない。フリードがいる。あかりたちから貰ったものもある。

なのに私は、子供のように泣きじゃくっている。それが自分でも理解できず、余計に悲しくなってしまう。

フリードが伝えてくる私の涙の味も、余計にそれを生み出すよう助長してしまう。



寂しくないはずなのに、寂しいと感じて仕舞うのは、私の精神が未熟故なのか。

それとも、単純にあかりと離れて仕舞うのが不安なのか。



いずれにせよ、私の我が儘である。我が儘で、あかりやあかりの兄者に厄介になってはならぬ。


だから泣くのはもうよそう。泣いても何も解決せぬ。自分にそう言い聞かせるが、一度出てしまったものは一向に止まる気配もない。



息が苦しい。頭がざわざわする。歯がガチガチ鳴る。体も震えてきた。



私が生きる意味などあるのだろうか。ただ我が儘な感情のみを持って生きる人間に価値があるとは到底思えぬ。




いっそこのまま死んだ方が良いのではなかろうか。




「おい!」




乱暴に呼ばれた気がした。

顔を上げると、私を毛嫌いしているはずのあかりの兄者が、息を切らしながら此方に近づいていた。




「何やってんだよ、こんなところで! 急に居なくなったからスタッフが探してたぞ!!」


「……すまぬ」




涙を拭い、精一杯の返事をする。


ああ、また迷惑をかけてしまった。私はもう、誰の手も煩わせたくないのに。




「何辛気臭い顔してんだよ、餓鬼のくせに」


「……すまぬ」


「馬鹿、謝るな。そりゃこっちの台詞だっつってんだよ」




わしゃっと、私の髪を掴むように撫でる。2、3本ほど指に引っかかって痛い。




「悪かったよ。僕が大人気なかったんだ。お前は何も悪くない」


「しかし、私が居ると迷惑なのだろう?」


「楽ではないけど、迷惑じゃない。迷惑なもんか」




キューンと、腕の中のフリードが泣く。




「お前はうちにいていい。今日からお前は古賀の人間だ」


「え……?」




今、何と言った?

兄者は、私が嫌いなのではなかったのか?




「一緒に暮らそうと言ったんだ。ーー今日からお前は、僕とあかりの弟だ」




あかりと、兄者の弟。

今日から、私は家を持つ。

私が嫌いなはずの兄者が、そんなことを言ってくれるなど想像すらして居なかった。




「兄者は、私が嫌いなのではなかったのか?」


「別に嫌いじゃないさ。さっきのは……単純に関心がなかっただけだ。お前という人間に」




関心がない?

よくわからぬ。興味もないなら、あそこまで反対する必要すらないはずなのに。



兄者は、少し難しい人間なのかもしれぬな……。




「おい、どうした?」




急に体に力が入らなくなり、フリードが軽やかに腕から脱出し、かくんと膝が折れる。


兄者にもたれかかる形となってしまい、すぐに立て直そうとしたものの体が全く動かない。動かし方を忘れたかのように体が酷く重く感じた。


次第に視界がぼやけてくる。頭の中がぐるぐる回るようで気持ちが悪い。兄者の姿がどんどん闇に呑み込まれて行く……




「あ、あかり! 丁度よかった、早く誰か呼んでくれっ!!」




ああ……。


また、迷惑をかけてしまった……。

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