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馬耳東風

人からの批判や意見を聞き流すこと。

越智東馬です。



古賀さんには「()()鹿()()」と呼ばれたり、幼馴染には「おっちん」と呼ばれてるけど越智東馬です。



ついこないだ幼馴染にまた「おっちん」と呼ばれたから「おっちんじゃなくて越智」と訂正したら、「じゃあ『おっちん』の後に『ぽ』か『こ』をつけたげる」と言われたので丁重にお断りした。越智東馬です。




はてさて、このワタクシ、新米刑事として布田明警察署本部で働いている所存でありますが、ここ最近のバイオハザードで新参古株関係なく大忙しでござりまする。



おかげで世界の終焉だーなんだーと宗教絡みの活動が活発になってきててあちこちスピーカーで大音量で流されて正直うんざりしてる。越智東馬です。






話は変わりまして、件の通り魔事件で気になることがあると本部に戻って資料を確認してみた俺は、案の定その違和感を拭うことができずにいた。




1人足りない。




被害者リストを確認。一人分ずつ丁寧に見てみたけど、報告通り26人しかいない。


病院の売店で働いてる知り合いが、当時運び込まれた被害者の人数を数えていた。合計で27人いたらしい。念のため防犯カメラを確認したら確かに27人いた。




被害者は全員死亡が確認されているという。


どう考えたって1人足りない。


知り合いにもう一度確認しようと電話をかけたけれど、忙しいのか出てはくれなかった。

……まぁいいや。映像データはコピーして持ってきたし、後で課長に提出しよっと。









とか考えていた時期がぼくにもありました。




結論を言うと、めっちゃ怒られた。映像を見せたら「だからなんだ?」と言われてしまった。だから何と言われたらぐうの音も出ないけど、でも明らかにおかしくないですかと返したらめっちゃ怒られた。




「全く別件の患者かもしれないだろうが。それにもしそうだとして、お前はコレに事件性があるというのか?」




だそうで。

ごめんなさい。全くその通りです課長。ぼくが間違ってました。


でもデータは念のために破棄せず大事に保存する方向にしました。勿論、課長には内緒で。





そういうわけで、なんの成果も得られないまま、とぼとぼと夜の帰路についた俺。あー疲れた、とは口にしない。幼馴染が昔「言霊って怖いよ~」って言ってたから。まぁ、しんどいのは正直なところだけど。


布田明は県庁所在地であるだけあってすごく明るい。本来ならばこぼれ落ちてきそうなくらい無数の星が夜空に輝いているはずだけど、こんな物静かな住宅街ですらそんなものは数えるくらいしかない。明るすぎて若干空があかい。



生まれも育ちも布田明の俺だけど、小さい頃の夏休みにはよく田舎のばあちゃんちに遊びに行っていた。その時の夜空と比べれば、都会の空は何にも見えない。




……ばあちゃん、元気かなぁ。また遊びに行きたいな。




ずっと空を見上げながら歩いていたから、足下に転がっているものに気づかず、危うく転倒しそうになった。

慌てて体制を立て直し、蹴躓いたその場所を見下ろしてみると。




「……え?」




子供が、倒れてた。


小学校の3、4年生くらいだろうか。水色とも緑色ともとれるような色の髪を持ったその子は、白いワンピースのような格好で、全身泥だらけになって倒れていた。



この時俺が思ったことはひとつ。


ーーやばい。




やばいやばいこういう時どうすればいいんだっけ救急車呼んでいいのかな俺捕まんないかなとりあえずこのコートかけといてあげるかなああでも下手に手出ししたら熱中症で死んじゃうかもてか本当に生きてるのかなああああああ助けておまわりさんっておまわりさん自分だったあああああああああ




俺は静かにパニックに陥っていた。


俺は幼馴染と違って頭は良くないし、何事にも笑って流せる程メンタルも強くない。ただの凡人なんだ。



もはや縋るのは神のみ! 助けて神様!! ヘルプ!! ヘルプミー!!




朱い星空を仰ぎ祈っていたら、子供がむっくりと起き上がった。


こちらを見ている。金色の目は、感情が読み取れないくらいには死んでいた。




「……えっと」




ばっちり目が合ってしまった。

どうしよう。本能的に、ものすごく面倒くさいものにであってしまったと感じた。




「……誰?」




中世的な声だ。顔だけでは男か女かわからない。ワンピースだから多分女の子なんだろうけど、そんな常識に当てはめて考えていいのだろうか。




「お……越智、東馬です……」


「……僕は、リヴァー」




リヴァー……川?


なんか変わった子だ。変な色に髪を染めてるし、目だってカラコンなんだろう。何にせよ趣味が悪すぎる。リヴァーって名前も今時のキラキラネームに違いない。親を虐待で訴えてやろうか。




「……東馬は今、不幸になった。僕に出会ったから」


「ん?」




呼び捨てかよ、と思ったけど、何故だかリヴァーの言葉が気になって話の腰を折る真似ができない。




「……東馬は、僕に会わなければ、不幸にならなかった」


「……?」


「……東馬は、僕に会わなければ、幸せになれた」




ここでひとつ、リヴァーが静かに瞬きした。






「……幸せに、死ねた」






悪寒が走り、肌が粟立つ。

体の芯が冷たくなったような錯覚に襲われる。



やばい。さっきと違う意味でやばい。

根拠はないけど嫌な予感がする。リヴァーに近寄ったらいけない気がする。



相手は子供なのにーー酷く恐ろしいものに思えた。




「き……君は一体ーーー」




リヴァーは足で、コンクリートに線を描いていた。それだけだった。


それだけ、なのに。




コンクリートから生えてきた棘が、俺の腹を貫いた。



口から血が溢れ出る。

痛いなんてもんじゃない。苦しくて息ができない。本当に、それどころじゃない。




「……東馬は、不幸だ。不幸に……死ぬ」


「あ……が……」




何か言おうとしても、言葉にならない。口から出るのは血ばかりだ。




「……ばいばい、東馬。永遠に」




リヴァーと名乗るその子供の後ろ姿を見送りながら、俺は後悔した。




ああ、どうして俺は、ちゃんと前を見て歩かなかったんだろうーーと。




今日は遠回りして帰れば良かった。


今日は卵の特売だから、ついでに寄ってきゃ良かった。


彼女作って、楽しく過ごしておけば良かった。




ああ……考えてみれば、未練でいっぱいじゃないか。








父さん、母さん……親不孝な息子でごめん。



ばあちゃん……また、遊びに行きたかったな……………。






























後は任せたよ…………霧雨。

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