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蛇は寸にして人を呑む

優れている人間は幼少期より常人と違ったものがあるという意。

佐々木が呑まれた。わけもわからない化け物に。


それを認識できるようになるまで、何秒かかっただろうか。あまりのことに声も出ず、微動だにできなかった。




「先輩! まずいですって! 早くバックして」




このやかましい女の言う通り、さっさと逃げれば良かったのだ。いや、そもそも霧雨きりさめが余計なことを言わなければーー




『死にたくないなら別だけど』


『俺としては、犯人をこのまま追いかけるよりは北渡ほくと川近辺を封鎖するべきだと思うけどね』




あぁ、そうだった。あいつはうざったいけどいつも正しいことしか言わなかった。

でも頭に血が上りやすい僕は、それもまともに聞かないで……。



なんだ、結局僕のせいか。佐々木が死んだのも、遠藤が焦っていろのも。




「……そうだ、蛇は目が悪いんだ……動かなきゃ分かるはずが……!」




その瞬間、僕らの乗った車は宙を舞った。











またひとつ、罪を重ねてしまった。

考えてみりゃ、常識なんて通じるはずもなかったのに。













「……ぃさま……お兄さま……」


「お兄さま! 遅刻しますよ!」




目を開けると、僕はベッドの上であかりに見下ろされていた。




「早く起きてくださいませ。朝食、出来上がっておりますよ』


「……あかり……? なんで馬乗りになってんの……?」


「お兄さまがいつまでたっても起きないからですよ! 早く起きて食べちゃってください」




あかりが降りたので、体をゆっくり起こす。

本棚に並べられた本と、何もない質素な机。父から譲り受けた木製クローゼット。



ここは、間違いなく僕の部屋だ。じゃあ、今までのは……夢?




「それでは、私はこれから出掛けますので。お兄さまは一人でやってくださいね」




なんだ、夢か。そりゃそうか。あんなこと、現実で起こり得るはずもない。




「一人で、頑張ってください」




あれ……あかりってこんな奴だっけ……?

確かに生意気な妹だけど……ここまで酷かったか……?






「頑張ってくださいね」


()退()()







はっと、目を覚ます。


周りは瓦礫の山。体はその中にめり込むような形で埋れていた。



そうだ、遠藤は? 彼女は無事だろうか?



ざっくり見渡してみたが、それらしき姿はどこにもない。早く捜しに行かないとーー




「……あ……れ?」




右腕が全く動かない。見たら、あらぬ方向へ曲がっている。

左腕は辛うじて動くが微々たるものだ。



参ったな……。



こうなれば足だけでも動かさなければと、少しずつ曲げていこうとした時、足に全く感覚がないことに気付く。

こっちも折れたかと思って見下ろすと。




「……あ……」




足が、ない。


右足は膝から下が、左足は太ももからごっそり喪失していた。




こんな状態でよく生きてたな、僕。

てかなにこれ……もう僕死ぬんじゃないか?


出血してるかどうかわからないけれども、時間が過ぎていくにつれて頭がぼーっとしてくる。眠気に似たこの感じは、寝たら二度と目を覚ますことができないことを意味している。



なんかもう……どうでもいいや。僕に何が起きたのかなんて、興味も湧かない。




「先輩っ!!」




あのやかましい声がしたと思いきや、遠藤の姿が右側からひょっこりと現れる。最期に見る顔がこいつとは、僕もつくづく運が悪い。




「ああ、よかった! 無事だったんですね!」




ーー無事?



こいつの目はお飾りなのだろうか。僕のどこが無事なんだ。どう見たって瀕死の重傷じゃないか。


なのに馬鹿なこの女は、顔を綻ばせて目に嬉し涙を浮かべていた。




「よかった……本当に、間に合って……」


「……何が、よかったんだよ……もうすぐお迎え、来そうだってのに」


「何言ってるんですか先輩。()()()()()()()()()()




え?



試しに腕を動かしてみると、普通に動く。さっきまでおかしなことになっていたはずの右腕も、嘘みたいに自在に動かせるようになっていた。


足を見ると……さっきのが悪い夢か幻だったかのように、ちゃんとそこに存在していた。


ただ、裸足なのが少し気になったが。




「車ごとぶっ飛んで、お互い無傷で済むなんて。私たち、とんでもなくラッキーですね!」


「あ……ああ、そう、だな」






そういえば、変な噂を聞いたことがあった。



遠藤えんどう燐火(りんか)

彼女は幼くして両親を亡くし、養護施設で幼少期を過ごしていたらしい。



学校の成績はそこそこ優秀で、警察官として就職した後は附属部所で不思議な現象を次々と起こした。




彼女のいるチームの人間は、()()怪我をしない。怪我をした夢を見たという人間はいたものの、そういう人間に限って一番ピンピンしていたとか。


そのような現象が起こるようになってから、署内では彼女のことをこう呼ぶ者が現れた。






ーー「魔女」ーー





「なぁ遠藤……さっきの蛇はどこ行ったんだ?」


「蛇? なんのことですか?」


「え、いや……じゃあ、佐々木は? 姿が見えないけど」


「何言ってるんですか。佐々木先輩はさっき用事があるとかで帰っちゃったじゃないですか。変なこと言ってないで早く起きてくださいよ」




これで確信した。怪我をした出来事を「悪い夢」と思わせていたのは、彼女自身だったというけか。


でも、残念ながら僕は覚えている。佐々木が謎の生物に呑み込まれたことも、こいつが妙に焦っていたことも。


僕自身が、死にかけていたことも。




「でもびっくりしましたよ。いきなり車が爆発するなんて。先輩、ちゃんと整備点検してますか?」




でも、話してもきっと誰も信じないだろうから、多分そういうことになるんだろう。

蛇もいないことになるし、佐々木も生きていることにされる。




「そうだ先輩。さっき犯人見つけたんですけど、ちょっと困ったことになりまして」


「困ったこと?」




そういや僕らは連続強盗殺人の犯人を追っていたんだっけ。蛇のことがあったからすっかり抜けていたけれど。

困ったこと……まぁこの惨状ならば、だいたい想像はつく。




「犯人……なんかの事故に巻き込まれたみたいで。上半身だけの遺体となって発見されました」









僕らの世界で、一体何が起きているのだろう。


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